九話 新撰組
新章突入です、舞台は京都で新選組に移ります。
隊士になった龍久が、陰陽師や攘夷志士、そして謎の異人剣士と激闘します。
激動の幕末の物語、再びここに開幕に候―――。
運命というのは実に気まぐれな奴だ。
そいつに一人の少女は人生を奪われて、結果死んだ。
そうしてその死のせいで、また少年の人生も大きく変わってしまった。
運命というのは流れる水の様にとりとめのない物だ、握り締めても指の隙間から流れ出し、掴み取る事は叶わない。
だが、もしもその運命を掴み取る事が出来るとしたらどうだろうか?
水を桶で掬う様に、水面に石を投げ込む様に、川をせき止める様に、その流れを変える事が出来るならば、運命は案外素直な奴なのかもしれない。
えっ? なぜこんな話を此処に記しているかって。
そいつはこれから先の物語に必要な事だからさ。
再び始まる、数奇な運命の物語に最も重要な話だからさ、まあ恐らくこれがなぜ今必要なのかは、おいおい分かるから、今はこの事だけを知っていて欲しい。
運命は上書きも変更も出来る。
さあ、続きを読んでくれ。いずれ君も分かるだろう、運命について、な?
***
元治元年(一八六四年) 六月 京都。
華の都京都、絢爛豪華なその響きとは裏腹に、今の都は不逞浪士達の吹き溜まりとなっていた。ここ数年の家に今日の治安はより一層悪くなり、もはや目をそむける事は出来なくなった。
そんな折、はるか遠く東より京へやって来た者どもがいた。
みな武家の生まれでは無いものの、己が剣に磨きを掛け、切磋琢磨した猛者共が、この美しさと影を孕む都に来た。
その名も『新選組』(しんせんぐみ)。
会津藩預かりの非公式な組織でありながら、彼らは立派な志を持ってこの都へと足を踏み入れたのだった。
「お~~いっ、飯まだかよ」
「今やってるよ藤堂さん、もうちょっと待ってくれよ」
釜戸の前で煙と格闘していたら、勝手場にやって来た少年は頬をぷくっと膨らませて、襲いかかって来た。
「俺の事は平助って呼ぶ約束だろう! 藤堂でしかもさん付けで呼ぶだとぉ!」
「うげっ、首は止めろって! ああもう俺が悪かったよ! もう少し待ってくれよ平助!」
平助と呼ばれた少年は満足したのか手を離すと、小生意気な笑顔を浮かべる。
「そうだ、はじめっからそう呼べば良かったんだよ、龍久」
南雲龍久は、今新選組に所属している。
あの雪の日に全てを失った龍久は、まるで逃げる様にその足で京都まで来た。行く宛が有った訳でもなく、京に着いた途端に金も底を着き、不逞浪士の喧嘩に巻き込まれた所に偶然新選組に助けられ、それが縁となって今こうして此処にいる。
京都守護職の一員と言えば聞こえはいいが、龍久は所詮末端の平隊士、こうやって飯炊き等の雑用が日常の仕事だった。
「大体とうど……平助は俺より年上で組長だろう、もっとこう威厳を持てよ」
そう、この少年実は新選組八番隊組長、藤堂平助。
彼は龍久より一つ上なのだが、そうは見えないのは彼が小柄で美少年だからだろう。背丈だけなら弟にさえ思えてしまう。
だが見た目とは裏腹に彼は戦闘となれば、我先にと先陣を切る度胸を持った武士だ。
「良いんだよ、毎日おっさんたちと一緒に居たら、俺まで歳とっちまうよ……だからこうやって若い者同士気楽に対等に付き合いうべきなんだよ」
「誰がおっさんだって、この坊主!」
突如現れた影は平助の頭をひょいと掴んで、それを軽々と持ち上げた。
暴れる彼も、その影にかかればまるで子犬でも相手にするかのようだった。
「ちょっ! 離せよ新八さん、俺は犬猫じゃないんだぞ!」
「はっ、俺から見たらお前なんてノネズミの様なもんだぜ」
そう言って言い争う二人。このようなじゃれ合い何時もの事なので龍久は気にも留めずに飯に向き合う。
「おい龍久、おめぇ速く飯を作れよ、腹が減ってもう平助で遊ぶ事しかできねぇ」
「俺を遊び道具にするんじゃねぇ!」
「後もう少しで出来るから、まっててくれって永倉さん」
平助で戯れるこの男は、新選組二番隊組長、永倉新八。
なんとも剛毅な男で、実に清々しい人だ。男という文字はこの人の為に有るのではと思うほどの豪傑だった。
もちろん性格だけではなく、剣を振るう為だけに生まれて来たのではないかと思うほど、剣が好きな人だ。
「そうだぜ新八、そんなに急かすんじゃねぇよ、龍久が可哀そうだろう」
そう言って現れた男は、新八をなだめると水瓶から柄杓で直接水を呑んだ。
「なんだよ左之助、カッコつけやがって」
「けっ、自分だって腹減ってる癖に」
永倉と平助に文句を言われている男は、新選組十番隊隊長、原田左之助。
なかなかの顔立ちをしている男なのだが、昔切腹をした事もあるのでやはり何処か普通じゃない人なのだろう。
「うっせぇ! 言いやがったのこの阿呆共!」
それに短気な所があるのが玉に傷だ。この光景も何時もの事なので龍久は気にせずに味噌汁を作る。
「あれれ、うるさいと思ったらまた喧嘩してるんですね、永倉さん達」
ひょっこりと顔を出したのは、色白の華奢な男だった。
長い髪をずいぶん高い位置で結っていて、愛嬌のある笑顔を浮かべている。
「うるさいと思うなら止めてくださいよ、沖田さん」
この愛嬌のある笑顔を浮かべる男、新選組二番隊組長、沖田総司。
天才剣客として名高い彼だったか、何時もこういう風に可愛らしい笑顔を浮かべているのだから、なんだか調子が狂う。
「嫌だよ龍久君、僕もお腹がすいたから早くご飯にしてね」
そう言って笑うと、すたすたと鼻歌を歌いながら立ち去って行った。
結局平助達も喧嘩ばかりで、何一つ手伝ってはくれなかった。下っ端の龍久の仕事なので、まず手伝ってもらえるはずがないわけで、そんな待遇にため息をついていると、飯が炊けたのでおひつに移した、すると右から左手が出て来てしゃもじを手にとって、それを手伝ってくれた。
「あっ……どうも」
「手伝おう、これを此処に移せば良いんだな」
龍久より二・三年上の男が、おひつにご飯を移してくれた。炊きたてのご飯は熱いのだが、そんな事どうという事もない様で文句も言わずにそれをやってくれた。
「南雲、これで良いだろ、局長達がお待ちかねだ速く運びなさい」
そう淡々と言うこの男は、新選組三番隊組長、斎藤一。
寡黙な人で、あまり自分の事は話さない人だが、その剣技は天才と言われている沖田にさえ引けを取らない。
「あっはい、すぐに持っていきます」
そう言うと、龍久はおひつと必要な数のお膳を持って、居間へと向かった。
味噌汁をこぼさない様に慎重に運びながら、部屋の前で止まった。
「南雲です、夕飯の用意が出来ましたのでお持ちしました」
許可を取ると、謹んでその部屋へと入る。
部屋には、男が二人座っていた。どちらも三〇間近の男たちで、一人は恰幅が良くいかにもお人好しが似合いそうな笑顔をこちらに向けていて、もう一人は対照的につんと吊り上がった眉と、凛々しい細い眼、まるで役者の様な色白に器量の良い顔立ちの男。
「おおすまないな、ちょうど腹が減ってたんだ」
「遅いぞ龍久、時間通りに飯ぐらい作れ」
この二人お人好しそうな男こそが、新選組局長、近藤勇。
そして、見るからに厳しい男は、新選組副長、土方歳三。
この新選組という組織を動かしている最重要人物達だけあって、龍久も緊張していた。
特にこの土方という男は、『鬼の副長』と比喩されるほど厳しいだけあって、皆恐れているが、彼の武術も頭脳も、龍久では到底足元にも及ばないほどの高みに有るので、尊敬している。
あの日龍久の助けてくれて、この屯所に置いてくれたのは、他でもない土方なのだ、文句など言える立場ではない。
それにこの『新選組』だからこそ、龍久は今度こそ、本当の武士を目指そうと思ったのだ。




