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第14話 マルガレーテ 25歳。

「貴女に報告がありましてね」

弁護士のロルフさんが王都に出てきていた私を訪ねてきた。どうも私はこの人が苦手だ。いろいろあったし。

客間で二人きりになるのは嫌だったので、執務室に通して、事務長に一緒に座ってもらう。


応接用のソファーに座って出されたお茶を飲んでいるロルフさんは、珍しく疲れた顔をしていた。タイを緩めて、だらしなく座っている。被ってきた帽子が放ってある。


「お忙しそうで。どんなご用件でしょうか?」


「まあ、前置きなしで。あなたのご実家を騙した高利貸しなんですがね、ああ。事務長も良く聞いてて。」

「……」

「ここ二十年ほどで、50件近く貴族や商家相手に似たような騒ぎを起こしていましてね。もちろん皆が皆、破綻したわけではなく、実家や親せきが立て替え払いをしたところの方が多い。私と若手弁護士仲間がこつこつと証拠を集めて、被害者に改めて訴状も取って…ああ、一昨年事務長に書いていただいたものです。それをもとに集団訴訟を起こしていまして…昨日、勝訴しました」


「え?」


「相手方には昔からの腕利きの弁護士がついていましてね、ひっくり返すには時間がかかってしまいましたが…」

「え?それでは…」

「そいつの財産は王家に頼んで凍結してもらいました。これから、そいつの資産がどれだけ残っているのかを算定する作業に入って…来年には被害額に応じて返還が始まります。全額というわけにはいかないでしょうが。」


またどうでもいいような話が始まるんだろうと、聞き流す態勢に入っていたマルガレーテは、目の前でくたびれた男が言っていることに…正直驚いた。思いもしない内容だった。

隣に座る事務長を思わず見ると、驚きのあまり、固まってしまっている。


「まず、事務長。この裁判の勝訴によって、あなたの<身分のはく奪>の取り消しの訴訟が起こせます。よかったらうちの弁護士事務所を使ってくださいね」

そう言って、ロルフさんがようやく笑った。


「そして、マルガレーテ様。実はあなたのご実家とお父様のご友人がこつこつ僕を窓口にしてモーリッツ侯爵家が立て替えた金を払っていましてね。この十年でほぼ完済です。その上、今回のことでいくらか取り戻せる。あなたのことだ、ここの成功報酬を借金の返済にあてようと思っていたでしょう?それはあなた自身のものになりますよ。」


ふうっと一つ大きくため息をついて、ロルフさんが冷めかけたお茶をグイッと飲み干す。


「もう、自由になれるんです。長かったですね」

そう言ったロルフさんは、ソファーに身を沈めた。


「あ…ありがとうございました。」

ようやく一言だけ返す。思ってもいなかったことで…言葉が見つからない。



***


ロルフは学院にリーン様を迎えに行く馬車に乗せてもらった。王都にある俺の弁護士事務所はそこからなら割と近い。込み入った話があるので、と、マルちゃんにも同乗してもらった。俺のことを毛嫌いしているのは知っているが、さすがに先ほどのこともあってすんなりと乗り込んでくれた。


「マルちゃんの契約もあと半年になりますね。離婚後の身の振り方は考えましたか?」


俺はずっとこの子を見てきた。リーンハルト様に引継ぎをするために、領地を随分と改革した。

アジサイの小道は観光化されて、夏中、王都からたくさんの人が訪れるようになった。実際、植え続けたアジサイは見事なものだ。あと2年ぐらいですべての道が完成するだろう。アジサイはまだ珍しい花なので、鉢植えにしたものもかなり売れていると聞いたし、人が多く訪れるので、食堂や土産物屋も出来た。森の木で薪を作る以外、特に産業のない地区だったが、製材所も整えた。


西部地区では領民の意見を聞いて、小麦の作りにくい耕作地に大豆を導入した。もう軌道に乗せている。今は領外に出荷できるほどの生産量だ。

ため池が壊れたと言えば出向いて直し、荷馬車がはまりやすいと言えば道路を直し、

領地の教会の古くなった床も張りなおし、古くなっていた水車も、そのための河川も直した。

…領民に呼ばれれば、とりあえずすぐ出かけていく。この子の侯爵夫人としての予算はそのほとんどが領地と領民のために…いや、リーンハルト様の将来のために使われてきた。


「そうですね…しばらくはゆっくりしますかね。まだ具体的には考えておりません」

「ご実家に帰られるので?」

「いえ。弟もおりますし、帰るつもりはありません」

そう言って、マルちゃんは街並みを眺めている。もう初秋になって、並木が黄色く色を付けている。


「…なんだか少し、拍子抜けしてしまいました。」

そう言って、少し笑った。


「事務長が戻られるのであれば…もう一度屋敷の人事を再編しなければいけませんね…なるべく早く…」


こんな時でも、マルちゃんはリーンハルト様のことを考えているのだろう。


しばらく黙っていたマルちゃんが、ふと、思い出したように言った。

「私の知り合いに…やはり、借金がもとで一家離散した子爵家の女性がいまして…」

「……」

「その方も今回の裁判に関わっていらしたかしらね?」

「フリーデ、のことですか?」


俺がそう言うと、驚いた顔でマルちゃんが…やっと俺のところを見た。

「…なにもかも…ロルフさんの手の内、なんですね…」


諦めた顔。そんな顔をしてほしかったわけではないんだが…俺は…あんたがリーンに見せる笑顔のそのほんの少しだけ…。いや…。


学院の正門の近くに馬車を付けて、リーン様が出てくるのを待つ間、特に会話もなく押し黙った。さっさと降りて帰っても良かったのだが。


「おや?出てきましたね」

正門に目をやると、少し見ていない間にすっかり背の高くなったリーン様が、ふわふわの赤毛の女の子と並んで下校してくるところだった。侍従と側近は三歩ほど後ろを歩いている。

「中々お似合いですね…あの赤毛は公爵家のお嬢さんですかね」

「……ええ…本当にお似合いですわね…。」

俺は…ほんの少し嬉しくなって、マルちゃんを見る。遠くを眺めているような目をするマルちゃんをここで抱きしめたらどうなるだろう?そんなことを想像して、ドキドキする。


「それでは、また連絡差し上げます。侯爵夫人」

ロルフは馬車のドアを開けてステップに足を掛けかけて…振り向きざまにマルちゃんの手を取って指先に唇を当てる。そのまま引き寄せて上目遣いにマルちゃんを見上げて、

「マルガレーテ、離婚が成立したら、俺と結婚しないか?考えておいてくれ」

強張る表情のマルちゃんがかわいい。本当に嫌そうだ。くくっ。

馬車のドアが開いているから、リーン様からも見えるだろう。


何もなかったように歩きだす。


「やあ、リーンハルト様、ご無沙汰しました。そちらの方は新しい恋人ですか?」


帽子を取って、すれ違いざまに大きな声で挨拶をする。

リーン様についてきたご令嬢はまんざらでもなさそうな顔。そう見える?そう見えるように演じてるのよ?って声が聞こえそうだ。


ああ。うまくいかない恋って、何て楽しいんだろう。












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