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第13話 リーン 15歳。

「マル、手を広げて出して」

「こう?」


ふふっ。マルと手を合わせて比べてみると、僕の方が大きくなっている。


この春、僕は高等部に進んだ。


身長は去年のうちに追い越した。いつも僕を子供の様に扱っているマル。ようやく並んで歩いても姉弟呼ばわりされなくなるだろうか?ダンスだって難なく踊れるね。

合わせた手を組んで、マルに口づけをする。真っ赤になるマルがかわいい。


早くマルの待つ領地に帰るのに、高等部は2年で卒業しようと思っている。事務長に認められるぐらい家業も一生懸命やっている。16歳になったら社交界もお前に任せるからとおじい様が言う。マルをエスコートできる日が待ち遠しい。マルに可愛いドレスを着せよう。


ぎゅうぎゅうとマルを抱きしめていると、

「まあ、旦那様、子供みたいですよ?」

と耳の赤いマルが反抗してくるけど、残念ながら今は力も僕の方がある。離れている時間が果てしなく長く感じていたけど、あと2年…。2年我慢したらまた一緒に過ごせる。

僕はまた領地に帰ってしまうマルを充分抱きしめて、しばらく会えない日々をしのごうと思う。



***


「リーン様、中等部の卒業生代表挨拶をされましたのよ?」

「ええ。執事からの手紙で知っています」

「マルちゃんも卒業式も、入学式も出てあげればよかったのに!」


久しぶりにうちに集まったアルマ様とエリーザ様は、学院の話をたくさんしてくださった。リーンは中々優秀らしい。成績表は見たが、改めて他の人から聞かされると自分のことのように嬉しい。卒業式も入学式も見たかったけど、公の場に出るのは避けたい。後々のこともあるし。


「女の子は…同級生はもちろん、上級生や下級生まで、みんなリーン様を狙っているらしいですよ?」

…うん。近頃のリーンはなんだか輝いて見えるもの。わかります!エリーザ様!私が下級生だったら惚れちゃうかもね!


「まあ、うちのアロイスだって、次ぐらいにモテてるらしいわよ?」

アルマ様が面白そうにそう言って笑う。


「お二人のご令息は?婚約者はお決まりですの?」

「いや、うちはね…自分たちがそうだったからだけど、好きになった子と結婚すればいいかな、って感じ。政略結婚させるほど難しい家じゃないし。」

エリーザ様がそう言うと、アルマ様がいいわねえ、とつぶやいた。


「うちはほら、侯爵家だから、伯爵位以上は欲しいらしいのよ。まあ…実際に子爵位あたりから嫁ぐと、お嫁さんが苦労するのは目に見えてるからね。自由、って感じでもないかな。うちの旦那がなんか企んでそうだし」

「まあ。そうね、アライダ侯爵家なら王家からでも貰えそうね?」


…なるほど…。好きになったら誰でもいい、というわけにはいかないのか?学院にいるのは貴族位のお嬢さんだろうし問題ないのかと思ってしまっていた。


…でも、まあ、あのおじい様が黙ってはいないだろうし…張り切って見つけそうだわ。それにしても、王家とか?すごいわね?アライダ侯爵家!


みんなでさんざんおしゃべりして、笑って…お茶を飲んでお菓子を食べて…楽しい時間はあと何回あるかな?と、マルガレーテは思う。いいお友達ができて良かった。


穏やかな春の日差しの中、モーリッツ侯爵家の王都の屋敷の中庭を笑い声がにぎやかに彩っていた。



***


「リーンハルト様?」


先生が呼んでいると言付かって、社会科資料室に出向いたリーン様に付いて行ったアルノルトは、チッ、と舌打ちをした。またか。


そこで待っていたのは社会科の先生ではなく、特徴ある赤いウェーブのかかった長い髪をした女子学生。面倒なことに、公爵家の令嬢ローゼマリー嬢。


「こんにちは、ローゼマリー嬢。僕は先生に呼ばれたんだが」

顔色一つ変えずに、リーン様が軽く挨拶すると、令嬢が偶然を装い近づいてくる。

「まあ、私もですわ。座って先生を一緒に待ちましょう?ね?リーン様。」

背の伸びたリーン様を赤毛を揺らして首を傾げた令嬢が見上げてくる。まあ、俺の存在など無視だな。こういう高位の人には使用人は見えないらしい。


ローゼマリー嬢が、ぽすっ、と資料室に置かれた木の椅子に座る。隣にくっつけたように置かれた椅子をリーン様に勧める。

お人形さんみたいな女の子だ。色白で唇も赤い。腹の中は…黒そうだけど。



中等部の頃は、リーン様が歩いていると、女子生徒がまさに群がって来て歩きにくいぐらいだった。登校時の出待ちはもちろん、机にはぎゅうぎゅうに手紙やプレゼントが突っ込まれていたり…リーン様宛のそれを一人一人特定して丁寧に返すのも俺の仕事だった。この令嬢もその中の一人だったな。返しに行った俺を、虫みたいに見てた。


高等部に上がって急にそれが無くなった。女の子たちは遠巻きにリーン様を眺めるようになった。


まあ…嵐の前の静けさ?


リーン様は…もとより気にもしていないが。ご友人のアロイス様が

「おい、リーン。あのローゼマリー嬢がお前を狙って他のご令嬢に圧力をかけたらしいぞ?気をつけろよ?」

と、言ってきた。女友達に聞いたらしい。公爵家の令嬢に意見を言えるのは、この国では王家ぐらいだ。

「ん?だってアロー、僕は結婚しているからね?」

不思議なことを言うもんだという顔で、リーン様がアロイス様に答える。

「んんん、そうなんだがな。あの女の考えることはえげつなさそうだぞ?」


「?」


リーン様は…俺から言うのもなんだが、奥様以外は見えないらしい。

言い寄ってきた女の子たちはみんな可愛らしいし、より取り見取りなのに。実に羨ましい。

ダンスの練習さえ教官としかしない。完璧だけど。


奥様が領地から王都にいらしている時と、帰られた時の感情の起伏もすごい。

いらしている時は…授業が終わると同時に屋敷に帰る。俺やエルマーが先生に質問などしていると、間違いなく置いて行かれる。

もちろん長い付き合いのアロイス様やフリッツ様は暗黙の了解、という感じで引き留めたりしない。

学院にいる間も柔らかな空気をまとう。口元に笑みが浮かんでいるので、たいがいの女子生徒はイチコロである。


奥様が領地に帰られた後は、1週間ほど、リーン様の周りの温度が静かに3度ほど下がる。お願いです、俺に気が済むまで八つ当たりしてください!と思うぐらいだ。必要最低限しか話さないし、表情筋もお休みするようだ。やたら勉強したり、やたら剣術の練習したり…若者、って感じだな。うん。


リーン様を見ていると思う。

こんなに一途に長いこと一人の人を想っていられるもんなんだなあ…。と。まあ確かに奥様は素敵だ。仕事もできる。お年は離れていらっしゃるが、俺がそんなことを言うとにらまれそうだが、可愛らしい。リーン様は奥様に並び立てるように小さいころから努力されてきた。


…って、いきさつをまったく知らないローゼマリー嬢が、勧めた椅子に座らないリーン様にしびれを切らした。


「リーンハルト様ぁ~今度の新入生歓迎会のダンスパーティーなんですけど。」

「……」

来たな。可愛らしく見える角度を計算しているんだろう。ローゼマリー嬢が首を45度ほど傾げて、リーン様にお願いを始めたようだ。


「私をエスコートしていただけません?」

意外なほどストレート。直球勝負だな。


「いや。無理だな。僕は妻がいる。妻しかエスコートする気はない。妻としか踊らないし。」

いや…こちらも意外、でもないがストレート。表情はピクリとも動かない。しかも…昨日奥様が領地に戻られたばかりで、リーン様の周りには今、低温注意報が出ている。


「アルノルト、時間の無駄だから僕は帰る。先生の用事はすまないが君が頼まれてくれるか?」

そう言って、さっさと社会科資料室を出ていかれてしまった。


残されたのは…椅子に座って悔し気に爪を噛む、先ほどのとろけそうな表情の令嬢じゃない眉間にしわを寄せた令嬢…と、多分透明人間の俺。


「チッ。どうせ形式だけの嫁でしょ?お飾りの。そんな女に義理立てする必要があるのかしら?」


椅子の背に腕をかけて、足を組んでいるこの人は…さっきと別人だね。

俺は明後日の方を見ながら、それでもドアの前に立つ。社会科の先生はきっと来ないと思う。


「年増の地味な女らしいじゃない?あんた、知ってるんでしょ?」

「……」

「そんな結婚、無効にできるって、お父様がおっしゃってたわ。」

「……」


アルノルトは窓の外の暮れていく夕日を眺めながら…早く帰りたいと切に願った。































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