第5話 リーン 7歳。
「執事長、相談があるのですが…。」
リーンハルト様が家庭教師と勉強中、今日は奥様に領地の教会との付き合い方と行事やしきたりの説明を終わったあたりで、奥様が話し出された。
「リーンハルト様に侍従と補佐官を付けたいと思いまして。出来ればそんなに年が離れていない適任の子はいませんでしょうか?私に充てられている予算で、学院も出します。学院にはさすがに私はついていけませんのでね。」
「早くはないですか?」
ヨハンにとっては急な申し出だったが、奥様は以前から考えていらっしゃったようだ。先の当主に専任の侍従が付いたのは10歳の時だと記憶している。
「いえ。旦那様は7歳になられました。旦那様をよく理解し、支えていただくだけではなく…年相応の話し相手も必要かと思いまして」
確かに…奥様がいらしてからというもの、リーンハルト様は奥様の姿が見えないと不安らしく、探しまわっている。癇癪を起すこともある。お心の安定に、奥様が必要なのだろう。
今はご一緒に領地の視察も出かけていらっしゃるが、最初のうち、大旦那様から馬車に乗ってもいいと許可が下りるまでは…大変だった…。
大旦那様のお気持ちも分かるが、いつまでも領地の屋敷にいるわけにはいかない。王都の屋敷の管理も必要になる。
…年相応の話し相手…ねえ…リーンハルト様の従弟たちもいるが…どうも、その親たちが何か目論んでそうで油断ならないし…。私の考えを読むように、奥様が、
「もちろん、大旦那様から王都に出てもいいと許可が下りたら、貴族位の他のご子息との交流も必要になってまいります。その前に、旦那様の周りを固めておきたいと、そう思っています。」
「承知いたしました。私の方で何人か、探してみましょう」
「ありがとう。ヨハン。頼りにしていますね」
ほっとしたようなお顔で、奥様がそう言う。私を信用してくださっている、と嬉しくなる。顔には出さないが。
奥様は…まだお若いのだが、すっかりリーンハルト様の母君のような貫禄だ。先の奥様は…お嬢様然とされた方だったが…。頼る人がいるうちはそれでもよろしいのでしょうが…。
「マル~!どこ~!」
おやおや、リーンハルト様のお勉強の時間が終わったようですね。
「はーい。ここですよ」
呼ぶ声に一つ返事をして、私に笑いながらお辞儀をして奥様が駆け出されていく。
「マルも今、ヨハンとお勉強していたんですよ。」
「そっか。ねえ、お天気がいいから、馬を見にいこう!マル。」
「はい。いいですね。参りましょう。今度おじい様が旦那様に馬を買って下さるらしいですよ?」
手をつないで外に向かわれるお二人を見送る。侍女が小走りで付いて行く。いつ見ても微笑ましい。
さて。うちの孫なんかどうだろうか?
ヨハンは王都の屋敷にいる息子に手紙を出してみようかと、そんなことを考えた。
***
大旦那様に呼び出されて、久しぶりにモーリッツ侯爵家にやってきたロルフは、執務室の窓の外に見える光景に驚いた。4人の子供が先生役の騎士と剣術の稽古をしているところだった。
…子供が増えている…。
「ああ、あれか?マルガレーテがリーンの侍従と補佐官と護衛騎士を育てているところだ」
俺が驚いているのを見て、大旦那様が面白そうに笑った。
「おかげで、リーンの癇癪も無くなった。自分の部下がいるのに子供の様に暴れてはいられないからな」
「…なるほど」
よく見ると、中庭の木陰でマルガレーテが椅子に座って、子供たちの様子を眺めている。子供たちはリーン様と同じような年頃か。
「身元は大丈夫なんですか?」
ふと心配になって聞くと、
「ああ。うちの執事長が探してきた子たちだ。侍従になる子は執事長の孫だ。」
「なるほど」
自分の親戚縁者を要職に就けて、いいように牛耳る、というのはよくあるパターンだが、余計な心配だったようだな。それも…たまたまなのか、意図的なのか?
メイドが冷たい飲み物の入った瓶を木陰に運んでいる。
「みなさーん、休憩にいたしましょう」
マルちゃんがそう声をかけると、わらわらと皆、木陰のテーブルに集まってきた。
時折、子供たちの笑い声が響く。なかなかいい景色だ。
「さて、今日君に来てもらったのは、これだ」
ポンッと俺に向かって大旦那様が放られた書面を開く。
王城への訴状の写しらしいな。読み進めると…モーリッツ侯爵家の領地とお隣の子爵家の領地の間にある大きな森の所有権は子爵家側にある、という確認の訴えのようだ。
「長いこと共有地としてお互いに利用してきたところなんだがな。お隣の領主が変わって、どうも、共有じゃなくてうちの物だ、って言いだしてな」
まあ、代替わりすると、よくあることではある。
「では…どうでしょう、大旦那様?これをマルガレーテ様にお願いしてみてはいかがでしょう?」
「いや、しかしな…」
「大丈夫ですよ。いざとなったら私が出ますから。力試しだと思ってやらせてみては?」
ロルフはこの辺で一度、あの子の力試しがしたかったのも本心だが…自分に泣きついてくるあの子の顔も見てみたかった。なんだかんだ言っても、まだ17歳の小娘だ。執事長を頼ったように…何ともならなくなって俺のことを頼って、ついでに愚痴ぐらいこぼせばいい。そう思った。
ロルフはマルガレーテという人物に興味があった。いや、興味を持ったのだ。
たかだか16.7歳の小娘が、仕事と割り切って侯爵夫人を演じる?
夫人の予算として十分な金額が割り振られている。何なら着飾って10年間、贅沢な生活だけ享受するのもありだ。
まあ、そのうち化けの皮が剝がれる。
ロルフは木陰で、リーン様と並んで座る、小麦色の髪の少女を眺めた。




