第8話 リーン 9歳。
私とリーンが王都にある屋敷に来るようになって、もう2年目になる。
基本的には領地にいるのだが、旦那様には王都の屋敷での生活も大事だ。社交シーズンを避けて、一年の内3か月ぐらいは滞在するようにしようと思っている。
大旦那様も領地とこちらを行ったり来たりだ。留守を任されている王都の屋敷の執事も他の使用人からしたらまだ若い。当主不在の屋敷の統率は難しそうだ。
執事が気を使ってくれるが、こちらの屋敷には私たちの結婚のいきさつを知らない人が多いので、小娘がお坊ちゃまを騙して…と聞こえるように口にする者も多かった。挙句に…どこでそんな話になったのか…顧問弁護士のロルフさんと私ができているらしい、とまことしやかに噂を広げる輩もいる。
それに…奥様と呼ぶのは一握りの人。それ以外は私のことをマルガレーテ様と呼ぶ。
まあ、奥様として認めていないぞって言う、宣誓布告?実際、最初に通されたのは客間だった。執事に言って、替えてもらったが。
私は何を言われても構わないが、それがゆくゆく、旦那様の悪評にならないだろうか?
使用人が旦那様をいまだに「お坊ちゃま」呼びするのも気になる。
確かに、4歳から4年間も領地に引きこもっていたわけだし…彼らにとっては久しぶりにお会いした「お坊ちゃま」には違いないのだろうけれど…。
いい手が打てなくて、本当に客人のように王都の屋敷で過ごしている。
***
屋敷の中庭で、いつものように3人でお茶会をしていた。
アルマ様が今王都で一番人気だというケーキを差し入れしてくださった。
旦那様とアロイス様、エリーザ様のご令息フリッツ様は今日は屋敷内の図書室にこもるらしい。
3人しかいないのだから、小声になる必要もないのだが、エリーザ様が小声で言った。
「ねえねえ、聞きました?クンツ伯爵家が破綻しましてね?なんだか息子さんが高利貸しにお金を借りたらしくて。」
どこかで聞いたような話だ、と思いながら、ケーキを食べながらマルガレーテが耳を傾ける。あの高利貸しのおやじはまだ大活躍中のようだな。
「ええ。聞くも何も、うちの傍系ですの。」
アルマ様がため息をつく。
「当主は真面目な方でね…。使用人が路頭に迷わないようにと、うちに雇ってくれないかと聞いてきましてね。うちでもそんなにたくさんはいりませんしね。」
「……!」
マルガレーテは…神の声が聞こえた気がした。
やはり、かねがねアルマ様がおっしゃっていたように、情報は大事だ。
そう実感した。
そこからのマルガレーテの仕事は早かった。
アルマ様に頼んで、すべての人材の受け入れをする話をつけてもらった。当の伯爵ご夫婦も出来れば雇い入れたいとお願いした。
早馬で、王都に弁護士事務所を構えているロルフさんを呼んで、急いで書類を作るよう依頼する。
「えええ?人使い荒いですね?侯爵夫人?」
おどけるようにそう言うロルフさんが、仕事が早いのは知っている。
「うちで雇い入れする伯爵ご夫婦の給金が高利貸しに押さえられないように、うまくやって下さい」
***
マルちゃんは書類の出来上がった翌日に、執事に言って使用人を全員ホールに集めた。ロルフは何食わぬ顔で一緒にホールに向かった。
俺はホールの隅っこで、椅子に腰を掛けて成り行きを眺める。お手並み拝見だね。
「実は皆様に大事な話があります」
集まった使用人の前にマルちゃんが立って話し出しただけで、ブーブー文句が出る。彼らに言わせれば、執事に呼ばれたから来たのに、小娘が話し出した。なんなの?って感じだろうか。
「ああ、すみません。忙しくて私の話を聞いていられないという方は、右側のドアから出て下さいね」
マルちゃんがそう言うと、思ったより多くの使用人がゾロソロと出て行った。ドアの先は控室だが、外から鍵がしめてある。
残ったのは…執事と6人ほど。
執事が平謝りに謝っている。
「そうねえ。まあ、いいわ」
たいして気にしていないようにマルちゃんが言う。
マルちゃんがみんなが出て行った右側のドアを開けて、控室に入っても文句を言っている使用人たちに告げる。
「さて、ここにお集まりの皆さん。話し合いにならなかったので、皆さんを解雇します。今日中に荷物をまとめて解雇金を執務室に取りに来てお帰り下さい。皆さんの紹介状は残念ながら書けません。皆さん、誰に雇われて、誰が人事権をお持ちか理解できなかったようで残念です。」
「は?俺を誰だと思ってるんだ?ここの事務長だぞ?」
と、威勢よく食って掛かってきたのはこちらの屋敷の事務長。
「はい。存じ上げております。あなたが二重帳簿で資金の使い込みをしているのも知っていますが、なにか?解雇ではなく、役人に引き渡した方がいいと?大旦那様もご存じだったようですがめんどくさがって見ないことにしていたようですね。あなたの解雇金からは、横領金額は引かせていただいています。」
「……」
「だいたい、なんであんたが、そんなえらそうに!」
と、言い出したのは侍女頭ですね。そうだそうだ!と外野も騒いでいる。
「私はここの女主人ですの。あなたに、あんた呼ばわりされる筋合いはございません」
「……」
「大旦那様に言いつけてやる!」
と威勢のいいのはメイド長ですね。世も末です。
「モーリッツ侯爵家の当主は誰か、そんなことも分からないメイド長なんていらないと思いませんか?ねえ、旦那様?」
マルちゃんのドレスの後ろにいたリーン様が、ひょっこりと顔を出す。
「僕は妻に、使用人は僕たちのために一生懸命勤めてくれているのだから粗末に扱ってはいけないといつも言われている。感謝の気持ちを持て、と。でも、僕の妻を怒鳴ったりする今の君たちにそんな気持ちは持てないな。」
…ぷぷぷっ。なかなか言うね、ご当主殿。
「はい。それでは荷物をまとめた方から解雇金を支払いますね」
リーン様と並んだマルちゃんが、にっこりと笑う。
***
どうせ人手不足ですぐに呼び戻されるだろうと、屋敷の近くでうろうろしていた人たちは…夕刻にやってきた30人余りの使用人にびっくりすることになる。
マルちゃんは没落した伯爵家の元・当主を事務長に、その奥様を侍女頭に据えた。いろいろと面倒ごとを避けるために、名前は全く変えて平民としての就職になる。
使用人の統制を取り切れなかった執事のことは<罰として>執事長に昇格させた。
後ほど、大旦那様に泣きついた者もいるようだが、リーンハルト様が大旦那様に状況をご説明なさったらしく、誰も再雇用はされなかった。
…いやいや。なかなか大胆な娘だね?こんな思い切ったことをするんだ。




