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4 今日のファッション

翌日、朝早く目が覚めた私は、嫁入りの荷物の中から服を引っ張り出し自分で着替えを済ませた。部屋に隣接したお風呂兼洗面所で顔を洗っているところに、ノックをして侍女が入ってくる。


「おはようございます。若奥様、お目覚めでしょうか? 朝の支度のお手伝いに――なっ! そのお召し物はどうされたのですか!」

「エイダだったかしら? おはよう。もう自分で着替えたから大丈夫よ。あとは髪を結うだけ」

「いえ、そうではなくて。その、どうしてそのような服をお召しに……?」

「これ? 今日は裏庭を開墾するから、動きやすい服にしたの」


今日のファッションは、兄からお下がりの綿シャツに綿のもんぺだ。前世でお隣のおばあちゃんから教えてもらって以来、畑仕事はこれに限る! もうすっかりもんぺの虜となり、今世でも作ってしまったのだ。こう見えてオーダーメイドよ! 色違い柄違いで何枚も作っちゃった。丈夫だし、お腹はゴムで調節紐があるから体型が変わっても大丈夫。長く使えるから、オーダーメイドでもコスパはいいと思うの。ちなみに今日は花柄だ。


「髪は邪魔にならないよう三つ編みにするわ。自分でできるから大じょ――」

「せめて私に結わせてくださいませ! 仕事がなくなってしまいます」

「じゃあお願いするわね」


エイダは手際よく髪をふたつの束に分け、耳の辺りから三つ編みを編んでいった。日焼け止めと軽くお化粧も施される。


「若奥様、昨日は朝食のあいだに他の仕事に手を取られ、若奥様を見失ってしまいました。お側にいられなくて申し訳ありませんでした」


専属侍女のエイダから頭を下げられ、私の方が焦ってしまった。


「そんな、あなたが気に病むことではないわ。私こそ、実家と同じ感覚で勝手な行動をしてしまってごめんなさい」

「今日からはちゃんとお供いたしますので!」


両手を握りしめ、フンフンと鼻息も荒い。きっと責任感の強い人なのね。

私より少し年上に見えるこの侍女に、お姉さんのような親しみを持った。


「じゃあエイダ、あなたにももんぺをあげましょう」

「も、もんぺ?」


ウォークインクローゼットの奥に仕舞われている箱を開き、畳まれている服を広げて見せた。


「これ、もんぺという作業用のズボンなの。とても動きやすいのよ」

「はぁ……」

「畑仕事で侍女のお仕着せが汚れちゃうから、これをあげるわ。新品だから使って」

「ありがとう、ございます?」


ちなみに、ラベンダー色と白の細いストライプ柄だ。彼女の大人っぽい雰囲気に似合うと思うの。


「上は男性用のシャツが断然動きやすいわ。女性物のブラウスって、脇や胸がピッタリしすぎているから。私も兄のお下がりを着ているの」

「なるほど、私も夫の着古したシャツを借りましょう」

「それがいいわね」


私はブーツを履き、その格好で食堂へ降りていった。メイドや執事がギョッとしていたが、すぐに元の顔に戻るのは、さすが侯爵家の使用人ね。今日もひとりで美味しい朝食を食べ終わると、さっそく裏庭へ向かった。



◇◇◇◇


麦わら帽子を被り外に出ると、ちょうどダンとカイルが農具を持って裏庭へ来るところだった。もんぺに着替えたエイダも慌てて追いかけてくる。


「若奥様、おはようございます」

「おはよう、ダン、カイル」

「私もご一緒させていただきます」

「おや、誰かと思ったらエイダさんか。くくっ、なかなかお似合いだよ」


いつもの侍女服とは雰囲気の違うエイダに、ダンも笑いがこぼれる。


「私とおそろいなのよ! 似合うでしょう?」

「ああ、ドレスより若く見えますな」


エイダと並ぶと、ダンは笑って褒めてくれた。


「今日はこの辺りから掘り返しますか」


昨日、地面に線を描いていたところから、ダンはクワで掘り返し始めた。カイルと私もシャベルを使って隣を掘り始める。エイダはしゃがんで草むしりを始めた。

長い間踏み固められた地面は、畑になるまで根気がいりそうだ。私達は一生懸命掘り返した。



「あっ、お母さんだ! おーい、お母さ〜ん!」


かわいらしい声に地面から目線を上げると、小さな子ども達が使用人住居の窓から顔を出している。まだ三、四歳くらいかしら? 女の子がふたりと男の子がひとり、ニコニコと手を振っていた。


「うちの娘達ですわ。お母さんは仕事中だから、いい子にしてるのよ〜」


私に説明したあと、エイダが子ども達に向かって叫ぶ。


「子ども達だけでお留守番ができるの?」

「いいえ、侯爵家の使用人は代々家族で仕えることも珍しくないんです。うちも職場結婚ですし。だから親が仕事中は、ベビーシッターが見てくれているんですよ」

「僕も初等学校に入る年までは、シッターさんが付いてくれていました」

「へぇ〜企業内保育所みたいなものか」


エイダとカイルの言葉を聞いて、侯爵家は女性も働きやすくていい職場なんだわと見直した。父いわく経営はあまり上手くないらしいけれど、使用人を大切にするところは見習いたい。


「ね、私も子ども達と挨拶したいわ。呼んできてくれない?」

「若奥様とですか!? でも、まだちゃんと礼儀が……」

「あんな小さい子に堅いこと言わないから、いいでしょ?」

「かしこまりました」


エイダは使用人住居へ行くと、シッターさんと一緒に子ども達と手を繋いで戻ってきた。


「若奥様にご挨拶できる?」

「わ、わかお?」

「私はノーラよ。まだここに来たばかりなの。よろしくね」

「ノーラお姉ちゃん?」

「ちょっ、せめてノーラ様とお呼びなさい」


無邪気な女の子達に、エイダが焦ったように注意をする。


「ノーラさま。ぼくはハリー・ローガン、四さいです」

「まあ、ハリーは上手にご挨拶ができるのね。ローガンというと……執事の?」

「はい! ぼくのお父さんはしつじをしています。お母さんもメイドです」


とてもしっかりした子だわ。私が四歳の頃なんて、山で走り回っていたわよ?


「エミーです!」「ポリーです!」

「「三さいです!」」

「うちの娘です。双子なんですよ」


道理で息がピッタリなはずだわ! 顔もよく似ているけれど、髪型はポニーテールと三つ編みで区別されている。三歳と言いながらも、手が四歳になっているのがかわいい〜!


「エミーもポリーもよろしくね」

「うん! ノーラさまは、どろんこあそびをしてるの?」

「お母さんは、くさをつんであそんでるの?」


双子が同じ方向に首を傾げて、不思議そうな顔で聞く。


「いいえ、ここに畑を作りたいと思っているの。夏にはお野菜がたくさん生るわ」

「「「すご〜い!」」」


子どもたちは目をキラキラと輝かせた。この子たちにも野菜の収穫をさせてあげたいわね。


「じゃあ、みんなも畑作りを手伝ってくれない? ダン、いいかしら?」

「あぁ、かまいませんよ。お前達にもスコップを持ってきてやるぞ」

「「「きゃ〜〜!」」」


三人は飛び跳ねて喜んだ。ダンがカイルに目配せすると、カイルはひとつ頷き作業小屋へと走って行った。


「若奥様、お騒がせして申し訳ございません」

「いいのいいの、みんなでやった方が楽しいわ」

「私も何かできることがありますでしょうか?」


通いでシッターをしているサマンサと自己紹介をした、ふくよかで優しそうな四十代ほどの女性も、手伝いを買って出てくれた。


「そうね、あなたにももんぺをあげるわ。作業は明日から手伝ってもらうとして、今日はみんなに冷たい飲み物でも貰ってきてくれる?」

「かしこまりました」


サマンサもにっこり笑って、裏口から邸に入って行った。


子ども達はスコップをもらうと、夢中になって地面を掘り返した。時々ダンから『そこは掘るところじゃないぞ』と軌道修正されながらも、キャッキャとはしゃぐ姿はかわいい!

子ども達を誘って正解ね! 私も癒やされる〜。



◇◇◇◇


「なんだあれは」


二階の執務室へ続く廊下を歩いていたオスカーは、賑やかな声に立ち止まり窓から外を眺めた。庭師達と女性達、それに小さな子ども達も一緒になって裏庭を掘り返している。


「あれ? 若奥様とエイダですね。うちの子達までいますよ。例の畑を作っているんじゃないでしょうか」

「それはいいが、あの珍妙な服装はなんだ?」

「珍妙? エイダは何を着ても美しいですけど?」

「サラッと惚気けるなよ。侯爵家の夫人としてはどうなんだ?」

「裏庭なんて誰からも見られないんですから、別にいいんじゃないですか? あそこで宝石をジャラジャラ着けている方が変ですよ」

「え? あの服アリなの?」

「アリアリ。エイダと双子達が楽しそうなら何でもアリ」

「なんか話がズレている気がする」


家令のスコットはオスカーの話を軽く流し、愛妻家の持論を展開した。


「若奥様もめちゃくちゃ楽しそうだし、あの三つ編みもかわいいじゃないですか」

「なんか、思っていたのと違う……」

「それは、『思っていたよりいい子そう』って意味でしょうか?」

「う、うるさいな」


オスカーは、子ども達とキャッキャと戯れる新妻から目を逸らし、顔が火照ったのをごまかすようにドスドスと執務室へと入っていった。


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