11.二人で引っ越し
アルの求婚を受け入れて間もなく、私たちはアルが建てたお屋敷に引っ越した。
ものすごく広くて、使用人もたくさんいる。
一年過ごしたあの小さな家は残してもらっている。あの家には思い出が詰まっているから、できればたまに帰りたい。
新しい屋敷も前の家と同じように角がほとんどなくて屋敷中の床が柔らかかった。本当に私と暮らすために用意した家なんだなあと、その時改めて実感した。
アルの中では、私と結婚することは決定事項だったようだ。たとえ私が拒否したとしても言いくるめるつもりで準備していたと言われた。
あんなに優しくされて絆されないわけがないのに。
この一年の間に色々準備を進めていたらしい。一週間ほど家を開けていたのは準備してきたものにサインが必要で実家に帰っていたとか。
実家から余った爵位をもらい、今は伯爵だと言われた。すごく驚いた。本当は領地をもらう話が出ていたけど、色々と懸念があるため領地はもらうけど一旦バレル様に運営を任せ、代わりにバレル様の仕事を一部請け負うらしい。
この辺の細かい話はよくわからないけど、とりあえずシェーマスで引き続き暮らしていくことに変わりはない。
私はこれからバレル様の妹になる。
辺境伯の妹として結婚するから身分のことはもう気にしないで欲しいと言われた。
そんな書面上の手続きでなんとかなるのも不思議だ。私自身は何も変わっていないのに。貴族の世界ってやっぱりよくわからない。
「婚約期間を一年ぐらい設けて結婚しましょうか」
「結婚には王家と神殿の承認が必要ですよね。……大丈夫でしょうか」
私は彼らと喧嘩したつもりはないけれど、彼らから捨てられたようなものだ。捨てたものが貴族になることに対して諾と言ってくれるだろうか。
「大丈夫です。そのためにシェーマスに移住しましたから」
「?」
「過去の戦で隣国の一部を取り込みました。その関係でここは隣国の制度が一部生きているんです。神殿と王家の許可がなくとも隣国の許可があれば結婚できます」
「……もしかして、もともとそのつもりで私をここへ連れてきたんですか?」
「言ったじゃないですか。私はずっとシーラを攫いたかったんですよ。長年準備してたんです。無駄にならなくて嬉しい」
膝の上に乗せられて頭に頬擦りをされている。
「伯爵夫人なんて務まるでしょうか」
「別にシーラは何もしなくてもいいんですが、そうするとまたあなたは自分を追い詰めそうですね。一応やって欲しいことをいくつか考えているので、今度相談に乗ってください」
「ありがとうございます」
結婚を受け入れたし、そのことに後悔はしないけれど伯爵夫人なんて務まるか不安だ。私は普通の平民よりも知っていることが少ない。これから学ばなきゃいけないことが山のようにある気がする。
意気込んでいると頬ずりしていたアルが顔を離して私と目を合わせてくる。
「……シーラ」
「はい」
「あまり言いたくないのですが、内緒にするのもよくないと思うので、お伝えしたいことがあります」
「なんでしょう?」
本当に言いたくないみたいで、ぐっと顔を顰めている。珍しい表情だ。
「シーラに街中でないことないことを吹き込んだ女性がいたでしょう?」
「あぁ、そうですね?」
ないことないこと、というかあることないことだと思うけど。
そういえば彼女は誰だったんだろう。顔は見えなかったし、声も聞き覚えがなかった。
「彼女は商人の娘でした」
「……?」
商人の娘。……誰だろう。
「バレルと一緒に服を買った時に娘が同席していたでしょう?」
「あの時の……!」
「ええ。自分で言いたくないんですが、あの時どうやら私に惚れてしまったらしく、それでシーラにあんなことを……。もう私たちの前に現れることはないので安心してください。今後彼らはこの街で商売できませんから」
「えと、大丈夫なのかしら、それは」
商人的に困ったことにならないだろうか。
「大丈夫です。シーラに接触するためにあとをつけたり、家に侵入しようとしたりしていました。シーラに接触した時も、金で人を雇って一人になるよう計画しており、少々悪質なので今後一切関わることのないようにさせてもらいました。
商売には影響はそこまでないからと彼女の父親には納得してもらってますから大丈夫です」
「なら、いいんですけれど」
そんなことをされていたなんて知らなかった。
アロン先生の魔法のおかげで私の家には入れなかったし、手紙を出して接触することもできなかったんだろう。
出かける時もアルとの約束で一人にならないようにしていたし。
「今後は伯爵である僕の婚約者になるので、堂々と護衛をつけさせていただきます。何があっても絶対に離れない護衛をつけますからね」
「あ、はい。よろしくおねがいします」
恋人から婚約者になって、さらに伯爵になったことで過保護具合が上がってしまったような気がする。
それでも悪い気はしない。
「はあ、やっと。僕のだ」
噛み締めるように吐き出して、抱きしめられる。私もアルの背中に手を回す。
「早く結婚したいです」
「気が早いですよ」
「僕は十年待ちましたよ。はぁ。シーラ、愛してます」
「ありがとうございます。私も、……愛していますよ」
普段言わない言葉を返すと、ぎゅうと腕の力が強くなる。苦しくなるぎりぎりまでの強さ。
「アルは私を僕の、って言いますけど、アルだって私の、でいいんですよね?」
「……っ はい!」
「じゃあこういうことしてみてもいいんですか?」
少しだけ体を離してアルの顔を見つめる。
そして形のいい唇に口付けた。
「わあ!」
唇を離した瞬間にソファに押し倒される。
アルは私の肩に顔を埋めてうー、と唸っていた。やりすぎたかしら。
「僕は今、大変耐えています」
「口付けはだめですか」
「だめではないですが、婚前に手を出しそうです」
そ、そんなに効果抜群だとは思わなかった。
「では結婚まで口付けはしないでおきましょうか」
「それも惜しいので困っています」
「……ふふ、わがままですね」
笑うとさらにぐう、とアルが鳴いた。
「わがままついでにもう一つわがまま言っていいですか」
「はい」
「なるべく僕以外の前で笑わないでください」
「んふふ、本当にわがままですね」
「あと、口付けは僕からさせてください。シーラからされると襲い掛かりそうなので、でも、したいので、」
「あはは、わがまま二つじゃないですか」
「シーラ、笑いすぎですよ」
耐えきれず体が震えるほど笑うと、ようやくアルが顔を上げてくれた。たぶん、たぶんだけれど、きっと今彼は顔が赤い。
早く色が見えるようになりたいな。
ふふふ、と二人で笑いながら、しばらく抱きしめあった。
一旦ここで一区切りです〜




