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7 やっちまったなぁ

「おっ、新婚さんが出勤してきたぞ」


王城にあるロデリック王太子殿下の執務室。オスカーが結婚休暇明けに出勤すると、同僚のジェレミー・ハワード公爵子息が茶化すように言った。

それを聞いたオスカーは、顔をしかめひどく不機嫌そうになる。


「どうしたんだオスカー、結婚休暇明けとは思えない顔をしているじゃないか」


ロデリック殿下から心配そうな声を掛けられると、オスカーは肩を落とし、先程とは打って変わってしょげた様子を見せた。


このロデリック王太子殿下とジェレミー・ハワード、そしてオスカーの三人は学園時代の同級生である。元々ロデリック殿下とジェレミーは幼馴染であったが、学園在学中に優秀だったオスカーを側近候補としてスカウトした。三人とも性格は違うが話してみると馬が合い、主従関係を越えて友人としても付き合いが続いている。


「……結婚式からやり直したい」

「は? やり直す? オスカーお前どうしたの?」

「何があったんだ? 奥さんと上手くいっていないのか?」

「……むしろ、顔合わせからやり直したい」


ジェレミーとロデリック殿下から問い詰められ、オスカーは話さざるを得なくなった。


「嫁が、思っていたのと違ったんだ」

「どういうことだ? 別人が替え玉で嫁いで来たのか?」


ジェレミーは怪訝そうな顔で問う。もしそうだったら一大事だ。子爵家は侯爵家を欺いたことになる。


「いや、間違いなく本人だ。なんというか、中身が思っていたのと全然違っていたんだ」

「たしか、クラヴェル子爵家の令嬢だったか。あまり夜会などでも見ないな」

「子爵家はあまり派手な生活は好まないらしいな。クラヴェル家を成金と揶揄(やゆ)する者もいるが、あんなのやっかみだ。陛下からも堅実な領地経営振りだと聞いている。多少身分の差はあるが、それも気にせず婚約を結んだラングフォード侯爵は、見る目があると思うよ」

「うぅ……」


ロデリック殿下の話を聞き、オスカーはなぜあんなに子爵家を疑ってかかったのかと悔やんだ。


「俺は最初から、成金の娘だから金遣いが荒いはずだと決めつけてしまっていた。金に物を言わせ『侯爵家の親戚の座』を買ったんだと。俺はそんなくだらないことに利用されたと思って、婚約が気に食わず反抗していたんだ」

「貴族の政略結婚なんて、そんなものだろ?」


ジェレミーの言うことはもっともだった。どこの家も多かれ少なかれ、何かしらのメリットがあって縁を結ぶことが多い。


「ああ、だがちっぽけなプライドのせいで、初めての顔合わせの日に酷い言葉を投げてしまった」

「なんて言ったんだ?」

「両親が彼女のことを『かわいらしい』と媚びたように見えたから、『地味だな』って」

「うわぁ……」


子どもの頃から『女性には優しく』と叩き込まれているロデリック殿下は、その発言に若干引いていたが、気になったのか先を促した。


「それで、彼女はどうしたの? 怒らなかったのか?」

「なにも聞こえなかったかのように、笑顔で自己紹介をしたんだ」

「大人じゃないか」

「今思えばそうだな……怒るか泣くかされてもおかしくなかった」


ジェレミーの言う通り、ノーラは大人の対応をしたのだ。オスカーは己の小ささを思い知らされた気がした。


「だが、婚約期間があっただろう? その間に気付かなかったのか?」

「手紙は全部無視してしまった」

「は? じゃあ、どこかに出掛けたりお茶会をしたりは?」

「……一度も会っていない」

「嘘だろ!? それじゃあ、どんな子か知りようがないじゃないか!」


ジェレミーは目を見開き、心底驚いたような顔をした。しかし、ロデリック殿下は納得した顔をして言った。


「そういうことか……結婚式は家族だけで、僕達も招待されなかった理由は」

「結婚披露パーティーもなかったもんな。侯爵家にしては地味婚すぎる」

「お互いに金目当て爵位目当ての結婚なんて、大々的にやる必要はないと思ったんだ。両親にも『そんな金があるなら領地の運営に回せ』と説得して……子爵家からは何の抗議もなかったから、邸の礼拝室に神官を呼んで簡単に済ませてしまった」


「まあ……侯爵家相手に、子爵家では文句も言えんだろうからな」


ジェレミーの言葉に、オスカーはうなだれてしまった。身分差を考えると、その通りだったからだ。


「いくら政略結婚でも、結婚式って女の子にとっては大事なものじゃないのか?」


ロデリック殿下に諭すように言われ、オスカーはハッとした。ノーラのことを(おもんぱか)る心の余裕もなかったと気付いたからだ。


「彼女も子爵夫妻も、本当はもっとちゃんとした結婚式を挙げたかったのかもしれない……てっきり派手なドレスでも仕立てて来るだろうと思っていたのに、彼女は母親が結婚式で着たというシンプルな純白の花嫁衣装を(まと)っていた。控えめな化粧をして、全然派手じゃなかった――」

「式の前に気付いたなら、何が問題なんだ? 一応は神官の前で愛を誓ったんだろ?」


ジェレミーは問題解決とでも言うように、話をまとめようとした。


「神官に前もって『誓いのキスは省略で』と言っていたんだ。だから書類にサインをするだけの本当に必要最低限の式になってしまった」

「ハァ……お前何やってんだよ」

「オスカーの話を聞いただけでも、君の奥さんはいい子だと思うよ」

「やっぱりそう思うか? 俺も薄々そうなんじゃないかと……」


ロデリック殿下の言葉に、オスカーは己の間違いを認めるような発言をした。


「誓いのキスもしていないなら、初夜はどうしたんだよ」

「それが、まだ」

「はあ?」


ジェレミーのあけすけな質問に、オスカーはばつが悪そうな顔をする。


「まだ少し疑っていたんだ、結婚してから態度が変わるんじゃないかって。だから初夜の寝室で『俺からの愛など期待するな』と釘を刺したあと、初夜をしようと思ったのに」

「お前、初夜でそんなことを言ったの?」

「うぅ……そしたら、『白い結婚、仮面夫婦でも構わない』と言われてしまった」

「そりゃ言われるよね? 君から愛のない結婚を提案したようなものだよ」


ロデリック殿下にしては珍しく、呆れ顔で厳しい物言いをした。


「白い結婚のつもりなどなかったのに。彼女と子作りするつもりだったのに」


ハァ……ロデリック殿下とジェレミーのため息が重なる。


「「お前、やっちまったなぁ」」


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