第5話:繋がる糸
村からの依頼は簡単だった。
「丘陵地帯に魔物の群れが出たから、数を減らしてほしいのです」
「分かりました!」
魔物との戦闘で、セドリックはいつも通り先頭に立つ。
剣を抜く手つきに迷いはなく、動きは洗練され、判断も早い。
勇者として、完璧だった。
「――はあっ!」
魔物が倒れ、血が地面に染み込む。
その瞬間、胸にずしりと何かが乗った。
倒すたび、その感覚が積もっていく。
理由は分からないが、セドリックは嫌だと感じなかった。
戦闘後。
ガウェインが剣を収めながら口を開いた。
「流石だな、セドリック。だが、少し踏み込みすぎだ」
「え?」
「危険な場面があった。勇者だからといって、無理をする必要はない」
セドリックはきょとんとする。
「でも、僕が戦うのは、勇者の“役目”でしょ?」
ガウェインは口を開きかけ、閉じた。
ルチアが、そっと口を開く。
「……役目という意味では、そうなのだけど……あなたが心配なのよ」
「役目だから、やるよ。そうでなければ、僕はいる意味がない」
セドリックの笑顔とは対照的に、二人の表情が微かに強張る。
イグニスは、少し離れた場所からその様子を見ていた。
夜。
セドリックは、また気配を感じて目を覚ました。
闇の中に、さらに黒い魔王がいた。
『今日も、よく引き受けたな』
「……魔王」
セドリックは体を起こした。
『怖くないのか。辛くないのか』
「少し重い、かな。でも……」
少し考えてから、言う。
「放っておくより、楽なんだ」
『……そうか』
声が、わずかに揺れた。
『お前は、優しいのだな』
その言葉に、セドリックは首を振る。
「違うよ。ただ……慣れてるだけ」
闇は何も言葉を返さず、霧散した。
少し離れた場所で、イグニスはセドリックのテントを見ていた。
目に魔力を集め、魔力の流れを読みながら。
「……今日も、繋がってる、か…」
イグニスは目を閉じ、息をついた。
「あれは共鳴だ――しかもお互いに引き合っている。…クソ」
イグニスは自身の髪を握りしめた。
「……いや。逆に、最善か…?」
イグニスは杖を掲げ、結界を張った。
この異常な会話が、誰にも届かないように。
翌朝。
ルチアが、セドリックの首元を見て、息を呑んだ。
「……広がってる」
聖痕の黒が、広がっている。
「セドリック、昨日、何か……」
「おはよう、ルチア。昨日はよく眠れたよ」
「…そう、それは良かったわ」
セドリックの笑顔は、自然だった。
ルチアは歪みそうな表情を、笑顔で覆い隠した。
その様子を見ていたガウェインが、口を開く。
「セドリック。あなたは、……」
「僕は大丈夫だよ」
被せるように言われ、言葉が続かない。
セドリック笑顔はいつも通り完璧だった。
だが、その笑顔は鏡のように周囲の期待を映し出すだけで、彼自身の心は見えない。
ルチアたちには、まるで精巧に作られた『平和を愛する勇者』という名の人形を見せられているようだった。
・・・
出発前。
イグニスが、セドリックの隣に立った。
「なあ」
「なに?」
「もしな」
ほんの一瞬、イグニスは目を伏せた。
「誰もが、お前を必要としなくなったら、どうする」
セドリックは、少し考えて――笑った。
「その時は、必要とされる場所を探しに行こうかな」
「……そうか」
イグニスは、手を握りしめた。
歩き出した背中を見送りながら、拳を握りしめる。
「勇者は――魔王を倒す器じゃない。魔王を、引き継ぐ器だ」
登り始めた太陽が、世界を明るく照らしていた。




