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ファウスト(ガリレオ)〜自然主義軍師の幻視〜  作者: 語り部ファウスト


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第十五幕:教会の友

【第十五幕】

 やあ、君。知識は時として、君の立場を変えてしまうものだ。

どんな者でも真実と思い込んだら、意固地になる。

もしもーー君が、得られた知識を正しいと思い込んだら、君も変わるかもしれない。それが君を不幸のどん底に突き落とさなきゃ良いんだけどね。

 

 さて1611年初夏の頃。とある高位聖職者の屋敷の庭でのことだ。

ガリレオは聖職者たちに囲まれていた。

彼は望遠鏡で月を見せただけだった。

それなのに、聖職者たちは十字を切って憎々しげにガリレオを睨みつけていた。

「神への冒涜だ!」と老聖職者が叫んだ。

「その悪魔の道具を打ち壊し、焼き払うべきだ!」と女のように叫び続けていた。ガリレオの顔が歪んだ。

こんなはずじゃなかったからだ。

「おやめなさい。この方は魔術ではないと証明できるとおっしゃっています。

その言葉を無視し、未知に対して否定的であるのはーーどうかと思います。」

この声が闇夜をゆっくりと切り裂いた。

老聖職者は一瞬だけ沈黙した。それから、声を震わせながら黒いローブを着た男の正体を告げた。

「マッフェオ枢機卿ーーなぜ止めるのですか?

この男は神を冒涜したのですぞ!」とね。

「神への冒涜は、あなたの一存で決められるものではない。我々には裁く権利はない。」とマッフェオ枢機卿は言うとガリレオに近づいた。

「友よ。私にも、その星を見る道具を覗かせてくれないか?」と彼は囁いた。

「もちろんです。閣下。拒む理由はありませんーー」ガリレオは深々と頭を下げた。

ガリレオの望遠鏡を渡された枢機卿は興味深そうに月を見つめていた。

「これは……!」と枢機卿は声を上げた。

「友よ。彼を恨まないでやってくれ。

このような不思議を見せられたら、

信仰に熱心すぎる彼には眩し過ぎる。」

老聖職者を庇うように言った。

ガリレオは苦笑した。

「お気に召しましたか?」と言った。

「もちろんだ。毎夜、このように見たいものだ。この闇の中、輝く星々は我々に語りかけているようだ。」

「差し上げましょう。」

マッフェオ枢機卿は、驚きのあまり声をつまらせた。

「なぜ?」とガリレオに聞いた。

「あなたがボクの命を救ってくれたからです。ボクの命は安くない。だから、その望遠鏡を差し出すんです。」

その言葉を聞いて、マッフェオ枢機卿は大笑いした。

「友よ。名を改めて聞かせてくれ。

私の名はマッフェオ・バルベリーニ。

君の命を救ったとは思ってないよ。

いつか、その言葉に報いよう。」

「ボクはガリレオ・ガリレイです。

数学者であり、トスカーナ大公の宮廷哲学者なんです。」

「フィレンツェ公国のーー名は聞いているよ。こんな所で会えたのは、神の采配だ。よかったら、もっと話を聞きたい。」

このやりとりを老聖職者は憎々しげに見ていた。

「必ず後悔しますぞーー」と相手を呪うように彼の口の中で呟かれた。


 その夜、二人は話を重ねた。ガリレオは、月を初めて見た時の感動をマッフェオに伝えた。すると、彼は頷いて月を眺めて、詩を呟いた。

ーーーーーー

神の子、地上に降り立ち

信ずる者、信ぜぬ者、分かれゆく

神憑きの身さえ、疑いの渦に

飲み込まれし、哀れなる運命よ

人として生まれし君よ

愛され、憎まれ、信じられ、疑われ

そんな嵐、気にするなかれ

ただ真理を、声高らかに告げよ

君は告げし者、使命の灯火

天使の鐘、響き渡る空に

ーーーーーー

ガリレオはマッフェオを見た。

ガリレオの目には涙が出てきそうだった。静かに嗚咽がもれていた。

そのガリレオの様子を見て、マッフェオの心に同情の火が宿った。

「友よ。君は悪魔ではないよ。

もしも、そういう事で君が苦しむ事があれば私の名をだしてくれ。」とね。

ガリレオは深々と頭を下げた。


ローマでやるべき事は終わった。

 フィレンツェ公国のピサに戻った後、ガリレオはサロンに何度も通った。

パトロンを増やす目的でもあった。

彼の興味は数学から天体へと移っていた。かつて人をメチャクチャに潰した数学という道具より望遠鏡から見られる景色の方が、美しく思えたから。

 だけど、のめり込むことは彼の首を麻縄のように締め上げていた。

サロンに参加している貴族の一人が、恍惚と星の美しさを語るガリレオに、意地悪な質問をした。

「ジョルダーノの火刑の事を覚えているか。彼の唱えていたこと、星々を語る君なら真実がわかるのではないか?」とね。

これは、とても危険な質問だった。

場は一瞬で凍りついた。

イタリアの哲学者ジョルダーノ・ブルーノ。彼の言葉が知識人の脳裏によぎった。

『地球の周りを太陽がまわる?

バカげている。教会の無知か、はたまたウソか。

地球なんぞ、月と変わらぬ。

動かないのは太陽だーーその事を誰かが証明する。その誰かとはーー』

ガリレオは質問してきた男を見つめた。

「よろしい。証明しよう。」

ガリレオはサロンの中央に机を持ってこさせた。彼は震える手でコンパスを握った。羊皮紙に二つの円を描いた。

 一つは地球。もう一つは太陽だった。

その間に、金星の軌道を走らせた。

「……見てごらん。もし地球が動かず、金星がその外側にあるならーー」

ガリレオは参加者一人一人の顔を見ていった。

「ボクらに満ちた金星が、見えるはずがない。人の目ではね。」

彼は深く深呼吸をした。豪華なサロンの空気に、数年前のカンポ・デ・フィオーリ広場から流れてきたような、不吉な焦げた肉の匂いが混じった気がした。

「しかし、ボクの望遠鏡はそれを捉えた。太陽の向こう側で、満ちていく金星を!」

 彼は数学者の冷徹な目で、意地悪な質問をした貴族を射抜いた。

「これは意見ではありません。測定された『事実』なのさ。」

ガリレオは笑っていた。言ってしまった。口に出したんだ。

「宇宙は、巨大な歯車のようだ。

教会なんかの都合ではなく、

数学の法則に従って回っているーー」

 その言葉が放たれた瞬間、サロンの蝋燭が一つ、風もないのに消えた。

 証明は完成した。しかし、それは同時に『地球が動いている』ことを認めることだ。

聖書が記す奇跡の完全否定だった。


こうして第十五幕は、教会の友で幕を閉じる。

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