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第2話:聖痕の芽吹き

教室は静かで、チョークが黒板に擦れる音が響いている。


「魔王とは、人々の悪意や嫉妬、怒りが形を成した存在です。神に選ばれた勇者は、そのすべてを討ち払い、平和を取り戻すのです」


教師の言葉を、セドリックは熱に浮かされたような表情で聞いていた。


「世界中の人に望まれるって、どんな気持ちだろう…」

「お前、またろくでもないこと考えてんだろ」


隣の席のイグニスが、低く呆れた声を出す。


「……危なっかしくて見てられん。お前だけは、勇者になってほしくない」

「ひどいなぁ、イグニスは」


セドリックは苦笑する。

その笑顔は穏やかで、イグニスはため息をついた。


‡ ‡ ‡


15歳の朝。

セドリックは夢を見ていた。

誰かの声がする。


――期待してるよ

――はい!


セドリックが目を開けると、見慣れた天井が見えた。


「変な夢をみたなぁ…。…痛っ?!」


体を起こしたセドリックは首筋を押さえ、蹲った。

首筋に、焼けた鉄を押し当てられたようなチリチリとした激痛が走っている。

鏡を見ると、そこには皮膚を割って芽吹いたような、美しい銀の「聖痕」が浮かんでいた。


両親はそれを見て泣き崩れ、村中が祭りのような喧騒に包まれた。


「さすがセドリックだ」

「我らの誇りだ」

「これで魔王の呪いから救われる」


村人の称賛する声は、聖痕の痛みを最高の悦びに変えていく。

セドリックは笑顔で返した。


「みんなの役に立てるなら、僕、なんだってするよ!」


翌朝、村長の家を訪れたのは、新芽のような瞳を持つ聖女ルチアと、格式高い銀の鎧を纏った騎士ガウェインだった。


「勇者様。私たちが、あなたをサポートいたします」


‡ ‡ ‡


それから卒業までの数年間、セドリックの日常は「勇者」という役割に塗り潰された。

剣を握れば、聖痕を通じて何かが流れ込み、腕の筋肉が断裂するほどの威力で剣を振るわせる。


「……っ、うっ!」


ガウェインとの手合わせで、セドリックの腕が不自然な角度に曲がった。

肩が外れたのだ。

だが、周囲の村人の「負けるな!」「頑張れ!」という声が耳に届いた瞬間、セドリックの痛みは消失した。


「…ははっ、…はぁっ!」


彼は笑いながら、反対の腕でさらに鋭い一撃を繰り出した。

慌ててセドリックが制止し、聖女が二人へと駆け寄る。


「……セドリック、それはダメだ」

「どうして?まだ、僕"使える"よ?」


ガウェインの目が、一瞬、底知れぬ恐怖に揺れた。


‡ ‡ ‡


卒業を終え、旅立ちの前夜。

村中が歓声に沸く中、影の中からイグニスが現れた。

彼はセドリックの首筋の、銀色に煌めく聖痕を睨みつける。


「お前、全部、背負うつもりだろう」


苦いものでも食べているような表情で、イグニスは吐き捨てるように言う。


「……いいか、それはひとりに抱えられる量じゃない」


セドリックは目を瞬いた。

脳裏に、いつか夢で聞いた「期待してるよ」という正体不明の声が蘇る。

セドリックは胸に手を当て、口角を上げた。


「…大丈夫。だって、みんなの役に立てるんだ」


イグニスは、ほんの一瞬だけ目を閉じた。


「……分かった」


イグニスはそれ以上は何も言わなかった。

くるりとセドリックに背を向け、去っていった。


一人残されたセドリックが首筋に手を当てると、聖痕がドクンと脈打つ。


遠い北の地。

孤独に震える「魔王」の怒りが、セドリックの神経を逆流して流れ込んでくる。


「あぁ、魔王。君のおかげで、今日も僕は必要とされているよ…」


セドリックは、楽園を夢見る子供のように目を細め、翌朝の旅立ちを待った。

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