第4話:境界線上の対話
夜明け前。
野営地は静まり返っていた。
イグニスが番をする焚火の音だけが響いている。
テントの中で、セドリックは人の気配を感じて、ふと目を覚ました。
身を起こしあたりを見回すが、誰もいない。
なのに、確かに気配を感じる。
首の聖痕が、じん、と痛み、首を押さえる。
「……っ」
意識が遠のき、セドリックの周囲の景色が変わった。
石造りの広間。
壁には黒い蔦が這い、窓から見える空は赤く、遠くで何かが燃えている。
「……誰だ」
知らない声がした。
そこには黒い影がいた。
顔も見えないけれど、セドリックはそれが誰なのか、分かった。
「…あなたが、魔王」
「そう、呼ばれている」
声は、ひどく疲れていた。
「その聖痕……。お前は、勇者か」
「うん」
一瞬の静寂。
そして魔王は笑い始めた。
「クク……勇者か…! 確かに、お前はよく似ている…!」
何に、とは言われなかったが、セドリックには分かる気がした。
セドリックは少し眉を下げた。
「どうして、人を呪うんですか」
セドリックは聞いた。
問いは正義からではなかった。
ただ、確認したかった。
「俺は呪っていない。俺は、ただ引き受ける存在だ」
笑いをおさめた魔王は、淡々と答える。
「人間の悪意、嫉妬、怒り、祈り……行き場のないものは、全部、ここに来る」
「……どうして」
「そういうものだからだ。人間は悪意のはけ口が必要だろう?」
少し、笑った気配。
「俺が引き受けるから、人間たちは仲良く過ごしている。俺が引き受けなければ、身近で悪意のはけ口を探してしまう。…お前は知っているはずだ」
セドリックは目を閉じた。
たしかに、彼はそれを「知っていた」。
・・・
セドリックははっと目を覚ました。
朝日が昇り、仲間たちがのぞき込んでいた。
「……セドリック? 大丈夫? 少しうなされていたわ」
「うん。なんだか、夢を見た気がする」
言いながら、セドリックは首元を押さえた。
聖痕の端が、黒く染まっている。
ガウェインは気づかなかったが、ルチアは気づいて息を呑んだ。
イグニスが、小さく呟いた。
「……呼ばれたか」
その声は誰にも届かなかった。
・・・
出発の準備をするセドリックの横に、イグニスが並んだ。
「なあ」
「なに?」
「お前、最近――楽しいか?」
セドリックは少し考える。
「……うん。いつも、楽しいよ。みんなが必要としてくれるから」
「そうか」
それ以上、イグニスは何も言わない。
ただ、セドリックの手元を見ている。
「イグニスは、僕に何も言わないんだね」
「言う必要がないからな」
不愛想な友人を、セドリックはきょとんと見つめる。
イグニスはセドリックの目を見て、口を開く。
「お前が勇者でもガラクタでも、俺には関係ないことだ」
「…いつも、君の言うことは難しいね」
セドリックは苦笑し、まとめ終わった荷物を持って立ち上がった。
その頃、魔王の玉座では。
黒い影が、わずかに身じろぎした。
「……この世界に神がいるなら、酷なことをするものだ」
前世ですり減った魂は、適合する器として最適だったのだろう。
魔王を討つために、勇者が現れる。
だが、勇者が「それ」になったとき、因果の円環が閉じ、物語は永劫へと堕ちる。
魔王はわずかな憐みと、暗い歓喜に肩を揺らした。
「早く来い、勇者。――次の私になるために」
それは、絶望的なまでの招待状だった。




