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9 宝の山よ!

「若奥様〜、鶏小屋ができましたよ」

「すぐ行くわ!」


鶏小屋を作り始めて一週間、庭師たちが集中して作業してくれたおかげでもう出来上がったみたい。新しい鶏小屋は人間も立って歩ける高さで、横に細長い作りになっている。


「一週間で出来上がるとは思わなかったわ! 凄いのね!」


細長い鶏小屋の半分は板壁と斜めになった屋根で囲われている。入口の扉も開閉しやすい。明かり取りの窓には金網が張られていた。

中に入ると、正面にはちょうど一羽ずつ入れる個別の産卵スペースがいくつか作られている。そうそう、狭い場所って落ち着くのよね……その他にも、とまり木や餌箱なども作られていた。


残りの半分は、自由に外を歩き回れる運動スペースだ。ここは金網で囲ってあるので鶏が逃げる心配もなく、野良猫も入れないはず!


「よく考えられているわね、素晴らしい出来だわ。みんなありがとう」

「なあに、庭師の作業小屋も俺達が作りましたからな。あれより簡単でしたよ」

「あれもそうなの!? 大工さんが作ったのかと思ってたわ」


鶏小屋は庭師達も満足のいく出来のようだ。みんな『やり遂げたぜ!』って顔になっている。


「若奥様、鶏を譲ってもらえる目処もついたようですよ」

「本当に? よかったわ、ありがとう」


家令の夫から聞いたのか、エイダが教えてくれた。みんな仕事が早くて優秀だわ。

鶏小屋チームの三人は、本来の庭師の仕事に戻っていった。



◇◇◇◇


今日から午後は家令のスコットにお願いをして、ラングフォード領の勉強も始めることにしている。現役で領地経営のお仕事をされているのはお義父様だけれど、オスカー様が継がれる日までに、領地のことを頭に入れておこうと思っているの。


旦那様とはアレでも、縁あって嫁いだからには家の役に立ちたいしね。前世でも社会人経験があるし、今世も実家の領地経営に関わっていたから少しはわかると思う。


「スコット、先生役を引き受けてくれてありがとう」

「若奥様が領地のことを教えて欲しいなんて、嬉しい限りです。私が知っていることは、なんでもお答えしますよ」


スコットは侯爵家の使用人の管理だけではなく、財務管理や領地の仕事もオスカー様の補佐をしているという。だから領地のことを教えてもらうにはうってつけの人なのよ。


「ではまず、主要産業について聞きたいわ。レモンの産地だというのは知っているの」

「ええ、その通りでございます。レモンを始め、オレンジなどの柑橘類を主に育てて出荷しております。レモンの時期は主に冬でして、早いものは秋頃から四月頃までは収穫できます」

「そうなのね! じゃあ今じゃないの。そのまま出荷することが多いのかしら?」

「半分はそのまま出荷しますが、残りの半分は果汁だけを絞って瓶詰めにして出荷しますね。若奥様のご実家にも、果汁で送っているはずです」


私の実家クラヴェル子爵領の炭酸水工場では、私達の婚約を機に『レモン入り炭酸水』も発売したのだ。初めは別々の瓶をセットにして売るつもりだったみたいだけれど、私が『最初から混ぜちゃえばいいのに』と言ったことで、新商品が誕生したというわけだ。


前世の記憶がある私にとっては、フレーバー炭酸水など珍しくもなかったが、この世界では画期的だったようで『そのまま冷やして飲むと最高!』と順調に売れているらしい。


「ふ〜む、では絞った後の皮はどうしているの?」

「皮……でございますか?」

「ええ、皮よ。なにかに加工しているのかしら」

「い、いえ。そのまま廃棄だと思いますが」

「なんですって!? レモンの皮を捨ててしまっているの? もったいない!」

「えっ、もったいないですか? 皮ですよ?」


前世の私は、お隣の庭に毎年実る柚子やレモン、甘夏などを、おばあちゃんと一緒にレモンピールやマーマレードに加工して保存食にしていた。家庭の庭木でさえ、そこそこの量の瓶詰めが作れたのに……それが柑橘の産地なら、どれだけの量の皮が捨てられているのかしら!


「ええ! レモンの皮は宝の山よ! 四月までは穫れると言っていたわね?」

「は、はい。あと一か月ほどは穫れるかと――」

「こうしちゃいられないわ! 明日からラングフォード領へ視察に行きます。お義父様達に手紙を書きますから、先に届けられるかしら?」

「明日出発なさるのなら、すぐにでも届けるよう手配しましょう」

「ありがとう、スコット」


私は大急ぎで、領地のお義父様宛の手紙をしたためた。


『お義父様

二日後にそちらへ参ります。どうか、レモン工場で出た皮は捨てないでください。

お砂糖とジャム用の瓶をありったけ集めてもらえると助かります。  ノーラ』


「これでよし。スコット、大至急お願いね」

「かしこまりました、若奥様」

「エイダ、荷物をまとめるのを手伝ってくれる?」

「もちろんでございます、若奥様。私も領地へお供しますか? 私はラングフォード領の出身ですから、ご案内できますよ」

「でもあなたには、子供達が……あっ、じゃあ実家もあちらってことよね?」

「そうでございます」

「じゃあ、双子達も連れて行きましょうか! 実家の親御さんに孫の顔を見せてあげるといいわ」

「まあ、本当でございますか? 両親も喜びます!」


エイダは目をキラキラとさせて喜んでいる。きっとこんなことでもないと、なかなか領地にまでいけないわよね。馬車でも一日半かかるんだもの。


「えっ、えっ? みんなで行っちゃうの?」

「あなたは留守番ね、スコット」


エイダから素気なく言われたスコットは、ショックを受けている。一緒に行きたかったのかしら……でもスコットには旦那様の仕事もあるでしょうしねぇ。


「ごめんなさいね、スコット。寂しいでしょうけど、一週間ほどお留守番を頼むわね」

「若奥様、一週間も!? 私も行きます!」

「ワガママ言わないの。仕事があるでしょう」

「ぐぬぬ」


妻から言われると、何も言えなくなるようだ。なんとなくこの夫婦の力関係を察したわ。




私室に戻ると、旅行用のトランクを引っ張り出し着替えを詰め始めた。もちろん、もんぺとエプロンはマストだ。荷物をまとめながら、ふと思い出す。


「ねえエイダ、双子だけを連れて行ったらハリーが寂しがるかしら?」

「若奥様、大丈夫だと思いますよ。ハリーはしっかりしておりますけれど、ああ見えてお母さんっ子ですから、ここでアガサと一緒にいた方がいいと思います」

「そうなのね。だったらよかったわ」


ラングフォード領へは、明日の朝出発して夕方には途中の宿場町に着き一泊。翌日の朝に宿を出発すれば昼頃には到着できるらしい。


「あなたも自分と子ども達の分も荷物を準備しなくちゃでしょう? 今日は早めに上がっていいからね」

「若奥様、ご配慮ありがとうございます」

「いいえ、こちらが急に言い出したんだもの。付き合わせてごめんなさいね」

「謝られるようなことはございませんわ! むしろ子ども達を親に会わせてもらえるなんて、感謝しております」

「ふふっ、ありがとう」


荷物は最小限にしたし、明日持って行くおやつでも作ろうかな。領地の視察だけれど、ラングフォード領は初めてだから、ちょっとした遠足気分で楽しみだわ。


「明日は朝が早いわ。今日は早めに寝ましょう」



◇◇◇◇


「スコット、ノーラはどうしている?」


オスカーは結婚休暇で休んでいた分、仕事が立て込んでいつもより遅い帰宅になってしまった。


「もうお休みになられたそうです」

「すいぶんと早いな」

「明日は朝から領地の視察に行かれることになりましたので、いつもより早くお休みになったようです」

「んん? どこの領地?」

「もちろん、ラングフォード領ですよ。うちの妻と子ども達も一緒にね!」


ぐぎぎと音がしそうなほど、スコットは奥歯を噛み締めている。


「私も一緒に行きたかったのに! なんで仕事なんかあるんだ……」

「お前、さり気なくぶっ込んできたな? なにがどうなったんだ? 最初から話してくれ」

「若奥様がまたなにか思い付かれたんですよ。『レモンの皮は宝の山よ!』とか仰って」

「えぇ……? レモンの皮を見に行くのか?」


オスカーはレモンの皮と聞いて困惑している。だが、妻がすることに興味もあった。


「じゃあ俺も一緒に……」

「無理ですよ。殿下のお仕事が溜まっているんでしょう?」

「うっ、確かに」

「私と一緒にお留守番です」

「くそっ、なんで仕事なんかあるんだ……」


こうして、男ふたりは仲良く王都でお留守番となった。


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