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6 鶏小屋

翌朝、朝食をとるため食堂へ入ると、結婚式の日以来初めてオスカー様に遭遇した。不機嫌そうに新聞を読んでいらっしゃる。

あれ? 今朝は食堂で食べるおつもりかしら。今日も私ひとりだと思って、もんぺで降りてきちゃったわよ。お邪魔だったら、朝食は私室に運んでもらおうかな。


「おい」

「は、はい。旦那様おはようございます」

「うん、座らないのか」

「いえ、こんな格好で来てしまいましたので、私室に戻ろうかと……」

「かまわない」

「え?」


今、かまわないって言った? だって私もんぺ姿よ? 侯爵家の夫人にあるまじき作業服よ?

私はどうすべきか迷っていたけれど、執事が椅子を引いて待ってくれているので素直に座ることにした。


「ありがとう」


私がお礼を言って座ると、すぐに朝食が給仕された。いつものように、パンとサラダと卵料理だ。オスカー様も朝食はまだだったらしく、同じタイミングで料理が運ばれた。

結婚式の日は他の人達も一緒に食事をしたから、オスカー様とふたりの食事は初めてだわ。


「君は……」

「へっ? ひゃい!」


ぼんやり考えごとをしながら食べていたら、オスカー様から急に話しかけられた。ずっと避けられていると思っていたから、なんの心の準備もしていなかった。おかげで変な声が出ちゃったわよ。


「どうした、変な声を出して」

「申し訳ありません。なにかお話がありましたか?」

「あぁ、君は先日から裏庭で何かやっているようだな」

「ええ。お義母様から邸を任せると言っていただきましたので、畑と鶏小屋を作ることにしましたの」

「なぜ君が自らやるんだ? 使用人に任せればいいのに」

「逆ですわ。私がやることを使用人達の仕事の合間に手伝ってもらっているのです」


裏庭改造は、使用人の仕事内容には入っていない。彼らは善意で手伝ってくれているのだ。


「そうか……それでも、なぜ畑がいるんだ?」

「経費節減です。ひとりふたりなら大した金額ではありませんが、この邸にはそれなりの人数がいますでしょう? その人数分の野菜代と卵代が浮くのですよ! 侯爵家ともなれば、見えるところの体面も保たなければなりませんけれど、見えないところはどんどん節約していけばいいと思いますの。フフフフフ」

「お、おぅ、ずいぶん早口だな」


前世ではやむにやまれず始めた節約だが、やっているうちにだんだん楽しくなっていたところはある。もう半分趣味みたいなものね。


「旦那様に恥をかかせるような真似はいたしません。そのために裏庭でこっそりやります」

「その、君の予算を使うと聞いた。ドレスや装飾品はいいのか?」

「ええ、新しいドレスなんていりません。実家から持ってきた物がありますから。そもそも、今まであまり社交の場に出ることもなかったので、同じドレスを着ていたとしても気付かれませんよ。仕方なく出席したときも、壁の花に徹していましたし」

「若い令嬢がなぜそんな……」

「いやですわ、旦那様がよくご存知じゃないですか! 私は地味だから、壁の花は得意なんです」

「ぐぅっ」


あら、どうしたのかしら。得意なことを自慢するなんてはしたなかった? でも本当に得意なのよ。壁と同化していれば、下心のある変な人に声をかけられることもないし。


下を向いてぷるぷると震えていた旦那様が顔を上げると、若干涙目になっていた。


「君の家は成き……んん、裕福ではなかったか? なぜ節約のやり方を知っているんだ」


今、成金って言おうとして言い換えたわね。気を遣わなくていいのに。


「最初から裕福なわけではありませんわ。我が家は昔から倹しく暮らしていました。だからでしょうね、家族も贅沢は慣れていなくて落ち着かないんです。貧乏性が染み付いてしまって」

「貧乏性?」

「ええ、『もったいない』が口癖ですの」


クラヴェル子爵領のスローガンと言ってもいい。領主が倹しく暮らしているからか、炭酸水の工場ができて領民も安定した収入が得られるようになっても、皆堅実な生活を続けている。


「それで、そのような服を? 見たところ男物のようだが」

「これですか? 兄が少年時代に着ていた服をもらったのです。動きやすいし、まだ着られるのに捨てるのはもったいないでしょう?」

「もったいない、か……」


オスカー様はなぜか考え込んでいるみたいだけど、ふたりとも食べ終えたし、お茶も飲んだからもう席を立ってもいいかな?


「それでは旦那様、今日も作業がありますので失礼いたします」

「あぁ……あ、昼食は?」

「え? 今日からダンや子ども達と一緒に食べられるよう、料理長に外でも食べやすい物をお願いしました」

「そうか……」


あら、なにかまずかったかしら。侯爵家の夫人が、外で使用人達と食事なんてはしたない? まあ、裏庭だしいいわよね。


「はい、失礼いたします」


今朝は思いのほか旦那様とおしゃべりしちゃったわね。また嫌な顔をされるかと思ったら、意外と普通だったわ。



◇◇◇◇


「おはようございます、若奥様」

「みんなおはよう!」


エイダと一緒に裏庭へ出ると、ダンとカイルの他に、三十代後半の庭師と二十代のふたりの庭師も揃っていた。


「これは、わしの息子でライリー。こっちのふたりは弟子です」

「まあ、あなた達もお手伝いに来てくれたの? でも全員でこちらを手伝ったら、庭師の仕事が滞ってしまわない?」

「いや、中庭のバラの剪定も先月終わっとるし、花苗の植え替えももう少し先です。今日は鶏小屋の木材が届いたんで、俺達でやっちまおうと思って」

「単純な作りですからね、三人でやればなんとかなりますよ」

「俺も実家で作ったことがありますんで、大丈夫です」


ライリーとふたりの若い弟子は、頼もしい返事をくれた。私もノコギリを引いたりしようかと思っていたけれど、この三人の方がいい物ができそうだわ。


「じゃあ、お願いしてもいいかしら?」

「「「お任せください!」」」


さっそく場所はここでいいかと確認して、みんなから『大丈夫だ』と頷いてもらったところへ、かわいらしい声が聞こえてきた。


「ノーラさまぁ〜」

「「おはよ〜!」」


執事の息子ハリーと、エイダの娘エミーとポリーの双子達だ。


「おはようございます、若奥様」


シッターのサマンサは、私があげたもんぺを着用している。ちなみに、深いえんじ色に白の水玉模様のもんぺだ。大人のサマンサによく似合っている。


「サマンサ、とても似合っているわ。かわいいじゃない」

「ありがとうございます。とても動きやすいですわ」


サマンサはその場で足踏みをしてみせた。彼女にも気に入ってもらえたみたい。


鶏小屋は庭師の三人に任せて、私はダンとカイル、エイダとサマンサと子ども達と一緒に、昨日の続きで畑予定地をひたすら掘り返した。子ども達も小さな手でスコップを握り、頑張ってくれている。


「若奥様〜! お昼をお持ちしました〜」


若いメイド達が、バスケットに入れた昼食やトレーに載せたお茶のセット、それに地面に敷くブランケットを抱えて裏庭に現れた。


「あら、もうそんな時間なの? みんな、キリがいいところで昼食にしましょう。賄いをここに持ってきてもらったの」

「若奥様も賄いを召し上がるんで?」

「ええ、みんなで一緒に食べた方が美味しいでしょう?」

「「「やったぁ〜!」」」


ライリーがびっくりして目を見開いたが、子ども達は大喜びしていた。


「手を洗ってらっしゃい」


みんなが手を洗いに行った間に木陰にブランケットを敷いてもらい、私はバスケットから昼食を取り出した。


「ありがとう。まあ、美味しそうなサンドイッチね。デザートにフルーツも付いているわ」


パンの耳付きサンドイッチはボリュームもあり、フルーツはどれも一口サイズに切って、ひとつひとつピックが刺してあった。料理人達の気遣いを感じる。


「外で食べやすいようにしてくれたのね。料理人達にお礼を伝えてくれるかしら」

「はいっ、若奥様」


みんなが戻ってくると、メイド達がひとりひとりに取り皿を配ってくれた。サンドイッチを囲み輪になって座る。


「さあ、いただきましょう」


みんな好きなサンドイッチを手に取って食べ始めた。うん、ここの料理人が作るものはどれも美味しいわ。


「若奥様、昨日はお菓子の差し入れをありがとうございました」

「休憩時間にいただきましたが、本当に美味かったです!」

「あら、本当? また何か作ったら差し入れするわね」


よかった〜庭師達にもクッキーは喜んでもらえたわ。次は何を作ろうかしら?

子ども達はサンドイッチを食べ終わり、早くもデザートに手が伸びている。


「ほら、エミー落ち着いて! ゆっくり食べなさい」

「フルーツおいしい!」

「あ〜わたしもたべる!」


双子達の賑やかな声に、メイドや庭師達もほっこりした笑顔を見せた。



◇◇◇◇


「たった数日で、すっかりこの家に溶け込んでいますね」

「……そうだな」


二階の廊下、執務室から食堂へ向かおうとしたオスカーに、家令のスコットが話しかけた。窓の外に見える裏庭では、使用人や子ども達に囲まれたノーラが、楽しそうに昼食をとっていた。


「俺も交ぜて〜って言えばいいのに」

「なっ、そんなこと言えるか!」

「素直じゃないなぁ〜。私もあそこに交ぜてもらおうかな」

「お前は俺に付き合え」

「チッ、妻達と食べたかったのに」

「おい、聞こえたぞ」

「何がですか? 気のせいですよ」

「相変わらず調子がいいな」


急に仕事用の笑顔を貼り付けた幼馴染を、呆れたような顔で見るオスカーであった。


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