32 今日だけエスパー
ん……朝か。太陽がいつもより高く昇っている。えっ、私寝過ごした!?
「うっ、痛い」
起き上がろうとしたら、なぜか全身筋肉痛になっている。ギクシャクと寝返りを打って、ビクリとなった。だって隣にイケメンが寝ていたから。ああそうか……昨日はオスカー様と夜を共にしたんだった。ふわ〜このイケメン、私の旦那様なのよね。
「寝顔までかっこいいなんて」
「それはどうも、ありがとう」
「ひゃあ! 起きていらしたんですか!」
「うん、君がモゾモゾしていたから。おはよう、ノーラ」
「おはようございます、旦那様」
パチリと目を開けたオスカー様から、額に朝のキスをもらう。う〜ん、甘い! 私達の関係は、一夜にして激変してしまった。
「今日はもう少し、ゆっくりしようよ」
そう言うと、オスカー様は私をギュッと抱きしめる。たしかに昨夜の運動で疲れている。もう少し寝坊をしても……
「ちょっ、旦那様? どこを触っているのですか!」
「愛する妻が隣にいたら、触りたくもなる」
オスカー様は、私の腰を撫でながら口をとがらせる。昨夜は……本当にこの人初めてなの? と、疑いたくなるほど凄かった。勉強したという言葉は本当だったらしい。しかも若いだけあって、タガが外れるとね……二十二歳男子の体力が恐ろしいわ。
「旦那様、今日はもう……」
「わかってるよ、昨日は無理をさせたからね。それにしても、君はいつになったら俺の名前を呼んでくれるんだい?」
「えっ、名前?」
「君はずーっと『旦那様』としか呼んでくれないから」
「私が名前で呼んでもいいのですか?」
心の中ではずっと、オスカー様と呼んでいた。外には出せなかっただけで……
「そんなところでも遠慮していたのか。本当にごめん」
「いいえ、早とちりした私も悪いのです」
「ノーラ、これからは何でも話し合おう。もう二度と、このようなすれ違いが起こらないように」
「はい、オスカー様」
「ハァ……かわいい。俺の嫁がかわいい」
「な、なにを言って、こんな地味子なのに」
「君は地味なんかじゃない。すまない、あれも意地を張っていたたけだ。昨日の君は、世界一美しかったよ」
「ひぇ」
この甘々に慣れる日が来るのだろうか。うっとりとしたオスカー様にまた抱きしめられ、顔中にキスが降ってくるのであった。
◇◇◇◇
朝食でもない昼食でもない、中途半端な時間に食堂へ降りていくと、使用人達は準備を整えて待っていてくれた。
みんな何も言わないけれど、言いたいことはわかるわ……
まずは若いメイド達。あの子達はどうせ、
『キャー! ついに結ばれたのね!』
『夜会で盛り上がってお姫様抱っこで帰ってくるなんて、流行りの恋愛小説みたい!』
『イケメンのお姫様抱っこ、憧れるぅ〜』
とかなんとか考えているんでしょう。言わなくても全部顔に書いてあるわ。
次はメイド長を筆頭にベテランメイド達。
『あの小さかったオスカー坊っちゃんが、ついに若奥様と……』
『これで侯爵家も安泰ね。坊っちゃんと若奥様のお子様なら、さぞやかわいらしいでしょうね』
『現役のうちに、またお子様のお世話ができるだなんて……うっ』
って、顔に書いてあるわよ! 別に心が読める能力なんてないけれど、絶対そう! だって口を押さえて涙ぐんでいるもの。あなた達ちょっと気が早いわ!
エイダとナタリーの侍女ふたりは、また違った反応を見せている。
『私の若奥様に無理をさせたんじゃないでしょうね! いくら初夜でも、限度ってものがあるでしょう!』
『ああ、若奥様がお疲れになっているわ。大丈夫かしら。あとでハーブティーでもお持ちして……』
きっとこんな感じ。ふたりとも私の心配をしてくれているのね、ありがたいわ。
スコットとローガンの男ふたりもわかりやすい。ただニヤリと笑っただけ。うん、あまり深く考えるのはやめておこう。
それより大変なのは、隣のオスカー様よ。今まで食事は向かい合わせでしていたのに、今日はなぜか隣に座っている。しかも距離が近すぎる。私の隣の席にオスカー様が座った途端、執事がササッとカトラリーの位置を変更していた。臨機応変に動けるのは凄いけれど、その気遣いがなんとも面映ゆい。
「ノーラ、食欲がないのか? ボーッとしているみたいだが」
「いえ、美味しくいただいていますわ」
「これも食べるかい? 新鮮なトマトだ。きっと裏庭のものだろう」
オスカー様は、オレンジジュースはどうだ、パンは足りているかとやたら私の世話を焼きたがる。それを微笑ましく見守る使用人達。なんだこの空気は。
「だ……んん、オスカー様」
「なんだい、ノーラ」
「いつもと同じで大丈夫ですわ。パンも自分で食べられますし!」
パンを一口サイズにして、私の方に差し出そうとしていたオスカー様を寸前で止めることができた。またメイド達の肩をプルプル震わせてしまうところだったわ。
「そうか。疲れているから食べさせようかと……」
しゅんとしてしまったけれど、昨日までとは別人すぎて私も戸惑っているのよ。
「お気持ちだけで十分ですよ。それより、午後からはお仕事があるのでは?」
「うん、今日はもういいかなって……」
オスカー様がスコットをチラリと見ると、首を横に振って私にも縋るような目を向けている。王城の仕事が休みだからと午前中もゆっくりしてしまったし、きっとやらないといけない侯爵家のお仕事が溜まっているのね。それならば……
「オスカー様、私にもお仕事を教えていただけませんか? 実家でも少々手伝っておりましたし、何かお役に立てるかもしれませんわ」
前世でも社会人だったしね。書類仕事もお金の計算も得意です!
私の言葉を聞き、オスカー様はパァっと顔が明るくなった。面倒くさいお仕事も、一緒にやれば早く片付くわよね。
「本当かい? 君と離れて仕事をしなければならないのが、少し憂鬱だったんだ。一緒にいられるなら仕事でもなんでも構わない」
「お、おう」
そっちですかーー!! てっきり寝不足で仕事をサボりたいのかと思ったら、頬を染めてそんなことを仰るなんて。こちらまで赤面してしまうわ!
「では、若奥様もご一緒に! 執務室に若奥様の席もご用意いたしますので!」
「ええ、スコットお願いするわ」
「かしこまりました!」
スコットが急ぎ足で執務室に向かったけれど、食事の後に執務室に入ると私の席はオスカー様の椅子の隣にピッタリと置かれていた。この短時間で机まで準備するのは無理だとしても、室内のソファセットのテーブルでもいいんですが。
「あの、私はあそこのテーブルで――」
「いや、ここの方が書類の受け渡しもスムーズにできる。隣に座ってくれ」
「でも机が狭くなってしまいますし」
「では、俺の膝の上でも――」
「この椅子で大丈夫ですわ!」
変な提案をされそうになったけれど、なんとか食い気味に回避した。オスカー様は残念そうなお顔をされているが、そんなことをされたらドキドキして仕事にならないわよ!
いざ仕事を始めてみれば、オスカー様は本来の優秀さを発揮し次々と片付けていった。私も書類を書いたり、時には意見を求められたり……かなり仕事はやりやすかった。うん、やっぱりビジネスパートナーとしても素晴らしいわ。この方と一緒なら、きっと侯爵家を立て直していける!
ますますやる気が出てきたわーー!