第七幕:公共の恥さらし
やあ、君。
『どんな目に遭うとしても生きたい。』
そんな風に覚悟を込めたことはあるかい?
生きるためには、
なりふり構わないで進まなきゃならないんだ。
どんな時代に生まれても、
世界は残酷の上にある。
綺麗ごとで、お花畑の中で、
生きようなんてしたら、
ボクらは心まで貧しさに負けちまうよ。
1591年の頃だった。ガリレオの父ヴィンチェンツォが老衰で死んだ。
イタチの最後っ屁のように、多額の持参金の約束を残して。
父の死の連絡をガリレオにしてきたのは、ガリレオの弟のミケランジェロからだった。
「兄さんのせいだ。」とガリレオの居候先の部屋でミケランジェロは彼に向かって言い切った。これに彼は閉口した。
弟は、しばらく部屋を眺めていた。
「兄さんが身勝手な理由で、家を出たから、母さんが父さんを責めたんだ。」
ミケランジェロは、ため息をついた。
「もっとちゃんとしてくれなきゃ困りますってね。ふん。父さんには期待してないくせにさ。」と言うとミケランジェロは肩をすくめた。
「兄さんが母さんの手紙を読まないかもしれないから、こうやって実際にオレが伝えなきゃならなくなる。いい加減にしてほしいもんさ。」
やっと自分の言いたいことを言い終えたのか、ミケランジェロはガリレオを見た。
「父さんはいなくなった。ガリレイ家の名を継ぐのは兄さんの役目だ。長男だし、ヴィルジニアの持参金の約束もある。破談にはできないし、逃げられないよ。どうするつもりだい?」
持参金の話が出てきて、ガリレオの額に脂汗が流れた。
「持参金はいくらなんだ?」とガリレオは弟に聞いた。
「医者の給料の年収分だよ。」とミケランジェロは、兄の顔にへばりついた絶望を楽しむように、さらりと言った。
「ふざけたこと、ぬかすな!
ボクの給金は、その十分の一だ!」
「医学部に入り直せばいいだろ!
父さんだって、それをあてにしてた!
稼げない数学教師なんてやめろよ!
兄さんは、まだ若いんだ!
遊びのせいで、また家族に迷惑をかける気なのか!」
部屋中にミケランジェロの叫びにも似た非難の声があがった。
この持参金は医学部の教授の一年分で、分割ありというものだった。支払えなければ訴えられて、確実な禁固刑が待っていた。
論理的な思考からしたら、医学部に入り直せば良かった。ヴィンチェンツォの持参金も、その事を考えての額だったかもしれない。なにせ、莫大な持参金を分割払いにしていたからね。
追い込む事で、稼ぎの少ない数学の仕事から遠ざけられると思ったんだ。
でも、最悪な結果しか生み出さなかった。
もしもガリレオが医学部に入り直せば、彼のやってきた活動はーー彼の人生を崩壊させただろう。
ピサ大学の権威を揺るがし、講師を辱め、学生たちに真の学びを説いてきたガリレオ。
その彼が学生として、医学部に入り直している様子は恥知らずだ。講師らには憎まれ、学生らにはペテン師扱いだ。
何もしなきゃよかった。
ガリレオが大人しくしておけば、家族が思い描いた道へと行けたはずだった。
それでも、数学の美しい道を歩きたかったんだ。それで生きると決めていた。
そのためには、何をやらなきゃいけないかだ。受け入れるという選択肢はない。
彼らの話し合いは終わった。
弟のミケランジェロは、手間賃をガリレオに要求した。
弟は支払いを受け取り、部屋を出ようととすると、外の扉には学生のジョヴァンニがいた。ガリレオから学びを受けにきたんだ。弟はジョヴァンニを、ただの学生と思って挨拶もせずにサッサと通り過ぎていった。
「ガリレオ先生ーー」とジョヴァンニは、静かにガリレオを見つめた。
「覚悟さえ、覚悟さえあればいいんです。オレの話を聞いてくれませんか?」
ジョヴァンニは、ガリレオの状況をわかりやすくまとめた。
1.ピサ大学からのガリレオの評価は最悪で給料は上がる見込みがないこと。
2.医学部に入り直せば、ガリレオの教えはペテン師と同じ戯言になる。
3.収入が低いままでは、借金して持参金を支払わなければならない。支払わなければ、禁固刑。
4.学生への授業料を増やしたら、学生の離脱が発生する。なぜなら、彼らも将来的に稼ぎたいから学んでいる。支払いの負荷が多くなれば意味がない。
5.指導する学生を増やすと、ガリレオの自由時間がなくなる。研究もできない。
6.研究できない場合、ガリレオへのパトロンの評価が下がる。価値なしと見られる。
7.禁固刑を受けたら、おしまい。持参金の借金の利子が増える。仕事を増やさなきゃならない。
8.パトロンに金を借りると、パトロンからの評価と世間の評判が下がる。
複数に借りる事で、支払いに時間を割かなきゃいけない。研究に支障が出る。
「収入をあげなきゃいけない。でも、あげ方を間違えたら、ガリレオ先生は破滅します。」とジョヴァンニは苦笑した。
彼自身、こんな苦難を想像してなかったから。
「ボクは、どうすればいいんだ。
ジョヴァンニ。君には考えがあるようだけど、何をするつもりなんだい。」と耐えられなくなったガリレオは彼に聞いた。
「ガリレオ先生。この泥沼のピサを捨て、オレと駆け落ちしてくれますか?」
ジョヴァンニのような貴公子から、信じられない言葉がでた。
「駆け落ちだって? 君と共に駆け落ち? こんなボクとかね?」と言って、思わずガリレオは自身の太い指を眺めた。
それから貴公子の白い指を見比べた。
こうして第七幕は、
駆け落ちの提案によって幕を閉じる。




