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第2話 本契約。

私が部屋に入って挨拶するとすぐに、ロルフさんが切り出した。


「それでは結婚式も無事に終わったので、マルガレーテ様と本契約に入りましょう。」


翌日、リーンハルト様のおじい様の執務室に呼ばれた。おじい様と顧問弁護士のロルフさんがいた。マルガレーテの前に、何枚かの書類が置かれている。


「仮契約でご説明した通り、この結婚の期間は10年。リーンハルト様の御成人、16歳のお誕生日の前日までとなります。」

「はい」

「10年後に速やかに離婚していただきます。あらかじめ離縁届にサインをお願いいたします。私が責任もって保管いたしますので」


ロルフさんがすっと滑らせた書類に、用意されていたペンでサインを入れる。

【マルガレーテ・フォン・モーリッツ】


書類を受け取ったロルフさんが、銀ブチ眼鏡を持ち上げて、サインを確認した。


「次に、本契約です。読み上げます。」


この結婚が10年契約の結婚であること。

リーンハルト様のこの国の成人年齢、16歳の誕生日を持って、婚姻関係が終了すること。

侯爵家夫人として衣食住の保証。

侯爵家夫人としてふさわしい行いをすること。

社交は出なくても良い。

リーンハルト様に代わって、侯爵家当主の業務を遂行すること。

リーンハルト様が12歳になられたら、ゆるやかに業務の引継ぎをすること。

万が一、前当主(祖父)が亡くなっても、この内容に変更はないこと。

異議を唱えないこと。他言しないこと。

10年後、契約満了時に、モーリッツ侯爵家は慰謝料としてマルガレーテに3000万ガルドを支払う。同時に、マルガレーテの生家への貸付金、5000万ガルドの返済義務が消滅するものとする。


「何か質問はありますか?」


顧問弁護士のロルフさんがそう聞いてきたが、この屋敷に来る前に、実家で確認した内容と全く同じもの。


「特にありません」


「ここに、追加条項が一つ入りました。」


2枚目の紙に…

【恋人は作っても構わないが、子供は認知しない】という条項が追加されていた。


「恋人を作る予定もありませんので、問題ございません」


そう答えると、マルガレーテがペンを取って、サインを入れた。


「うん。それでは大旦那様、こちらにサインを」

ロルフさんに促されて、黙って聞いていたおじい様がサインを入れた。


「はい。これで契約が成立いたしました。写しを後ほどマルガレーテ様にもお渡しいたしますね。それでは、これから10年間、よろしくお願いいたします」


逆光気味で、おじい様の顔もロルフさんの表情も見えにくいが、ロルフさんの銀縁の眼鏡がきらりと日に当たって光った。

マルガレーテは椅子から立ち上がって、

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」

そう言いながら深々と頭を下げた。



***


自分にあてがわれた部屋に戻ると、続き部屋から勢いよくリーンハルト様が駆け寄ってきた。

「マル!お茶にしよう。探してたんだよ?」

「まあ、リーンハルト様、お勉強は終わったんですか?」

「うん」

「今日はどんなお勉強だったんですか?」

「今日はねえ…」

リーンハルト様に手を取られて、お話を聞きながらティールームに歩いていく。



この屋敷に来てもう1か月になる。

リーンハルト様は私のことをどう思っていらっしゃるのかはわからないが、仲良しになった。屋敷には同じ年頃の子はいない。使用人とあのおじい様だけ。私は16歳だが、リーンハルト様に一番年が近い。


…あの子から見て私は姉かしら?…母親、かしら?


リーンハルト様は4歳でご両親を馬車の事故で亡くしてしまわれた。ちょうど喪が明けたところだ。身内は先ほどのおじい様一人。

弁護士に相談したところ、貴族継承の特例条項を使うことにしたらしい。

本来の継承はこの国の成人年齢の16歳になった時。

例外として、すでに成人年齢に達した者と結婚している時。


…私とのこの結婚で、リーンハルト様は正式なモーリッツ侯爵家の当主になられたわけだ。


万が一、おじい様が亡くなった場合でも、身分が揺るがないように、ということらしい。あの老人は長生きしそうだが、何せ高齢には違いない。親戚や外戚がリーンハルト様の立場を脅かす心配を無くしたい。そのあたりだろうか。

こういう場合、どうしても伴侶の実家が影響力を持ったりする。そこで、私の実家はある意味好都合だった、ということだな。


「マル?聞いてる?」

リーンハルト様が首をかしげている。考え事をして全く聞こえなかった。

「あーん、すみません。もう一度お願いします!」

「ちゃんと聞いててよ?」


リーンハルト様がほっぺを膨らませて私を見上げる。


さて、契約したからには、私は自分の持てる力一杯で、この小さな夫を大事に育てて行こう。マルガレーテはそう思う。


リーンハルト様がよっこいしょと椅子を引いてくれたので、お礼を言って座る。

やや高めの椅子に座ったリーンハルト様の足がぶらぶらしている。

侯爵家のティールームに春の日差しが差し込む。


私たちはお茶を飲みながら、いろいろな話をして笑いあった。











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