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ファウスト(ガリレオ)〜自然主義軍師の幻視〜  作者: 語り部ファウスト


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第二幕:金の為の学び

 やあ、君。世の中、どうにもならない時が繰り返しやってくる。

たとえば年をとりすぎて、もはや誰からも期待されなくなった父ヴィンチェンツォ。

そんな彼から「医者になって自分よりも金を稼げ」と命令された息子の気持ちを、考えた事はあるかい?

・・・・・・やるせない思いだったろうさ。

もっと早く父ヴィンチェンツォが行動してれば、ここまで追い込まれることはなかったのにさ。

 1581年の頃だ。ガリレオが17歳。

父の人生逆転劇のために、彼はピサ大学の医学部に入学する事になった。

 前のバロンブローザ修道院とは違うのは、厄介払いなんかではなく金の投資のためだった。死にかけの父は弱りきって、リュートすらマトモに弾けなくなっていた。研究に没頭したあまり、人は老いるという事実を忘れた結果だ。

だけどガリレオには母と弟と妹たちが残されていた。

 

家を出る時に母が言った言葉。

 

「あんたの肩には、この子たちの将来も乗ってるんだよ。」

 

まるで彼が死ぬまで投資の利益をむしり取る借金とりのものだった。

「医者になって、この子たちに恥をかかせないような持参金を用意してやりな。それが長男の役目だ。」

あからさまに、父にも聞かせるように言った。父ヴィンチェンツォは、その言葉を聞き、うなだれていた。犬のように。


 ガリレオはピサ大学に通うために、母の親戚の家で居候をすることになった。

ムツィオ・テダルディと彼は言った。

たびたび両親から預けられてたから、ガリレオは特に気にしなかった。

ガリレオやヴィンチェンツォよりも逞しい男で、彼は母から信頼されていた。

この男についての説明はこれぐらいにするよ。

 さてーー人から命令して学ぶほど気に障るものはない。自分から学ぼうとした時は楽しいが、学ばされるとなると途端にやる気がうせるもんだ。

 彼は覚えることは嫌いじゃないが、医学部の学びは特に感動しなかった。

 幾世紀も変わらぬ石造りの校舎。

ガリレオにとっては、廊下を歩くだけでも、息がつまるようだった。

「人は大したモノじゃない。

ボクはもっと高尚な学びをしたい。

肉の塊を切り開くより、

もっとマシなモノを見たいんだーー」

彼の呟きは虚空へと届いた。

だけどね、応えるものはなかった。

シンデレラにはグレートマザーが現れたろうけどね。彼の近くに寄ろうとするマザーは代価を求めるんだ。金切り声を上げながらさ。

この学舎の古びた伝統と家族の期待が、麻縄のように首を締め付けてくるんだ。

 そんな彼の諦念が、学ぶ意欲にあふれた学徒に勝つことはない。

両親があてにした奨学金の枠からも外れて、彼は家庭教師などをして稼がなきゃならなくなった。

 

 自分よりも裕福な家庭の中に入り込み、頭を下げてこき使われた日々。

まるで父のように不器用な自分。

自己肯定感なんてものはどこにもない。

講義を受けるのも苦痛になった。

教授の言っていることは理解できないし、先のことなんて考えられなかった。


 こんな負の連鎖から抜け出せたのは、1583年の頃だ。かつてトスカーナ宮廷に仕えていた数学者オスティーリオ・リッチの講義を耳にしたからだ。

ガリレオは、幾何学の明快さに衝撃を受けた。

「数学だって? 人なんか解剖するよりも、もっとも高尚な学問だ。これをボクは学んでやるぞ。」

数学者としての父の影響もあり、彼はのめり込むようにして学んだ。

そして父の音楽よりも、美しさに浸ることができた。


居候先の窓から、傾いた斜塔が見えた。その時、彼は無意識にその「傾き」を、垂直線との角度として脳裏に描いた。

荘厳な大聖堂にいても、彼の耳に聖歌は届かない。ただ天井で揺れ動くランプを見つめ、自分の脈拍を刻みながら、振り子のリズムを計測した。

「世界のルールは、数字によって記述されている……」

それは確信だった。真理とは、教会の説教や母の小言、あるいは父が奏でるリュートの音色の中にあるのではない。モノの売り買いという卑近な損得を超えた、冷徹で、かつ絶対的に美しい「数式」の中にだけ存在するものだ。

彼は、その「解剖図」の中にだけ、誰にも邪魔されない自由を見出したのさ。

人を切り刻むのではなく・・・・・・ね。


 さて母の実家の商売を手伝っている父が、ガリレオの居候先に顔を出した時があった。

「父さんと数学について話したい。

できればボクも数学者になりたいーー」と彼は父の前で口にしていた。

父ヴィンチェンツォの目に、喜びと失望が繰り返しよぎった。

「なんて事をいうんだ。息子よ。

たしかに数学は美しい。

音楽のようにキレイに奏でられるのを待つ世界だ。

だが我々の生きる世界は残酷なんだ。

そのような世界にとどまるには、私らは貧しすぎるのだよーー」

父は首を振った。

「医学部に入れるために、どれだけ苦労したと思っているんだ・・・・・・」

親子はーーそれ以上は話をしなかった。父はヨタヨタとカエルが二足歩行するように、息子の前から去っていった。


結局、ガリレオは医学への情熱を取り戻すことができなかったよ。

1585年。医者の学位を取ることなくピサ大学を中退してフィレンツェに戻った。

負け犬のようにふらつきながら。


 そして家の中でのガリレオの立場も悪化した。経済状況の悪化だけではない。

母は彼を「役立たず」と断じた。

その金切り声をあげる母の姿勢は、まるで強い男のようだった。

すると物陰から弟と妹たちが兄のガリレオを観察してきた。

その無垢な目には、兄は怯えた女のように見えてたかもしれないね。

 

こうして第二幕は、

数学の美しさで幕を閉じる。


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