第十三幕:神の誤算
【第十三幕】
やあ、君。人の手柄とは何か?
考えたことがあるかい。
君は神さまのために働くように、色んなことをやっていく。
だけど、そこに君の名を刻まれるだろうか。地獄の名簿に名を連ねるように、君のやった事は君がした成果になるのだろうか。
さてーー1608年10月2日にオランダの眼鏡職人ハンス・リッペルスハイが遠くの物を近くに見えるようにした望遠鏡を特許申請した。レンズを重ねるという単純な代物だった。
しかしレンズを重ねるだけで、特許は認められない。誰だって作れるからだ。
しかもハンスが作った望遠鏡は、粗悪で役に立たなかった。倍率が三倍しかなかったからね。
この望遠鏡を改良したのが、ガリレオだった。1609年の事だった。
彼は倍率を十倍、それ以上の高性能の望遠鏡を開発した。
この開発を可能にしたのは、自宅にガラス工房を建てたからだ。
ガラスも何枚も作らせた。
でもパドヴァの教授として忙しいガリレオには検品に時間をさけなかった。
こういう作業をどう割くか?
ガリレオの屋敷に下宿させた学生を使う事で解決した。
パドヴァ大学には寮は少ない。住む部屋のない学生を囲い込むことで、弟子と助手と金を一気に手に入れられた。
歴史に名を残さない彼らは、一時的な作業に時間を割いたんだ。
屋敷を何度か変えて、住まわせる学生も増やした。マリーナは彼らを母のように養った。ガリレオとの子どももできた。
長男と娘が二人だ。ガリレオは長男の名をヴィンチェンツォと名付けた。自分の父親であり、負け犬の名になるかもしれない。そんな不安にかられたが、気にしなかった。パドヴァ時代のガリレオには金が医学部の教授のように流れてきた。
少なくとも周囲は、そう見ていた。
彼の母のジュリアと弟のミケランジェロは、特にだ。
弟のフットワークの軽さは、ガリレイ家の血特有なのかもしれない。
兄から直接金を得られるように、わざわざヴェネツィア共和国に来て居候したりした。彼はガリレオの成功を自分たち家族の犠牲だと周囲に言いふらしてた。
ミケランジェロは、こんな風に歌った。
ーーーーーー
金に汚いウチの兄
事あるごとに数字を掲げ
ペテンのごとく煙にまく
正しいことから目を背け
神の定めた法則の中に
人の意思をいれようと
必死になってほじくる
完璧な神の定めた法則を
数字なんかで表すよ
神しか間違いを
指摘できないことを
良いことに
ーーーーーー
この偉大なる兄をバカにする歌は、意外と受けて彼は小遣いを得た。
母の商売はガリレオのいないフィレンツェでは盛大に失敗した。
パトロンを得て、パドヴァ大学で幸せな生活をしていたが、フィレンツェではガリレオの評価が変わらなかったからだ。
メディチ家に泥を塗って夜逃げした男。
恥知らずで無責任。これが故郷での評価だった。ガリレオからの仕送りだけでは足りないし、修道院に送った末娘すら結婚をした。生活は圧迫してるのに、ガリレオの仕送りは殆ど変わらない。
彼女の正気は削られて、見苦しいものへと変わっていった。息子を悪魔だと思い始めた。長男というよりも、厄介者だった。
時代は1609年の秋。パドヴァの夜は冷え込んでいた。
ガリレオは、学生たちの眠る低い屋根の下を離れ、最上階の窓辺にいた。
そこに、選りすぐりのレンズを嵌めた長筒を据えた。望遠鏡だ。
ヴェネツィアのパトロンの連中にも望遠鏡は配った。だが粗悪なレンズでつくったものだ。
「遠くの船が少し大きく見える」と無邪気に喜べる程度は。
ガリレオは最高級の望遠鏡をもっていた。これは最も遠くを見られる。
これで何を見るか?
太陽を見た者もいた。目をつぶしたらしい。危険だ。
地平線の向こうを見るか?
地面が見えるだけだと思った。
だが、彼が実際に見たかったものは、
海の向こうに消えた。この地は平面ではない。
今から人類が数千年の間、一度も足を踏み入れたことのない領域へ視線を飛ばした。
「……見ろ。これが『完璧なはずの天体』の正体だ。」
最高級のレンズ越しに見た月は、教会が説くような滑らかな真珠ではなかった。それは無数の傷跡と、深い谷と、荒々しい山々に覆われていた。
あまりに『地球に似た』泥臭い大地だった。
ガリレオは、震える手で羊皮紙にその影を書き留めた。
この瞬間、彼は世界で唯一、教会の嘘を暴いた者となった。
彼の描いた秘密は、聖なる教会の連中が知ったら、彼の母のように発狂していただろう。
1600年2月17日にイタリアの哲学者ジョルダーノ・ブルーノが神を冒涜したとして焼かれたのは過去のことだった。
ガリレオは教会はウソをついているのではなく無知だと思った。
この発見が教会の連中ー彼らの大事にしている古い教えを打ち砕くと考えたんだ。
「遠くから見た美しさーー近づくと、程度がしれるものだ。アリストテレスもそうだが、次は聖書の正しさを暴くと金になるかもしれない。ボクならやれるぞ。」
彼は、かつて論文を書きおえたときのように叫びたかった。
『エウレカ!』とね。
こうして第十三幕は、神の誤算により幕を閉じる。




