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第9話 リーン 11歳。

「あら?旦那様、背が伸びましたね?」


毎日見ているので、気が付かなかったが…リーンのダンスの練習に付き合うようになってマルは驚いた。いつの間にか、自分の肩ぐらいまで背が伸びたリーンを踊りながら見つめた。リーンの綺麗なサファイアブルーの瞳が思ったよりも近くにあって…ほんの少し動揺する。


「ふふん。もうすぐマルに追いつくから、楽しみに待っててよ」

「まあ。うふふっ。そうですね」


ダンスの先生ににこやかに見守られながら、私たちは踊った。

リーンのステップは綺麗だ。背はまだ小さいが、リードも上手だ。


…これならたいがいのご令嬢は惚れてしまいますね…。


リーンは来年には貴族用の学院の中等部に入る予定だ。

侍従見習いのアルノルトと事務見習いのエルマーも一緒に入学する。護衛騎士見習いのデニスは騎士養成学校に入る。


まだまだ子供だ、と思っていたら、こんなに大きくなっちゃって…。


王都の屋敷にいるときは一人で王都のアロイス様のところに遊びに行くようになった。(もちろんお供はつくが)妹君のビアンカ様に懐かれているらしい…。アルマ様のところのご令嬢なら、家格的にも釣り合いが取れるし、年齢的にも問題がないな。そんなことを考えながら、マルはステップを踏む。


アロイス様やフリッツ様と何やら話したらしく、急に

「自分の部屋で一人で寝る」

とも言いだした。大人になった、ってことかしら。

(まあ…さすがに<母親>とは一緒に寝ない年齢よね…)


ほんの少し寂しい気がするのは…子供が大きくなっていってお母様お母様、と駆け寄ってこなくなることだ、ってアルマ様もおっしゃっていた。


なら、私のこの感情も、それ、なんだろうなあ…。


私は去年も今年も、多分来年もそう変わらないだろう。今年で21歳。もちろん、年は取るが、背がぐんと伸びたりはしない。


リーンは去年よりも背が高くなって…そのうち私の身長を追い越していくんだろう。


…老い先短いんだ、と言っているおじい様は…その割にお元気だったが、まあ、年相応に老いた。今は行ったり来たりが面倒になったらしく、領地を私に預けて一年のほとんどを王都の屋敷で過ごしている。

昨年はついに、私に領主印を渡してよこした。


「リーンが16歳になったらわしからリーンに渡すんだからな!」

と常々おっしゃっていたが…随分と気が弱くなった。おじい様が元気でいらしてくれているので親戚の攻撃も防げている。社交もお願いしている。出来れば旦那様が揺るがないほどの御年齢になられるまで元気でいてほしい。こればっかりはいくら嫁と言っても守り切れないかもしれないから。


リーンが16歳になるまで領主印を大事に預かる。それが私の仕事だし。

そう、できれば…おじい様には頑張って、リーンが結婚するまでは長生きしてほしい。

今度こそ…あの教会の参列者席があふれるほどの祝福を…おじい様も見たいでしょう?


6歳の正装したリーンをよく覚えている。


私の旦那様は11歳になった。



リーンとステップを踏みながら…こんな日々がもうしばらく続けばいいと、ふと思う。



***


アロイスのところから戻ると、来客があったようだ。

ティールームに人影が見えた。


リーンは足を止めてしまった。

ティールームの二人は…抱き合っていた。


「マル?」


僕がマルを見間違えるはずがない。マルと…見たことのない青年。

頭が真っ白になる。怒っているのか、泣きたいのかわからない。

屋敷に駆け込んで、執事長も侍従も止めるのも聞かずにティールームのドアをいきなり開けた。


「あら。旦那様、お帰りなさいませ」


何事もなかったようにカップを持ったマルが僕を見る。二人は座ってお茶を飲んでいるところだった。

「マル!」

「?」

僕が大きな声を出したので、マルは不思議そうな顔をした。

青年は僕を見て立ち上がって、緊張した顔をしている。


「ああ。旦那様に紹介するのは初めてでしたね。私の弟のルーカスです。学院を卒業して領地に帰る前に立ち寄ってくれたんです。ちょうど私が王都にいるときでよかったですわ。ルーカス、こちらが私の旦那様のリーンハルト様よ」

「…お義兄様、初めまして。ご挨拶が遅くなりました。ルーカスです。お会いできてうれしいです。」

「え?…ああ…」


差し出された右手を握り返す。

…弟?マルの?


「じゃあ、僕はそろそろお暇するよ。姉様も元気そうだし、旦那様とも仲が良さそうで安心した」

そう言いながらルーカスと名乗った青年は足元の旅行カバンを持ち上げた。確かにそう言われてみれば髪色も瞳の色も顔の輪郭も似ているか?背はずい分高いが。


「お父様にもお母様にもよろしく言っておいてね。元気でやっているから心配しないでって。」

立ち上がったマルが、ぽんぽんっと青年の肩をやさしくたたいた。

「はい、姉様。リーンハルト様、姉をよろしくお願いいたします」

そう言ってその青年は僕に深々と頭を下げた。


乗合馬車に乗って帰るというその青年を、マルと並んで玄関先で見送る。

一度振り返って…もう一度、深々とお辞儀をして帰っていった。


青年の姿が見えなくなると、マルがくるりと僕の方に向き直った。腰に手を当てて怒っている。

「旦那様?来客中になかなか失礼な対応でしたわね?」

「…あ…」

「礼儀作法の時間を増やしますか?」

「…だって…」


僕は正直に、帰ってきたら外からマルが知らない青年と抱き合っているのが見えたから、と白状するしかなかった。


マルは僕と来客用のソファーに並んで座って、僕の手を握ってくれた。

「すみません…弟とは本当に久しぶりに会ったものですから」


僕は、マルのことを何にも知らなかったと、その時初めて気が付いた。

マルは僕にとってはずっと僕の家族だったから。


弟がいたことも、もちろん両親がいたことも。

ここに来る前はどこで育ったのか。どんな子供だったのか。

実家の話など一度も聞いたことがない。マルが実家に帰ることもなかった。


僕にとってマルは、当然ここにいる人だった。


僕は…このところ一人で自分の部屋で寝ていたんだが、その夜は枕を持ってマルの部屋のドアを叩いた。ランプを付けて本を読んでいたマルが、笑って部屋に入れてくれた。


僕らは二人用の寝室ではなくマルの部屋のベッドにもぐって…マルがどこで育って、どんな子供だったのかを話してもらった。久しぶりにマルの体温が心地いい。


僕の知っているマルはもう大人だったけど……話を聞きながら、僕は眠ってしまったようだ。


マルの実家の領地のしろつめ草の咲く草原で、僕に花冠を作ってくれたマルは、僕と同じくらいの背丈だった。

…二人で、笑っていた。









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― 新着の感想 ―
自分の親が、特に母親が自分の母親になる前はほかの家の娘で、ここにいない家族がいるのだし、その母の子供時代を自分は知らないんだ…ということを実感として感じたとき、親は初めて子供にとって『他人』になるんで…
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