第3話 弁護士のロルフ。
「あなたにとってはとんだ災難でしたね?」
お茶を出したメイドが下がったタイミングで、足を組みなおしてロルフが探るように切り出した。聞きようによっては同情するような、口調だ。
本契約を取り交わした日の午後、リーンハルト様がマナーの勉強中にマルガレーテをお茶に誘った。
「いえいえ。ラッキーでした。下手をしたら今頃娼館で母親ともども客を取らされていたかと思ったら、雲泥の差です。モーリッツ侯爵家には感謝しかございません」
そう言ってにっこり笑ってから、マルガレーテは紅茶のカップに口をつける。
思ったより冷静な判断のできる子だ。
小麦色の髪を後ろで三つ編みに結んで、明るい水色の瞳は陰ってもいないようだ。実家にお邪魔したときに会ったが、母親によく似ている。
「ははっ。前向きな考えですね?しかし、この契約が終了するとき、あなたはもう26歳ですよ?」
…いやいや…僕が考えた筋書きなんだけどね。そう思ったが、口にはしない。
この国の貴族令嬢はどんなに遅くても22歳ごろまでは嫁ぐ。26歳になって、しかも離婚歴ありだと…なかなか再婚するにもいい条件はなさそうだ。その辺のところも理解できているのだろうか?まあ、だからといって今更契約破棄されても困るが。
…俺としては…この二人の婚姻生活がうまくいくなら、そのままでも構わないかと思ったが、大旦那様が、大人になったリーンハルト様の嫁には年相応の、本人が惚れた女を添わせたいと希望なさった。まあ…わからないでもない。貴族社会で10歳ぐらいの歳の差婚は珍しくはないが、モーリッツ侯爵家は<選べる>立場だ。
「娼館で10年働いても、解放されるかどうかわかりませんしね。どう考えても好条件です。10年お仕事をして、退職金をもらう、と考えるようにしましたので。」
「まあ、考えようですかね」
ロルフは目の前で姿勢よくおいしそうに紅茶を飲むその少女を、口の端で笑いながら、まじまじと観察した。きちんと教育されてきたのだろう。作法も綺麗なもんだ。
この子の父が親友の借金の保証人になった。
(まあ、弁護士の立場から言うと、保証人になどならない方が身のためだがね)
父曰く、信頼に値する人だったらしいが…どこでどうなったのか…その親友がレストランを開業するのに借りた1000万ガルド。その借用書が回りまわって、まあ、いわゆる悪徳高利貸しのたちの悪い奴に渡ったところから、この子の実家は追いつめられることになる。
「5000万ガルド。年内に支払えなければ、そうだなあ…この家の金目の物全部と、その娘、だけじゃ足りないからそこのきれいな奥様もかな…娼館で働いてもらっちゃおうかな?いいね?年内に、だよ?」
舐めまわすような視線で娘と母親を見て、脅していったらしい。
もちろん、金を借りた当の本人は訴えを起こしていた。
(…だが、まあ、みなさんも覚えておいた方がいい。金持ちの悪い奴には凄腕の弁護士を雇う金があることを。)
ある様な無い様な罪状で、その当人はあっという間に投獄された。で、保証人への督促が始まったわけだ。
まあ、支払うだけならその位のお金なら何とかなるかもしれないが、来年の領地の予算が組めなくなる金額だ。財産を処分するにしても、期限まではあとひと月ほどしかなかった。
この子の父、オーラフ伯爵も訴えを起こしたが、保証人のサインは間違いなく本人のもので、借入金の利子の記載もきちんと記入してあった。
(まあ…偽造かどうかは本書を見ていないのでコメントは控える)
モーリッツ侯爵家の大旦那様に依頼されて、坊ちゃまの嫁を探していた私のところに、その話が聞こえてきたのは、弁護士会館のティールームだ。
「次はオーラフ伯爵かあ…手堅い真面目な人だがな?」
「ああ、保証人になったらしいぞ?あのいつもの高利貸しなあ…」
「あそこの顧問弁護士は○○さ。ケツの毛まで抜かれんな。○○子爵家は娘も嫁も娼館に売り飛ばされたらしいぞ?挙句に夜逃げしたんだろう?」
「貴族位の娘ってのは、高く売れるらしいな?」
モーリッツ侯爵家から、嫁を探すにあたって使える予算は十分なほど提示されていた。
立替金5000万ガルドプラス成功報酬として10年後の3000万ガルドの慰謝料ならおつりがくる。
俺は迷わず、オーラフ伯爵家のドアを叩いた。
まあ、俺は良心的な弁護士だが…契約した嫁がモーリッツ侯爵家を裏切ったり、契約を破棄されたりするのは困るから、実家が人質、みたいなものか。
マルガレーテはお茶に添えられた焼き菓子を美味しそうに頬張っている。
こうやって見ると、どこにでもいる普通の16歳の少女だ。社交界デビューもこれからだった。恋愛小説でも読んで恋に恋したりする年頃だろうに…。
まあ、人生いろいろなことが起きるからね。
「私はモーリッツ侯爵家の顧問弁護士ですから、なにか困ったことがあれば連絡をください。侯爵夫人。」
営業用の笑顔で、俺は侯爵夫人に微笑みかける。




