第十七幕:日常の崩壊
【第十七幕】
やあ、君。誤解は常に人の社会の中で起こる。避けられないものだ。
誤解をなくそうと言葉を付け加えたら、長すぎるし、伝えたかった相手にすら読まれない。聞いてもらえない。
短すぎたら誤解され、長すぎたら理解されない。どうしたものかな?
理解させるには、身近なものに近づける。君にとって身近なものとは、なんだろうね?
さて、1631年1月3日にミュンヘンでミケランジェロ・ガリレイがペストで亡くなった。長くガリレオの足を引っ張ってきた男の最期は悲惨なものだった。
夫しか頼れる者のない彼の妻は、子どもたちと共にガリレオの所へ援助を求めた。
1632年の頃だ。ガリレオ・ガリレイの地動説についての本が出版された。
それが『天文対話』だ。
三人の男たちが対話しながら真理へと到達する面白い本だった。
その真理が『禁じられた地動説』でなければ、ガリレオの目的は達成されたかもしれない。歴史に名を残せる男として。アリストテレスのようにね。
だけど、今回は違ってた。かつてのマッフェオ枢機卿、今は教皇ウルバヌス8世の主張を使って、散々こけおろした。教会のトップを道化のように扱ったんだ。
本も売れに売れた。
禁書になるまでーー。
何冊も刷られて世間に出回った。知識人たちは本を読まない連中に教会のウソを伝えた。彼らも喋りたかったからね。
これにより教会への権威はひび割れていった。
教会が何もしなければ、今いる信者も離れていただろう。
強い教会のイメージを保つには、ジョルダーノ・ブルーノのような生贄が必要だった。教会の強さを『恐怖』でアピールするんだ。
しかしーーそんな事をすれば、ガリレオを火炙りにしなきゃいけない。
拷問という野蛮な手段により、彼の心身を徹底的にへし折った後でさ。
魔女狩りの始まりの鐘としては悪くない。無知で無恥なる人々は、こぞって『黒魔術』の一つとして『科学』をカテゴリーに入れ込む。知識人のマッフェオにとっては、そんなのは悪夢でしかない。
ローマの『科学』は再び暗黒時代へと遡ることになり、イタリアは時代から取り残されて崩壊しただろう。
それに教会のウルバヌス8世は、友としてもガリレオを守りたかった。
だが放置するには、ガリレオの声は大きすぎた。
ついに1633年の頃。ガリレオは宗教裁判にかけられることになった。
教会にはガリレオを手紙で呼び出すという甘い考えはなかった。
ピサにあったガリレオの屋敷は、十字軍の再来のような連中に容赦なく襲撃された。
重々しい扉は木槌で打ちくだかれ、ガリレオは屋敷の外に引きずり出された。襲撃者らは 70に近いガリレオをブタのように馬車に押し込んだ。
「なにをする!」というガリレオの悲鳴に、誰も見向きもしなかった。
衰えたと言っても、教会には力があったからね。
ガリレオが愛した望遠鏡は、襲撃者の軍靴に踏みにじられた。
かつてマッフェオ枢機卿が「嵐を気にするな」と言った。ーーその嵐は、他ならぬガリレオ自身がインクで描き出したものだった。
ガリレオは罪人のように縛り上げられて、彼は拷問部屋に案内された。
ズルズルと引きずられてね。
地下へ地下へと降りていった。
ボクらは、ここには入れない。
そこで彼がどんな目にあったかなんて言えない。ーーだって知らないのだから。
この物語で重要なのは、その残酷な行為ではないのだから。
暗闇の中で、彼は何を見たのか。
かつて宇宙の広大さを誇ったその瞳から、光が失われていく。
1633年6月22日。ローマの裁判所の中での事だ。
自尊心の塊だった男が、冷たい床に膝を突き、震える声で『地球は動かない』と嘘を吐いた。それだけなんだ。
ガリレオの宗教裁判の結果は有罪だった。しかし「地球は動かない」という言葉が彼の命を救った。
その後は彼の口は貝のように沈黙したまま、自宅軟禁へとなった。
同じ年の1633年。フィレンツェの郊外、アルチェトリの山荘『イル・ジョイエッロ』の閑居。外部からの接触は禁止されてた。これは形式的なものだった。
弟子たちがやってきては、ガリレオの世話をしたりした。
それでも、罰はあった。
ガリレオには、三年間「7つの悔罪詩篇を毎週朗読せよ」という命令が下された。自由な魂の持ち主である彼にとって、屈辱でしかなかった。
その彼を救ったのは修道院に送った娘ヴィルジニアだった。彼女が代わりに罰を受けた。毎週彼の代わりに詩を読んだ。
そして、彼女からの手紙が彼の心を優しく慰めた。
弟子は彼女の手紙の中にある声を形にしてくれた。
しかしトスカーナ大公国やローマでは、ガリレオの本というだけで火に投げ捨てられた。
メディチ家すら、彼への援助を打ち切った。彼には教会を敵にまわす価値はなかった。彼は年を取りすぎていたから。
軟禁中のガリレオは、時折ローマの方角を眺め、かつてマッフェオが詠んでくれた詩を反芻した。
それから彼はつぶやいた。
「マッフェオ。君はボクを憎んでいたのかい?」とね。
この呟きに応えられる者はいない。
それから1634年の冬。
彼の娘ヴィルジニアが天に召された。
貧しい修道院の中で、弱った鳥のように痩せ細っていた。急性胃腸炎だったと言われている。
そんな知らせを聞いたガリレオは取り乱して泣いた。
彼女の送ってきた手紙を大切に抱きしめた。
その手紙には、ガリレオへの恨みの言葉はなくて、彼への慈愛が書き綴られていた。
「許してくれ。ボクを許してくれーー」と彼女の幻へと謝罪をした。
その謝罪は、娘に対してだけでなく、彼が計算の道具として切り捨ててきた『心』へのものだったのかもしれない。
皮肉にも娘が亡くなった事で、まだ残っていた詩の朗読は免除された。
彼は読まなかった。
多分、悲しみのせいでね。
彼には、もう一人――娘がいた。
名をリヴィアと言った。
ガリレオは彼女がヴィルジニアの代わりに自分の面倒を見てもらえると、淡い期待を抱いた。
しかし、彼女はヴィルジニアではなかった。そもそも修道院に入りたくないし、ガリレオのことをクソジジイと思っていた。交際なんて不可能だった。
血縁の家族愛は、望めなかった。
1636年頃のことだ。
彼は友人たちへの手紙を書いた。
「もう自分は何もできない。目も見えなくなってきた。」という弱さを見せた。
だけどね。いつの間にか弟子の協力を得て物理学の集大成『新科学対話』を完成させていた。正式名称は 『二大世界体系をめぐる対話』。長いよね。
その年の夏頃になると、オランダから出版者がやってきて、なんと本の持ち出しに成功したんだ。
そして1637年にガリレオの左眼がほぼ見えなくなった。だけど彼の頭の中には、執筆した本が無事に届く事だけだったかもしれない。
1638年。彼が74歳の時だ。完全に失明し、彼は闇の中に堕ちた。
だが、オランダのライデンで『新科学対話』が出版された。視力を失った代わりに、後の人々の目を開かせることになるんだ。
同年の1638年の事だった。この年にジョン・ミルトンという若い男がやってきた。
ガリレオに会いにさ。
この男は後に黒い翼の天使ルシフェルの物語を書き上げることになる、まさに『悪魔に呪われる男』なんだよ。
彼は屋敷の前で、地獄の悪魔たちに宣言するように言った。
「偉大なるガリレオ卿に会いにきた。」
そう彼はガリレオの弟子に伝えた。
弟子は始めはミルトンを歓迎しなかった。
「我らの師匠を見せ物と思ってきたのか?」と言ってね。
「違う。彼から天使の話を聞きたいんだ。あの空を、あの闇の向こうを、ボクは知りたい。詩人としてーー」
ミルトンは詩人だった。
ガリレオと対面した時、彼は若い頃に神の声を聞いた事があると話した。
「神はいる。少なくともボクは信じてる。」とミルトンは語った。
「あなたは神の存在を感じた事はあるの?」と科学の父に聞いた。
ガリレオは見えないはずの目で、若き詩人を見つめた。白く濁った両目を開いてね。
こうして第十七幕は、日常の崩壊で幕を閉じる。




