第10話 マルガレーテ 22歳。
「ねえ、マルちゃん。リーン様が学院に通うようになったら、寂しいんじゃない?」
いつものお茶会は、今日はアルマ様のお宅のティールームだ。エリーザ様はまだ小さいお子様がいらっしゃるので、お茶会には毎回出ては来られないようだ。
先ほどアルマ様のお嬢さまのビアンカ様がご挨拶に来てくれた。
思っていた通り…金髪がゆるくウェーブを作って、お母様によく似たクリっとした緑色の瞳。にっこり笑ってスカートを引いてご挨拶する姿もいっぱしの淑女のようだった。一言で言うと、可愛らしい!
リーンの隣に並ばせたら…背格好も年齢も丁度いい。
…そう思って微笑んだ。ほんの少し…泣きそうになってしまったのは、想像した二人の姿が余りにお似合いで、感動したからだろうと思う。
「そうですね。でも私は領地のこともあるので、王都にずっといるわけにもいかないので、明日帰りますよ」
「あらまあ、思ったより素直ね?」
アルマ様が私をからかってくる。
学院の中等部に入るリーンを王都の屋敷に送り届けて、持ってきた制服も確認した。靴もはかせてみた。我ながら心配性だとは思うが…ずっとついているわけにはいかない。そのために侍従のアルノルトも、エルマーもいるのだ。王都の使用人も整えたし…。
「いいですか?旦那様?王都の事務長も優秀です。社交界も明るいですし。頼って下さいね。エルマーも事務長によく教えていただきなさい。学院の勉強と家の仕事との両立は大変かもしれませんが…」
「ああ。大丈夫だよ。うまくやるよ。おじい様もいるしね」
なんだか…思ったよりリーンがあっさりしている。
マルがいないと嫌だ!とか言われても仕方ないんですけどね…。もうちょっと、なんか。
その後、おじい様のところに行って、リーンにあんまり厳しくしないことと、あんまり甘やかさないことを念押ししてお願いした。
「わかった、わかった…マルは過保護すぎなんじゃないのか?」
いつもリーンに甘いおじい様に…過保護呼ばわりされる日が来るとは…。なんだか、二重にショック。
そんな朝のやり取りを思い出して…ほんのちょっと寂しくなる。
王都の屋敷から通えるから、もちろん何の心配もないんですけどね…。
そんな話をしたら、アルマ様が大笑いした。
「リーン様も大人になったのよね。仕方ないことだわ。うちなんか、お母様うるさい、とか言ってくるわよ?」
「……」
…そんなもんなんだ。
「ねえねえ、前から聞こうと思っていたんだけど…あなたにとってリーン様は?どう思っているの?」
首をかしげて頬杖をついて、アルマ様が探るようないたずらっ子のようなまなざしを私に向ける。
「どう、って…年の離れた弟みたいな感じですかね?」
出された焼き菓子をつまみながら、なんてことはなく私は答える。
「…弟ねぇ…それってまさか、リーン様に言って無いわよね?」
「え?ええ。まあ」
ひとつ大きなため息をついて、アルマ様が呆れたように言う。
「あなたも離れてみて、リーン様のことよく考えなさいな。」
なぞなぞのようなことを言ったまま…アルマ様がお茶を飲む。
「……」
***
奥様がこちらに戻られてから、時々、ぼーっとなさっている。珍しい光景だな、と思いながら侍女のハンナが声をかけた。
「お茶でもいれましょうか?奥様」
「え?ああ、いいわ。今日はこれから西部地区の打ち合わせがあるの。新しい作物を作るらしいわ」
奥様がささっといつもの視察用の地味なワンピースに着替える。まあ、この方は普段着も地味だ。侯爵夫人なんだからぱっとドレスでも作りましょう、と侍女頭とも説得したことがあったけど…嫁いでいらしてから贅沢しているのを見たことがない。
宝石も結婚指輪と奥様の20歳のお誕生日に旦那様から贈られたサファイアのネックレスぐらい。それをいつも大事そうにつけていらっしゃる。
執務室の机に広げた書類を、トントンッ、とまとめて、カバンに詰め込んだ奥様は机の下から編み上げ靴を取り出して履き替えた。この靴だって、随分と長く愛用していらっしゃる。
「ねえ、ハンナ?デニスも無事に騎士学校に入学したわ。あそこは全寮制だからなかなか帰ってこれないから寂しいけど、楽しみに待ちましょうね?」
「はい。ありがとうございます。」
うちの執事長が旦那様の側近を募っているという話をしたら、私の三男坊のデニスが手をあげた。騎士養成学校に出していただけるなんて、夢にも思っていなかった。
小さいころから家庭教師をつけていただいて勉強も教わった。
元は子爵家の嫁だったが夫を亡くしてから夫の弟に家を出されて…まだ小さな子供たちを連れてこの屋敷に住み込みで働き出したが…
「デニスの制服姿もカッコよかったわね?」
奥様の髪を、いつものように梳かしてから後ろで一本に縛る。鏡越しに、奥様がにっこり笑いながら私に話しかける。
「ありがとうございます。旦那様の制服姿もほれぼれするほどカッコよかったですよ?」
そう言うと、奥様はご自分が褒められたかのように満面の笑みになられた。
「ありがとう」
あらあら…私に言ってくれたセリフは、半分は奥様がご自分に言ったものですね?
【寂しいけど、楽しみに待ちましょう。】
今日も奥様の地味なワンピースの襟元には、旦那様の瞳の色のサファイアのネックレスが光っている。




