第7話 マルガレーテ 18歳。
「あら、まあ、リーンハルト様にはもう専任の侍従がいるんですのね?」
お茶会の席で旦那様の後ろに立つアルノルトを見て、オイゲン家伯爵夫人のエリーザ様が驚いた声をあげた。
「ええ。おかげで旦那様も大人になりました。」
「なるほど。リーンハルト様はお年の割には大人よね。」
リーン様とご令息お二人は、少し離れたテーブルでお茶を飲んでいる。時折、笑い声が聞こえるから心配なさそうだ。
大人席、私とお二人のご婦人はそれを眺めながら、世間話になる。
もちろん、お二人はご令息の母親である。
こちらの屋敷の執事をしているヨハンの息子さんのカールに慎重に選んでいただいて、旦那様と同じ年のご令息をお持ちのアライダ侯爵家夫人アルマ様をお茶会に呼んでいた。
今日は彼女の紹介でやはり同じ年のご令息のいるエリーザ様をお呼びしている。
お二人は学院の同級生だったらしい。
「でもあなた、まだ使用人に”マルガレーテ様”と呼ばれているのね?」
うちの王都のお屋敷の使用人たちは、お客様にはこれでもかというほど丁寧に接しているが…先ほどお茶を運んできたメイドが、私に確認を取る時に名前を呼んだのをアルマ様が聞いていらしたのね。
「まあ、まだいろいろと発展途中ですの。気長に取り組むしかございませんね」
「私もね…嫁いだ時には8歳だったのよ。扱いはお子ちゃまだったわ。旦那様は20歳だったしね。まあ、貴族の政略結婚なんてそんなものよね。あなたも気にしなくていいと思うわ。今はちゃんと奥様呼びよ?」
カールがアルマ様をお誘いしてくれたのは、家の派閥なのかと思っていたが…私に気を使ってくれていたのね。最初の頃は差しさわりのない話だけしたから、そこまではわからなかったわ。
「それに、18歳の時30歳でしょう?意外とそれなりに体裁は取れるようになるわけよ。あなたも今は不自然に見えても、それなりになるわよ。時間さえたてば」
…時間がねえ…あまりありませんが。
マルはそう思ったが、にっこり笑う。
お茶を飲みながら黙って二人の会話を聞いていたエリーザ様がなぜだか動揺していらっしゃる。
「ま…まあ…そうですわよね…そう、マルガレーテ様は…リーンハルト様の奥様でしたものね。ごめんなさいね、つい…自分の子供と同じ年なので…本当に申し訳ございません!!!」
そう言って深々と頭を下げた。どんな思い違いをしたのかは顔に書いてある。
「いえいえ。私も旦那様も領地に引きこもっておりましたし、社交にも出ておりませんのでお気になさらずに。そういうエリーザ様は?旦那さまとはお見合ですか?」
気を取り直してカップに口を付けたエリーザ様の代わりに、アルマ様が答えた。
「この子はね、学院の時に大恋愛よ?傍から見ても迷惑なほど熱烈だったわ」
「まあ、そうなんですか?」
アルマ様がお二人の過ごされた学院生活を話してくださる。金色に輝く髪は綺麗に巻かれて、上品なベビーピンクのデイドレスを着ていらっしゃる。
アルマ様にからかわれて照れているエリーザ様はこげ茶の真っすぐな髪。今日のドレスは春らしいクリーム色。
…大恋愛か…リーンも学院に通うようになったら、どなたか素敵なお嬢さまと恋に落ちるんだろうなあ…。大きく育ったリーンを想像して、隣に可愛らしいご令嬢を並べてみる。
そんなことを考えながら、ぼーっとお二人の会話を聞いていた。
「…あなたもね、マルちゃん。」
急にアルマ様に自分の名前を呼ばれて夢想の世界から戻る。
「え?」
「いくら領地に引きこもっていると言っても、社交には出ないと言っても、王都にいる間はいろいろ見て回った方がいいわ。何が流行っているとか、変わった料理とか、どこがどことつながっているとか、王室の様子とかね?ここでしか聞けない話も多いでしょう?情報は大事よ。」
「…そうですね」
「ゆくゆく…リーン様にも必要なことになるからね」
…なるほど。
この姉御肌のアルマ様にお誘いいただいて、王都に滞在中はドレス工房や貴金属店、観劇やオペラ、王城の図書館、貴族用の学院の見学もした。
旦那様は付いてきたり、アルマ様のご子息のアロイス様と王城の図書館にこもったり…こちらに来るたびに、見識が広がっていく。私には弟しかいないが、姉がいたらこんな感じだったのかな、と思う。
「…私はほら、嫁に来たとき8歳だったから、旦那様にずっと相手にされなくてね。あの人は他所に愛人とか恋人とか作って帰ってこないし。寂しかったわ。」
「……」
観劇からの帰りの馬車で、アルマ様がぽつりと話す。
「だから、年の差があってもいつも一緒にいるあなたたちが羨ましい。」
「……」
「でもね、私の初恋は残念なことに旦那様だったの。うふふっ。初恋舐めるなよ?って思ったわ。旦那様に並び立てるように努力して努力して…ようやく16歳で大人扱いしてもらったの。初めてのダンスも嬉しかったわ」
「……」
「あなたも今、18歳でしょう?一番いい、一番きれいな時期よね?でも、リーン様だけを見ていただけると…私の初恋も報われる気がするわ」
そう言って、アルマ様は照れ臭そうに外を眺めた。
その頃のことを思いだしたのか、ほんの少しだけ…横顔が寂しそうに見えた。
…初恋、か…。




