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33 ふたりで領地へ

レモン祭りの準備のため、少し早めに領地入りすることになった。ラングフォード領初の試みということで、次期当主であるオスカー様も王太子殿下から二週間の休みをもぎ取ってきたらしい。

ただし、『マーマレードをお土産に持って帰ること』という条件付きで。社交界で流行り出す前にマーマレードを気に入られた王太子殿下は、今シーズンの予約まで入れてくださっている。お休みをいただいたお礼に、新物のレモンマーマレードと新商品の梅酒もお付けすることにしましょう。


そんなことを考えていると、馬車は領地へと入ったらしい。少し開けた窓から、潮の香りがふわりと入り込んできた。


「あ、海の香り」

「ノーラは海へ行ったことはあるかい?」

「いいえ、まだないんです。前に訪れた二回とも新商品開発に忙しかったので。エイダから海が近いと聞きましたわ」

「じゃあ、少し寄ってみようか」

「本当ですか!?」


オスカー様の提案に、首を縦にブンブンと振り飛びついた。いつも時間がなかったけれど、本当は行ってみたかったんだ〜。

オスカー様はクスリと笑うと、御者に寄り道をするよう声を掛けた。



◇◇◇◇


「今朝取れたばかりの新鮮な魚だよー!」

「奥さん、今日はエビがオススメだ!」


おお、これがラングフォードの海か。てっきり砂浜かと思い込んでいたけれど、バリバリの漁港だったわ! 船が岸壁に繋がれ、漁師たちが捕ってきた魚をおかみさん達が店先に並べ売っていた。


「そこのお嬢さん、焼き魚はどうだい?」

「わ、美味しそう!」


屋台では、串に刺した魚やエビが火であぶられ、美味しそうな焼き色になっている。


「オスカー様、食べてもいいですか?」

「ああ。店主、その魚とエビをもらおうか」

「はい、どうぞ。焼き立てだから気を付けてな」


オスカー様がお金を払うと、お店のおじさんは串ごと手渡してくれた。ここら辺じゃ誰も私が侯爵家の嫁だなんて知らないはず。私は焼き魚を受け取ると、遠慮なくガブリとかぶりついた。ふわりとした白身に、ほどよい塩気とスパイスがきいている。


「んん〜おいひいれふ」

「そうか、それはよかった」


オスカー様は嬉しそうに笑うと、自分のエビと格闘しはじめた。子どもの頃は領地に住んでいたらしいけど、領主のお坊ちゃんは漁港で立ち食いなどさせてもらえないでしょうしね。


「オスカー様、頭は取ってありますから殻ごとガブリといけますよ」

「そ、そうか。ん、パリパリと香ばしくて美味いな!」

「そうだろ! 今朝とれたばかりだからな〜レモンをかけても美味いぞ」


おじさんは得意気に胸を張る。塩とスパイスが掛かった魚介はそれだけでもとても美味しいんだけれど、レモンも絶対に合うよね! 私はくし型に切られたレモンをもらって、串焼きに絞った。


「ん〜、美味しい! ほらオスカー様も」

「これは、美味い! まさか、うちの領地にこんな美味いものがあっただなんて……」

「ふふっ、ラングフォード領は素晴らしい土地ですわ。そうだ! この串焼きもレモン祭りに――おじさん!」


私は来週のレモン祭りに、この漁港からも出店してもらうようスカウトをした。漁港の人達は、まさか領主家の若夫婦がこんなところにいるなんて! とびっくりしていたが、快く引き受けてくれた。

こんな美味しい物を、領地の名物としてアピールしないなんて、もったいないものね!


「また君に教えられたようだ。長年この土地に住んでいる我が一族でも気付いていなかった、この領地のよいところを次々と引き出してくれる」

「あら、外から見たほうが気付くこともあるんですよ。私は嫁いで間もないですし、この領地についてはまだまだ知らないことばかりですもの。この土地の人達が見慣れた物でも、よその人間にとっては目新しい物ってありますから」

「そういうものか。君の視点は本当に面白いな」

「そうですか?」

「あぁ、本当だ。まさかこんなに楽しい毎日になるなんて思ってもみなかった」

「またぁ、大げさですね。楽しいのは来週のお祭りですよ」

「そうだったな」


私達は馬車に乗り込むと、本来の行き先であるラングフォード侯爵家の本邸へと急いだ。



◇◇◇◇


本邸に着くと挨拶もそこそこに、梅酒を保管している元使用人棟へ向かった。梅酒が上手くできているか気になって気になって……


「工場の従業員達が定期的に通ってくれて、瓶を揺らして混ぜていたよ」

「ちゃんとやってくれていたのですね! 見た感じは上手くいったみたいです。あとで味見をしてください」

「もう飲めるのか。それは楽しみだな」


使用人棟改め、梅酒保管庫へ一緒に来てくれたお義父様が、嬉しそうに微笑んだ。あの梅がどんな味になったのか、ずっと気になっていたでしょうからね。


「工場の方はどうですか?」

「今日も集まって、通常のレモン絞りとマーマレード作りをしているはずだよ」

「では、工場でみんなと一緒に味見をしませんか?」

「そうだな、従業員達も気になっているだろうからそうしようか。工場の仕事が終わる頃に行こう」


お義父様と和気あいあいと話していると、うしろから拗ねた声が聞こえた。


「俺は仲間はずれかな?」

「フッ、オスカー拗ねているのか?」

「も、もちろん一緒に行きましょう! オスカー様も味を見てください」

「ノーラがそう言うなら、一緒に行こう」


あっぶな。あまりにも空気だったから、オスカー様も一緒にいたことを忘れていたわ。

機嫌を取り戻したオスカー様は、私の腰に手を回した。笑顔が少し怖いわ。


「なるほど、そういうことか」


お義父様は意味深な顔でニヤリと笑った。



◇◇◇◇


「若奥様、お久しぶりです!」

「おかえりなさい、若奥様!」


工場へ顔を出すと、従業員のおかみさん達が笑顔で迎えてくれた。


「みなさんお久しぶり! レモン祭りの準備はどうかしら?」

「着々と進んでおりますよ。マーマレードやピールもたくさん作りましたし、あたし達もレモネードやレモンスカッシュを売る準備をしております」

「それは助かるわ。あなた達が作ってくれた梅酒、これも上手くできていたら一緒に売りましょう!」

「もしかして、味見用に持って来られたんですか?」

「そうよ。区切りがいいところで仕事は終わりにして、みんなで味見をしましょう」

「「「はいっ!」」」


おかみさん達はウキウキした表情で道具を片付け始めた。もしかして、みんな結構お酒好き?


「ところで、そちらのお方は……」

「あぁ、ここへ来るのは久しぶりだからな。うちのオスカーだよ」

「みんな、久しぶり」

「「「エエェェーー!!」」」


おかみさん達はアゴが外れそうなほど驚いている。どうしたのかしら?


「あの、小さかった坊っちゃんが!」

「まさか、こんないい男に育ったなんて!」

「そりゃああんた、領主様のお子様だよ? いい男になるに決まってる」

「まだ声変わりもしていなかったのに……」

「んん、何年経ったと思っているんだ。俺だって成長するよ」


お義父様からこっそり耳打ちされたところによると、オスカー様は王都の学園に入る前は工場にも時々顔を出していたらしく、おかみさん達……当時のお姉さま方とよく遊んでもらっていたそうだ。なるほど、その年齢で十年振りに会ったら別人級に育っているというわけだ。


「坊っちゃん、本当にいいお嫁さんをお迎えなさったね」

「うんうん、この若奥様ならラングフォード領も安泰だ」

「おかげで、うちも柑橘の売上が去年の倍以上に上がったよ」

「工場の仕事も増えたしね。賃金も上がってありがたいよ」

「若奥様も、こんないい男と結婚できたなんて羨ましいねぇ」

「えぇっ!?」


しみじみとした雰囲気だったのに、突然こちらに振られてどういう顔をしていいやら……


「おやおや、まだ一杯も飲んじゃいないのに、ふたりとも真っ赤だよ」

「いいねぇ、新婚さんだねぇ」

「も、もう! 私達のことはいいですから、味見をしましょ!」


私はおかみさん達のからかいを誤魔化すように、グラスに梅酒を注いでいった。最初は風味を見てもらうために、ほんの少しずつストレートで。香りはとてもいいわ。


「さあ、まずは一口ずつどうぞ」

「これがあの時の梅酒……うん、美味しい!」

「まさかあの安酒が、こんなに風味豊かになるなんて!」

「もう少し寝かせると、味わい深くなるわ。お義父様、どうですか?」

「うん、これなら貴族へ売っても問題なく美味い。またラベルを二種類作ろうかな」


お義父様からもお墨付きをもらえたわ。これでまた、ラングフォードの特産品でがっぽり――


「フフフ、ぐふっ、クククッ」

「ノーラ?」

「あら、申し訳ありません。次は炭酸水割りにしましょうね」


あぶないあぶない。オスカー様に止められなかったら、また脳内で金勘定に(ふけ)るところだったわ。

今度はグラスに氷と梅酒を入れ、炭酸水を注いでいった。私はこの飲み方が一番好きなの! シュワシュワと爽やかな音を立てるグラスを、みんなに配った。


「どうかしら?」

「うん、邸で飲んだ梅シロップも美味かったが、こちらの方が数段上だ」

「あ〜仕事終わりにこんな美味しいお酒が飲めるなんて」

「これは絶対に売れますよ! レモン祭りでも売り出しましょう!」

「気に入ってもらえてよかったわ。じゃあ、これもメニューに加えましょうね」


炭酸水はうちの実家から提供してもらうことになっているし、街の人達や漁港の人達にも料理を作ってもらうことになっている。あとは観光客に売るだけ!


「みんな、がっぽり儲けるわよーー!」

「「「オーー!!」」」

「お、おー」


女性陣の勢いに若干引きながらも、拳を弱々しく上げるオスカー様がかわいかった。


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