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第6話 境界線。

「よお、ロルフ。」

王城に登録されている領地の境界線の写しを取っていると、弁護士仲間に声を掛けられた。

「なんだ?境界線問題か?」

俺の見ていた地図を覗き込んで、そいつが話しかけてきた。

「ああ。そんなに面倒なことでもない」


どうも問題になっている境界線は、おたがいの領地の間にある小高い丘の稜線のようだ。なだらかな丘なので、測量を入れるしかないか…結構金がかかるので、できれば今まで通りなあなあでいければいいとは思う。まあ、任されたマルガレーテがどう出るかだが。


「飲み屋のエマちゃんが寂しがっていたぞ?はははっ。お前も仕事ばかりしてないで、そろそろ身を固めたらどうだ?もう30だろう?」

「はん。余計なお世話だ」


適当に遊ぶ女はいるし、金もある。仕事も嫌いじゃない。なんなら隣国のフールでの弁護士資格も取った。ここまで上り詰めて…もう一息だ。


…かつては嫁にしたい女もいた。もう、昔話に思える。



***


マルガレーテはリーンハルト様とその侍従を連れて、お隣の子爵家の新しい当主と話し合いの場を持った。そいつが引っ張り出してきたのは古めかしい地図で、その地図によると確かに森のある場所は子爵領になるようだ。


「うちの木を伐り出すなら、一本当たり3万ガルドで取引をしてあげてもいい」


ふんぞり反って葉巻までくわえだしたその男は先の当主の弟。跡取りがいなかったので、年の離れたこの弟に代を譲ったようだ。この子爵家の隣接する領地で似たような訴えを起こしている。


「ロルフさん。境界線についてこの方に説明して差し上げて。それと、うちの旦那様が気持ち悪くなるといけませんので、葉巻を消してください。小さい子供の前で葉巻など吸うものではありませんよ?」


まあ、相手にしたら…小娘と子供が来た、ぐらいのバカにした感覚だったのだろう。

マルちゃんに諭すようにそう言われて、男はあわてて葉巻を消した。


今日は髪を結い上げて、おとなしめのドレスを着たマルちゃんが、付いて行った俺に指示を出す。写しを見せながら、手短に説明した。


「こちらは今、うちの顧問弁護士が説明いたしました通り、王城での確認印も頂いております。何か問題がございますか?」


先に鼻高々に古地図を見せた子爵を丸っと無視する形で、マルちゃんが首をかしげて見せる。

「は?」

「なにか…王家に対してのご不満がおありなんでしょうか?」

「なにっ!」


…あおるなあ…。


「裁判を起こすまでもございません。子爵が王家にご不満があるようだと、そう申し伝えましょうか?この書類に納得できないということは、そういうことなのでございましょう?」


おっとり話しているが、意味はかなり重い。


「い…いや…正式な書類なら致し方ない。」


「納得いただけて幸いです。領民の方々にも確認しましたが、今まではお互いに木を切ったら若木を植えて…と何百年も上手くやってきたようですが、ご当主が問題意識をお持ちだとわかれば、きちんと境界を引くしかございませんね。うちといたしましても、旦那様を煩わせることは早めに排除したいので。」

「…え?…ああ…」


今まで威勢の良かったそのご当主は、ちらちらと俺の顔を見る。まあ、無視するが。


「この冬、雪が落ち着いた頃からさっそく測量を入れましょうね。結構な金額がかかるようですが、子爵家の御希望となれば、うちも仕方がないのでその半分を負担いたしましょう。それでよろしいですね?」


「え?…ああ…」


にっこりとマルちゃんが笑う。

マルちゃんに言われて用意して来た、両家の境界線の測量に掛かる費用の折半をする、今後異議申し立てをしない。という誓約書を子爵の前に滑らせて、ペンを差し出す。こちらのサインと印はもう押してある。

【リーンハルト・フォン・モーリッツ】


どこかで見つけてきた古地図をもとに領地を増やし、あわよくば木を売って一儲けしようとした子爵は、逆に今まで通り自由には木を切り出せなくなる。モーリッツ侯爵家の森は、そのほとんどだったから。


サインをし終わった子爵に、マルちゃんが素敵な提案をした。


「木が足りないようでしたら、一本2万ガルドでお譲りいたします。お隣ですからね」



***


「マル?何を植えているの?」


マルを探しに庭に出たら、ペーターと並んでしゃがんで何か植えているところだった。今日のマルは髪を高いところで一本に結って、エプロンもしている。


「旦那様、これはですね…庭師のペーターさんに日陰でも育つお花がないか聞いたら、教えていただいた、アジサイ、という花です。最近東洋から入った花らしいんですがね。丈夫な花なんですって。辛抱強い、って花言葉があるそうですよ?」

「ふーん」

「その枝をこうやって挿し木して、増やしているところです。」


マルの隣に座って、マルの手元を眺める。指先がもう泥だらけだ。柔らかそうな土の入った木箱に、切った枝を刺している。


「この冬に森に測量が入るでしょう?今年からうちの領の冬の木の切り出しは境界線沿いにお願いしているんです。ちょっと遠くて大変だけど、みんな協力してくれるそうです。普通だと切った後に若木を植えるんですけど、今回はこの木を植えていくんです。丸々とした可愛らしいお花が咲くそうですよ?柵を作るより安上がりだし、綺麗でしょう?」

「へえ。素敵な散歩道になりそうだね?マル。一緒に行こうね。」

「ええ。そうですわね。何年もかかりそうですが。」


マルは僕を見て笑う。


森の中に続く”アジサイ”という花が咲き乱れる散歩道を何年か後にマルと歩く。

…僕はその頃はもう少し背が高くなっているかな?


僕は早く背が高くなりたい。かっこいい大人になれるかな?


いつも来る弁護士のロルフさんと並んだマルはお似合いだって…メイドが話していたのを聞いてしまった。ロルフさんがかっこいいと騒いでいた。


ロルフさんがいつも僕がいないとき、マルをお茶に誘っているのも知っている。

今回みたいに…仕事の話なんだろうけど、それを見つけると僕はなんだかお腹が痛くなるから、マルの手を引いて連れ出す。

「おやおや」っていつもロルフさんが笑う。ちょっとむかつく。


「ねえ、マル?」

並んで挿し木を手伝いながら、僕はマルにお願いをする。


「マルはもう背が伸びちゃだめだよ?いつまでたっても僕が追い付かないからね?」


マルが驚いた顔で僕を見た後、目を細めて笑った。


「うふふっ。そうですね。気を付けます」



僕は、マルが大好きだ。









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