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盲目の元聖女と元護衛騎士  作者: 立花 みどり


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06.急襲

 

 その日もいつも通り、ハンナの買い出しに付き添っていた。


 決まったお店に行き野菜とお肉と魚、数日分を注文する。

 ハンナと街にいくようになって知ったことだけれど、食材は買って帰るのではなくアルが指定した店で注文して家に届くようになっているらしい。

 家に出入りできる人を絞りたいからという理由で。だから食材を運んでくれる人も決まっていて、知らない人は家の敷地に入ることも、それどころか門を叩くこともできないようになっているんだとか。


 これはアロン先生に依頼して結界を貼ってもらっているからだそうだ。

 他にも郵便受けには悪意あるものが投函できないようになっているだとか、家の中の様子は外からは見えないようになっているとか、ハンナに聞いてその時に初めて知った。


 貴族が住む家よりも厳重な気がする。気のせいかな。


 先生やバレル様が過保護過保護と言っていた意味がその時少しだけわかった。私が思っていたよりもすごく過保護みたいだ。そして他にも私の知らない過保護要素がありそうだ。





「すみません!手を貸してくれませんか!」


 市場の中央にある広場でハンナと休憩していた時だった。

 一人の若い女性が声をかけてきた。慌てている彼女からハンナが事情を聞く。どうやら友人がトラブルに巻き込まれてしまい、助けて欲しいらしい。


 ハンナは私に視線を送る。


 ハンナはアルから離れないように言われているから迷っていた。だから私は「ここで待っているから行ってきていいですよ」と伝えた。

 「絶対に動かないでくださいね」と言ってハンナは市場の奥の方へ消えていった。トラブルと言っていたけど大丈夫かな。


 噴水の淵へ腰掛けて、ハンナが戻ってくるまでのんびり待つことにする。空を見上げても今の私には天気がわからないけれど、ぽかぽかするので晴れていると思う。

 

 少しだけ魔力を飛ばしてハンナのいる方を探ると、どうやら女性が怪我をしているようだった。私が行って治せれば話が早いのだろうけど、領主様のお城以外で治癒の力を使うことを禁じられている。


 これはアルだけでなくバレル様からも言われている。

 確かに王都にいた頃も、常に神官が付き添って治癒の使い方は厳しく管理されていたから、あまりほいほいと使っていい力じゃないのかもしれない。

 私が好き勝手に治癒の力を使ったのは過去に一度だけだ。それも神官たちには内緒で。戦場でたくさんの人を癒したことがある。

 あのあと、王都に戻っても誰にも怒られなかったからあの場にいた人は、お願いした通り私がやったことを内緒にしてくれたままのようだ。


 ハンナが怪我の応急処置をしている。出血は多いけれど、大怪我ではないみたい。それだけを確認して魔力視を少し切った。まだ魔力が一日持たないから、動く必要のない時は魔法の発動を止めて魔力を節約している。


「すみません、」


 数分間、大人しく水の音だけを聞いていたと思う。

 目を閉じて座っているだけの私に女性の声がかかった。ハンナかと思ったけれど違う、それにハンナに助けを求めてきた女性とも違うように聞こえた。


「はい」


 返事をした。

 それと同時に魔力視を再度発動する。……発動したけれど目の前の女性が誰かはわからなかった。


 初対面なのかもわからない、ローブを深く被っている。どう頑張っても顔が見えないので、もしかしたら何か魔法を使っているかもしれない。認識阻害の魔法がかかっているとうまく見えないことがある、と先生が言っていた気がする。


「今お一人?」

「はい」


 彼女はじっとこちらを見下ろしている。よく見えないけれど、見下ろされているのはわかる。声からすると女性のようだ。


「あなた、アルフレッド様と別れなさい」

「……え?」


 一瞬、何を言われたかわからなかった。


「アルフレッド様はあなたの介護係ではないのよ」

「治癒ができるからと大事にされているけど、それはここが辺境だからであって王都ではあなたは特別な存在なんかじゃないわ」

「そもそもこの街であなたみたいな聖女もどきが受け入れられるわけがない」

「アルフレッド様はもっと然るべき方と一緒になるべきよ」

「どうせお屋敷が完成すればあなたは捨てられるわ」

「あの小屋みたいな家で飼われる愛人になるのよ」

「そうなる前に出ていきなさい」


 私が何かを言う前に次々に言葉を投げられる。

 急に現れた女性に身に覚えの有る事無い事を言われる。訳がわからない。


「屋敷…?」


 お屋敷とは、なんのことかわからず思わず呟けば彼女は言葉を止めて、明らかに私を嘲笑した。


「何も知らされてないのね。アルフレッド様はお屋敷を建てているのよ。奥様となる方と暮らすためのね。知らされてないならそれはあなたじゃないわ」

「……」

「疑うようならアルフレッド様は近々一週間ほど家を開けるはずだから。今日から十日後に実際に見に行けばいい。場所はあの通りをまっすぐ抜けて突き当たりを右よ。近づけば分かるわ。一際大きいお屋敷だから」


 それまでは出て行く準備をしておくことね、と言って誰かもわからぬ彼女は去っていった。


 ……今のは一体なんだったんだろう。嵐のようだった。そして誰だったんだろう?

 彼女が告げた場所はアルが決めた私の行動範囲の外だった。だからそこに何があるのか知らない。


 入れ違いになるようにハンナが戻ってきたけれど、そこから家に着くまで何を話したか覚えていない。


**


 急に現れた名前も知らぬ彼女の言葉を信じるつもりはなかった。


 私の介護をさせてしまっていることも。

 聖女という存在が特別ではないことも。

 然るべき方と一緒になるべきなのも。


 それは本当のことだ。


 でも私が愛人扱い、という言葉は勝手に信じてはいけない気がした。アルが今まで誠実に接してくれた全てを裏切ることになりそうだから。


 だけど過去に貴族に酷い目に合わされた私は、思っていたよりも臆病で。

 「私はきっと愛人ではないはず」「アルが見せてくれた誠意を裏切りたくない」と思いながらも、昼の出来事を打ち明けて真実を確かめるということもできなかった。


 たぶん、アルに酷いことされたら流石に立ち直れない気がする。


 帰ってきたアルをいつも通り、何事もなかったかのように受け入れ、いつも通り膝の上で食事をした。愛人だとすれば、この給餌も嘘なのだろうか。いやきっとそんなはずはない。だって私を愛人にしたとしてもアルに得がないもの。


 そう思っていたのに。


 アルに対する信頼が揺らいでしまったのは、いつも通り身支度を終えてベッドに入ろうという時だった。


「シーラ、急で申し訳ないのですが三日後から一週間ほど留守にします」

「……、は、い」


 驚きすぎて返事が遅れてしまう。

 無意識に息を止めてしまったことに気づいて、ゆっくりと息を吸う。いつも通りにしなければ動揺したことがバレてしまいそうだった。なぜだろう。バレてはいけない、そう思ってしまった。


「ごめんなさい、急に長い間家を空けることになってしまって」

「いえ、大丈夫です。お仕事ですか?」

「どちらかというと家の事情です、すみません」


 家の事情と言われてさらに言葉を失う。


「ハンナに家のことを頼んでいますが、僕がいない夜の間にもし何かあればこれを通じて連絡をください」


 これ、と言われて小さな魔道具を渡される


「これは?」

「通信機です。この丸い部分に魔力を通しながら話すと、僕に音声が届きます。出かけている間は常に持っておくので、少しでも何かあれば連絡してください」

「わかりました。……すこし、さびしいですね」


 寂しい、なんて普段は思っていても口にしないようなことを言ってみる。言ったらアルは家にいてくれるかしら、なんて愚かにも思いながら。


「本当にすみません。どうしてもこればかりは外せなくて、ごめんなさい。戻ってきたら一緒に過ごす時間をとります」

「……いえ、冗談です。私は大丈夫なので行ってきてください」


 頑張って笑うと思い切り抱きしめられた。この時、目が見えなくてよかったと思った。きっと私が見えていたなら、動揺して目を泳がせていただろうから。


 その日はなかなか眠ることができなかった。



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