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8 好きな物探し

「ところで、一週間休みがあったわけだけど、その間はどうしていたの? まさか避けたりしていないだろうね」

「……気まずくて、ちょっと避けた」

「なにやってんだよ! じゃあ、ほったらかしにされた奥さんはどうしてたんだ? 突然よく知りもしない家に放り込まれて、夫にも蔑ろにされて心細いんじゃないのか?」


ロデリック殿下もジェレミーも、まだ会ったこともない友人の妻を心の底から心配していた。それほどオスカーの仕打ちは友人目線でも酷かったからだ。


しかし、オスカーの答えは想像の斜め上を行っていた。


「式の翌々日から裏庭を掘り返していた」

「「ん?」」

「畑を作るんだって、裏庭を開墾している」

「畑? 貴族の令嬢が畑仕事なんてできるのか?」

「実家から野菜の種を持って嫁いできたらしい。庭師や使用人の子ども達と一緒に、毎日元気に裏庭を掘っている」

「お、おう……」


ふたりは困惑して顔を見合わせた。これは確かに、思ってたのとちがう女性かもしれないと。


「執事を通して買いたい物があると言われたんだ。俺はてっきりドレスや装飾品でもねだってきたと思い、やっぱり侯爵家の金を食い潰す嫁かと家令に言ったんだ」

「それで、何をねだったんだ?」

「雌鶏だ」

「んん?」

「畑の横に鶏小屋を作るから、自分に割り当てられた予算で雌鶏を買ってほしいと」

「お、おう……」


ふたりは更に困惑した。王都のど真ん中にある貴族の邸に、鶏小屋を作りたいって?


「彼女はしゃれた貴族のデイドレスではなく、侍女とお揃いの珍妙な作業服を着ていた。庭師達も喜々として鶏小屋作りに励んでいる。今日帰ったら、もう出来上がっているかもしれない」

「それはまた、賑やかだね?」


ロデリック殿下はなんと言っていいのか迷い、結局よくわからないコメントになってしまった。


「あぁ、賑やかなんだ。彼女はほんの数日で使用人達の心をガッチリ掴み、作業の合間には外にブランケットを敷いて和気あいあいと賄いの昼食を食べている。メイド達も若奥様若奥様と、懐いているようだ」

「その、想像と違って、全然つらそうじゃないな」

「うん、なぜかすごく楽しそうなんだ。だから俺は彼女に聞いたよ、なぜそんな事をしているのかと」

「奥さんは何と?」


ロデリック殿下とジェレミーは興味津々で次の言葉を待った。


「経費節減だそうだ」

「食い潰すのとは真逆の答えだな?」

「自分が育てれば邸に住む者達の野菜代と卵代が浮くと、目をキラキラさせていた。仮面夫婦でも領地経営と家の財務には関わらせてくれと、初夜に言っていたんだ。白い結婚なら、それくらいしか役に立てるところがないと。まさか本気で家の立て直しをしようとしていただなんて……」


オスカーは遠いところを見つめた。目線の先には壁しかなかったが。


「ねえオスカー、もう謝ったほうがよくない? 酷いことを言ってごめんなさいって」

「だな。爵位目当てでも、お前の顔目当てでもないと思うぞ。むしろ、侯爵家を救う女神の可能性もある」

「め、女神!?」

「だってそうだろ。頼まれもしないのに、経費節減しようとしてくれているんだ。そんなしっかり者の奥さんは、探したってなかなかいないぞ? 領地経営の方でも何か奇跡を起こしてくれるかもしれん」

「ジェレミーの言う通りだ。クラヴェル子爵家の炭酸水事業も、彼女がまだ子供の頃に言い出したことらしいよ。何もなかった山の中に工場を建てて、炭酸水を売ろうって」

「それは凄いな! 今じゃ国内のみならず、近隣諸国にも流通しているって言うじゃないか。子供時代からそんな慧眼(けいがん)があるだなんて、お前凄い嫁が来てくれたんだな」


ジェレミーから肩を叩かれたオスカーは、力無く笑った。


「ハハ、俺はそんな凄い女性を疑って、彼女のことを知ろうともしなかったのか……」

「馬鹿だなぁ」

「ほんっとに馬鹿だ」


友人ふたりは容赦なくこき下ろした。しかし、その言葉によってオスカーが救われたのも事実だ。


「あぁ、はっきり言ってくれてありがとう。これからどうしたらいいか、相談に乗ってくれるか?」

「もちろんだ。一緒に考えよう」

「俺は俄然興味が湧いたぞ。そのうち奥さんに会わせてくれよ」

「言っとくけど、籍はもう入っているからな」

「わかってるよ。俺だって婚約者はいるし」


結婚するまで婚約者になんの興味も示さなかったくせに、他の男に言われると妙に焦りだすオスカーであった。


「まずは謝ることが大事だけれど、そんなことくらいで上手くいくとも思えないよね」

「じゃあ贈り物なんてどうだ? オスカー、今までは何を贈ったんだ?」

「……なにも」

「まさか、婚約者に贈り物もしてこなかったのか?」

「すまん」

「「ハァ……」」


ロデリック殿下とジェレミーはため息をついた。そこからなのか、と。


「その様子じゃ、好きな物も当然知らないよなぁ……」

「あっ、手紙は? 彼女からは手紙をもらったんだよね? なんて書いてあったの?」

「……読んでない」

「「オスカー!」」


ふたりに怒鳴られ、オスカーはビクリと肩を揺らした。


「まさか、捨てていないよね? 彼女からの手紙はどこ?」

「邸の執務机の引き出しに、そのまま突っ込んである」

「そこに何かヒントがあるかもしれないだろ! 今日帰ったらちゃんと読むんだ!」

「わかりました……」


オスカーはふた回りほど縮んでしまったかのように、小さくなって俯いた。



◇◇◇◇


その日の夜、オスカーは執務机の前に座りノーラからの手紙を並べた。


「婚約をしてから最初の三か月は手紙が届いているな。その後は……なしか」


オスカーは一番最初の手紙を開封した。そこには丁寧な筆跡で『オスカー・ラングフォード様』と書き出してあった。


『オスカー・ラングフォード様


先日はラングフォード侯爵家にお招きいただき、ありがとうございました。

侯爵家の皆様が温かく迎えてくださったことを、とても嬉しく思います。


これから私達は長い時間を共に過ごすことになりますね。

貴方様のことも少しずつ知っていきたいと思っております。

好きな食べ物、好きな色、好きな本、それに子供の頃のお話も聞いてみたいです。

今度お会いする時でも、お手紙でもかまいません。お話くださると嬉しいです。


ふつつかな婚約者ではございますが、末永くよろしくお願いいたします。


                        ノーラ・クラヴェル』



「彼女は、あんな酷い出会いだったにもかかわらず、歩み寄ろうとしてくれていたのか……」


オスカーは、手紙を無視してしまったことも後悔した。ちゃんと手紙を読んでいれば、少しは違った今があったかもしれないからだ。

オスカーは急いで次の手紙を開いた。



『オスカー・ラングフォード様


クラヴェル子爵領は、夏の終わりに植えたじゃがいもが芽吹く季節となりました。

オスカー様はいかがお過ごしでしょうか。

先日、私は裏山へ栗拾いに出かけました。今年は大きくて甘い栗がたくさん穫れましたの。

家族で焼き栗を楽しんで、残りは甘露煮と渋皮煮を作るつもりです。

炭酸水工場の近くでは、キノコ狩りもできるのですよ。

いつかオスカー様にも食べていただきたいと思っております。


もうすぐ、さつまいも掘りも始まります。

オスカー様はホクホク系かねっとり系だったら、どちらがお好きでしょうか? 

私はどちらも甲乙つけがたく、選べません。

季節の変わり目ですから、くれぐれもご自愛くださいませ。


                       ノーラ・クラヴェル』

 


「いや、じゃがいもが芽吹く季節がいつなのかわからん! ホクホク系とねっとり系も! 芋に違いなんてあるのか?」


ノーラの季節の挨拶は独特だった。ほとんどの季節を王都で過ごすオスカーには、知らない情報ばかりと言える。

次の手紙も似たようなものだった。



『オスカー・ラングフォード様


玉ねぎの苗を植える季節となりました。いかがお過ごしでしょうか。


ラングフォード領もレモンの収穫時期に入ったと聞きました。

クラヴェル子爵領にはレモンはありませんが、小さなみかんが穫れるのですよ。ここのみかんは少し珍しくて、レモンやオレンジとは違い、皮が柔らかく手で剥けるのです。

みかんがカゴに入れられ、テーブルの真ん中に置かれていると冬が来たなぁと感じます。


王都のお邸にも、レモンやオレンジの木はありますか?

いつの日か一緒に収穫できるのを楽しみにしております

オスカー様も風邪など引かれませんよう、お気を付けて。


                       ノーラ・クラヴェル』



◇◇◇◇


「ということだ。欲しいものなどさっぱり掴めなかった」

「う〜ん、たしかに」


オスカーの報告を聞き、ジェレミーも困惑した。しかし、さすがは一国の王太子、ロデリック殿下だけは違っていた。


「いや、ここにヒントはあるよ」

「「どこに!?」」


ロデリック殿下は何かを確信し、ニヤリと笑った。


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