第十八幕:ガリレオの最期
【第十八幕】
やあ、君。物語には終わりがある。
永遠に繰り返される終わりだ。
同じような人が同じように終わりを迎える。それが旅の始まりだったり、人生の終わりかもしれない。
そしてボクは本を閉じるように、語り終わるのさ。後は野となれ山となれーー
さて物語はジョン・ミルトンがガリレオへの問いの続きから始まる。
「神はいる。少なくともボクは信じてる」とミルトンは語った。
「あなたは神の存在を感じた事はあるの?」と科学の父に聞いた。
絶望しきっていたガリレオはーー質問に対して、しばらく考えた。
「かつて私は望遠鏡で、夜空の闇の先をみた」
「星々は宙に浮き、そこに動かないように見えた。だが、光の満ち欠けが月と同じようにあった。あらゆるモノは止まる事なく続いている」
「だが、なぜ動くのだろう。
モノは止まる方が楽なのにーー。
なぜ同じ動きを繰り返すのか」
ガリレオの目は、どこか遠くの景色を見ていた。彼は自分の幻視をミルトンに伝えた。
「かつて、教会でみた振り子。
毎回止まらずに動いていたが、
それもやはり永遠ではない」
彼は独り言のように話した。
「何かによって動いている。
神を感じないわけがない。
だが、五感では捉えられない。
でもねーーこの五感とは別の知覚では、
何かの領域があるとわかる。
神の領域が、そこにあるんだ。
人の知覚が認識できない場所がーー
そこに神は存在する。
私は、数式という名の祈りを捧げる中で、その空白の向こう側に神の指先を見たのだ。
人の知覚が立ち入れぬ漆黒の闇にこそ、主は座しておられる……」
それからガリレオは、疲れたように息を吐いた。それを見届けて弟子はミルトンを追い出した。
詩人が去った後、しばらくしてガリレオは力を取り戻したかのようになった。
彼との出会いが何を作用したか分からない。
1639年の秋ごろのことだ。
ガリレオにとって唯一無二とも言える弟子が彼のところへ来た。ヴィンチェンツォ・ヴィヴィアーニだ。
彼はメディチ家のトスカーナ大公からの命令で、ガリレオの頭の中にある兵器を取り出しにきたスパイだった。
ガリレオは徹底的に打ちのめされていた。それでも喉元過ぎれば、熱さも忘れるものだ。
バベルの塔並みの自尊心の強さ。これが彼を突き動かした。
ある日、ガリレオは弟子たちにこう言った。
「ボクは裁判で負けたかもしれない。
ボクは罪人とされた。だが、世界中全てがボクを大罪人とは思っていない」
彼は深く呼吸をした。
「”それでも地球は動く。”
それが定めだから。
それならボクも動く――目が見えなくても。君たちがボクの目となってくれるーー」
弟子たちは、静かに頷いた。
ガリレオとしての肉体は死しても、
彼の魂は弟子たちの中にあった。
彼の愛は家族をどうしたのだろう。
彼の息子ヴィンチェンツォは時々はガリレオに会いにきた。
だけど、彼ら自身どう話せば分からなかった。息子にとっては父は偉大であり、弟子たちが息子のように振る舞っていたから。血の絆は彼らを無条件で結びつけてくれなかった。
それでもガリレオは息子への愛を放棄せずに向き合おうとした。
すぐに切り捨てずに、親子の関係を少しでも良くしたいと、ガリレオは歩み寄った。
1642年1月8日の事だ。フィレンツェ近郊のアルチェトリに幽閉されていたガリレオは風邪を引いた。
周りは少ししたら治ると思われた。歳の割には彼は力強かったから。
だけど、彼の肉体は彼と周囲を裏切った。熱は彼の中の大事な部分を溶かした。
身体から一気に力が抜け、激しい痙攣が彼を襲った。
そうして静かになった。
彼の長い旅は、ここで終わりを迎えた。
その壊れた魂は、別の誰かに引き継がれる。ボクは、ここで見送るしかない。
こうして幻視は、幕を閉じたんだ。




