飼い主
「うちのペット、知りませんか?」
二十歳くらいの若い女性が俺にそう尋ねる。犬か猫か、どんな動物なのかは知らないが、ペットが逃げ出してしまったらしい。寂しそうに眉を下げる彼女が可哀想で、話だけでもと聞いてみる。
「それは大変ですね。どんな子なんですか?」
「すっごく可愛いですよ! 人見知りですけど、普段は言うことをちゃんと聞いてくれる素直で賢い子なんです。なのに、今日は……どうしちゃったのかなあ……」
彼女のキラキラとした目も束の間、瞳に悲しげな彩が映る。気の毒に思い、落ち込み気味の彼女をどうにか元気づけようと考える。
「大丈夫ですよ、きっと見つかります! もし見かけたらすぐに言いますね」
「本当ですか!」
悲しそうだった小綺麗な顔が、一瞬にして花が咲いたような笑顔をつくる。真っ白な肌に、街灯の光が当たって青くも見えるような瞳、ぱっちりと開いた目。丸いレースの襟がついた白いブラウスに、黒のミニスカート。綺麗に切り揃えられたショートカットの黒髪は、彼女が見た目にもしっかりと気を配っていることが伝わるほど艶やかである。
正直、彼女はモテるだろう。とか、失礼ながら密かに考えつつ、少しでも安心したのなら良かったとも思う。
「あぁ、そういえば」
ひとつ聞いていなかったことを思い出す。さっきは論点がズレてしまったが、今度はしっかりと伝わるように。
「飼ってるペットって、どんな動物なんですか?」
「どんな動物?」
「犬とか猫とか、あるじゃないですか」
そう言うと、彼女はやっと分かったというように大きく頷き、それからふっと笑った。
「知りたいですか?」
「いや、知らないと探すに探せませんし。見つけられないじゃないですか。写真とかがあれば、より見つけやすいですが」
何を飼っているのか知らない限りは探そうにも探せない。今のところ、見て分かる情報が『可愛い』だけなのだ。可愛い動物など、この世に星の数ほどいるだろうし、人によって可愛いの基準など全然違うものである。そんな状況で見つけられるはずがないだろう。
返答を待っていると、彼女は急に一人でブツブツと呟きだした。
「確かに……。でもまぁ彼もそろそろ限界かぁ。この辺で他に替えるしかないのかなぁ」
ぱっと俺の顔を舐めるように見つめる。頭の上からつま先まで、じぃっと。
「……どうかしましたか?」
「いえ。お礼を言っていなかったな、と。喋って少し落ち着きましたし、ありがとうございます。お礼と、ペットの写真を見せたくて……家まで付いてきてくれませんか?」
あまりにも美しい媚笑を浮かべ、くるくると横の髪を弄りながらお願いしてくる。だが、かわいらしいからと言って初対面の女性の家にのこのこ付いていくほど俺は馬鹿じゃない。
「さすがに、それは。何もしてませんし」
「そうですかぁ……あっ、じゃあせめて、手作りで申し訳ないですが、このクッキーくらい、貰ってください」
これ以上は引かなそうである。それくらいならと、袋に入ったクッキーをお礼を言ってから受け取って、鞄に入れようとすると、止められる。
「実は……彼氏にあげたいんですよね。もっと美味しくしたくて……失礼なのは分かってるんですけど、感想、頂けませんか」
今食べろ、ということか。大人しく袋を開けてみると、香ばしい香りが漂ってくる。見た目も綺麗で、何も言うことはない。
いただきますと呟いて、ぱくりとひとつ、口に放り込む。バターが丁度よく、すごく美味し……。
目の前が揺らぐ。少しずつ視界が狭まって、膝から崩れ落ちる。薄まっていく意識の中で、最後に聞こえたのは嬉しそうな女性の声だった。
「次のペットは、『あなた』に決まりね!」
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