01.プロローグ
「ただいま」
一階からアルの声がした。
「おかえりなさい」
一階に向けて大きな声で返事をする。魔法の練習で疲れてしまって、彼が帰ってくる頃には魔力視の気力が残っていない。だから杖と腕の感触を頼りに廊下に出て、周囲を確認しながら前へ進む。
廊下を突き当たりまで行くと階段がある。手すりを掴んで慎重に降りた。
「あっ」
「おっと、大丈夫ですか?」
残り数段というところで階段を踏み外してアルに抱き止められた。階段はいつまで経っても慣れない。特に最後の数段は幅が違うので高確率で踏み外してしまう。その度にこうして受け止めてもらっている気がする。
「いつもごめんなさい、ありがとうございます」
「いえいえ。このまま抱えますね」
ひょいと持ち上げられる。結構重いはずなのにいつも片腕だけで私を抱える。
でも少しだけ揺れて、目の見えない私はそれが少しだけ怖い。だから申し訳ないけれど首に腕を回させてもらう。体が密着して、アルの匂いに混ざって少しだけ汗の匂いがする。
今日は通いの使用人のハンナがお休みの日で、そういう日は仕事帰りに夕飯を買ってきてくれる。
今日の夕飯はなんだろう。
「シーラの好きな魚料理を買ってきました」
「ありがとうございます」
私を抱えたまま食卓の椅子に座る。二人分の体重を受けて椅子がギィと鳴った。アルと恋人関係になってからは抱えられて移動することが増えた。
申し訳ないなと思いながらも移動がとても楽なのでそのままにしてしまっている。
「少し動きます」
「はい」
前傾になったのか胸板があたる。騎士というだけあってしっかり筋肉がついていて、触れるとあったかい。
ガサゴソと音がした。買ってきた夕飯を袋から出して食卓に並べている音だ。大人しく待っていると私の好きな魚のクリーム煮の匂いがした。
「はい、口を開けてください」
「あ。……おいしいです」
「よかった」
「アルもちゃんと食べてくださいね」
「もちろんです」
放っておけば私に給餌するばかりになって、自分の分が疎かになってしまう彼に食事を促す。咀嚼音をきちんと確認してうんうんと頷けば、頭上で笑う気配がした。
食事を終えたら少しのんびりして、身支度を整えてベッドに入る。
ベッドには既にアルがいて、私が手を伸ばすと抱き寄せられる。私よりも体がずっと大きい。
抱きしめられると包まれている感じがする。
「シーラ、今日は何をして過ごしましたか?」
「午前はのんびりして、午後はアロン先生に魔法を見てもらいました。そろそろ外出して慣らしていいそうです」
「ちゃんと授業中はハンナにも同席してもらいましたか?」
「はい。席を外す時もちゃんとドアを開けてもらったから大丈夫ですよ」
「よかったです。外で慣らすときは必ず僕が一緒にいる時にしてください」
「お忙しいんじゃないですか?」
「シーラと外出する時間くらいありますよ」
「わかりました、では今度付き合ってください」
「はい」
私の変わり映えのない一日を聞いて、アルはようやく目を閉じる。
アルは過保護だ。出会った最初の頃から過保護。すぐに私の目が見えなくなってしまったからかもしれないけれど。
過保護すぎて私が一日をどう過ごしたのか、誰と会ったのか、男と二人きりにならなかったか、そういうことを確認しなければ眠れないらしい。
確認される時はちょっとだけこそばゆい気持ちになる。
「おやすみなさい、アル」
「おやすみなさい、シーラ」
暖かい腕の中で私も意識を閉じた。




