31 君が好きだ
結局、その後もオスカー様は横にピッタリくっついて離れず、ダンスも続けて踊る羽目になってしまった。今まで夜会で踊った経験は、デビューの時にお兄様とだけ。その後は壁の花を極めていたため、練習以外でまともに男性と踊ったことがないのだ。
だけど、さすがは侯爵家の令息。オスカー様はダンスも優秀だった。私の拙いステップも、巧みなリードで誤魔化してくれた。
「私、こんなに踊ったのは初めてです」
「俺も、こんなに楽しく踊れたのは初めてだ」
「いつもはあまり踊られないのですか?」
「誰かひとりと踊ると、次々と令嬢が押し寄せてくるから……」
「なるほど?」
「だから最近はあまり踊っていなかった」
「まあ、そうなのですね」
モテる男も大変なのね、私には無縁の話だわ。三曲踊ったところで、休憩しましょうとオスカー様に持ち掛けた。続けて踊っていたから、顔も火照るほど熱い。
「少し、バルコニーに出てみるか?」
「そうですね、涼しそうですし」
ふたりでダンスホールから歩き出そうとしたとき、ふいに声を掛けられた。
「あの、ご令嬢。私と一曲踊っていただけませんか?」
「いや、私と」「いや、俺が先に目を付けて――」
「えっ、えっ?」
なぜか、複数の男性からダンスに誘われているわ! 独身時代は一度も誘われなかったのに……やはりオスカー様効果は凄いわね。地味子でもイケメンと一緒にいれば、人の目に付くんだもの。
「申し訳ないが、妻は疲れている。今から夫の私と休憩するところだ」
「えっ、指輪もないからてっきり……」
「それは失礼した、残念だな」
オスカー様は、やけに妻と夫を強調して断りを入れた。でも疲れていたから、正直助かったわ。続けてもう一曲踊ったらたぶん……コケる。
「旦那様、お気遣いありがとうございます」
「うん、だって他の男と踊らせるわけないだろう」
「ん?」
なにか不穏なセリフが聞こえたような……深掘りするのはやめておこう。
バルコニーに出る前に給仕から飲み物をもらい、ふたりで外に出た。会場は人が多くて熱気がこもっていたが、外は夜風が涼しい。美しく整えられライトアップされた庭を眺めながら、飲み物を口にした。は〜美味しい。
ひと息ついたところで隣を見ると、こちらを見るオスカー様の表情が硬い。
「ノーラ、さっき言われて気が付いた」
「なんでしょう?」
「俺は、君に結婚指輪も贈っていなかった」
「それは……」
愛などないのに、お揃いの指輪を着けられるわけがないもの。結婚式だって最初から指輪の交換もなかったじゃない。わかってる、そんなことを望んじゃいけないんだって。最近は少し勘違いしそうなこともあるけれど、初心忘るべからずよね! うん、大丈夫! 私には仕事もあるし、愛がなくてもつらくなんてないわ――
「大丈夫ですよ、旦那様。私ちゃんと弁えていますから」
「どういうことだ?」
「愛を期待してはいけないって、わかって――」
「ノーラ、泣かないでくれ。俺が悪かった。本当にごめん」
あれ? 私、泣いてるの? オスカー様の大きな手が私の頬を包み込み、親指で拭ったことで頬が濡れていることに初めて気が付いた。
そうか、私も割り切っていたつもりだったけれど、本当はオスカー様に愛されたかったんだ。仕事があるし、みんなも受け入れてくれたから幸せだって自分に言い聞かせて、大丈夫だって強がって。
「俺が君に向き合おうとしなかったせいで、君を傷付けてしまった。本当にすまない。初夜の発言は撤回させてくれ」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「白い結婚なんて、最初からするつもりはなかった。その、君に誤解させるようなことを言ってしまったが」
「違ったのですか?」
「俺は噂を鵜呑みにして、君が金遣いの荒い令嬢なんだと思い込んでいた」
「ああ、成金令嬢!」
「うっ、それだ。うちには散財するほどの余裕はないし、釘を刺すつもりであんなことを……」
あれは私が調子に乗らないよう、言ったセリフだったんだ。それを私も早とちりして……ん? てことはなに、私とあんなコトやそんなコトをするつもりがあったと。
「ひぇっ!」
「ど、どうした?」
「では、養子や愛人は?」
「なんの話!?」
「白い結婚ならば、侯爵家の後継ぎは親戚から養子をとるか、愛人に産んでもらうおつもりなのかと思って」
「愛人なんていないけど!?」
「そうなんだ……よかった」
「よかったと、思ってくれるの?」
「えっ?」
「それは、君も俺の方を向いていてくれていると思ってもいいの?」
うっ、急に色気を出すのをやめてくださいーー!! 私も気持ちを自覚したばかりなのに、イケメンモードで来られたら耐えられないわ!
「えっと、それは」
「俺は、毎日君と一緒に過ごしていくうちに、明るいところや頑張り屋なところ、知識も豊富で、みんなに好かれる優しいところも、節約家で貧乏性なところも全部好きになった」
「お、おう」
貧乏性まで褒められたよ。この人も意外と器が大きいな?
「だから、君とは本当の夫婦になりたい。今更、身勝手な言い分だけれど……」
「もう、お飾りの妻じゃなくてもいいのですか?」
「そんなふうに思わせていたのか……それは違うから、本当に君が好きだ。少しずつでもいいから、俺のことも好きになってくれたら嬉しい」
「私も、旦那様が好き……になったみたいです」
「ノーラ!」
「ぬふぅ」
いきなり抱きしめられて、色気のない声が出てしまった。気持ちを確かめ合った時に、私ときたらはしたないわ。だけど、オスカー様は気にしていないみたい。抱きしめた腕を解くと、私の両手をギュッと握りしめる。
「ノーラ、俺達はあんな結婚式だったから、誓いのキスもまだだ」
「そうでしたね」
「結婚式の償いには到底ならないけれど、ここで誓ってもいいか?」
「はい」
「ノーラ、愛してる。一生君を大切にするよ」
「旦那様、私も愛しています。一緒に幸せになりましょう」
「ノーラ……」
オスカー様の美しい顔がだんだんと近付いてくる。私がそっとまぶたを閉じると、唇に柔らかいものが触れた。ふふっ、王城のライトアップされた中庭をバックに、バルコニーで愛を誓い合うなんて、邸の礼拝室よりずっとロマンチックかもしれないわ。
「あぁ、やっと君に触れられた気がする」
そうですかね? 手を繋いだり抱きしめたり、結構触れていた気がしないでもない。
「んぐ」
「ハァ、何度してもしたりない」
心の中でツッコミを入れていたら、その隙に何度もキスをされていた。ここ、まだ王城の中ですけどーー!?
「旦那様、ここではちょっと……」
「ん、そうだな。邸に帰ろう!」
「いきなりですね!?」
「帰って初夜のやり直しをする」
「えぇっ?」
男らしく宣言をしたけれど、耳が赤くなっていたのは見なかったことにしておこう。ちょっとかわいいと思ったのは内緒だ。
◇◇◇◇
邸に馬車が到着すると、お姫様抱っこで馬車から降ろされた。ちなみに、馬車の中でも膝の上でギュッと抱きしめられ離してもらえなかったわ。
執事のローガンに玄関を開けてもらい、そのまま邸に入るとオスカー様は出迎えた使用人達に宣言をした。
「朝まで誰も寝室に来なくていいから」
「「「かしこまりました、若旦那様」」」
みんなそう言って頭を下げたけれど、肩がプルプルと震えている。あぁ、もう絶対今から何をするかバレてるわ。オスカー様があんなことを言うから! スコットなんて親指を立てているじゃないの! 明日はどんな顔をしてみんなと会えばいいのやら……
そんな心配をしていたら、抱きかかえられたまま夫婦の寝室に着いてしまった。あの初夜以来、一度も足を踏み入れていなかった寝室……ドア一枚だけの違いなのに、妙に緊張するわ。
「今日からここで、一緒に寝てもいいか?」
「は、はい」
「まずはそのドレスを脱ごうか。ひとりでは無理だろう」
「では、エイダを――」
「いや、俺がやる。男がドレスを贈る意味を知っているか?」
「えっと、自分の瞳の色とかそういう意味ですか?」
「それもあるが……『そのドレスを脱がしたい』だ」
「ひえっ」
この人、色気ダダ漏れで何言ってるんですかーー!! いい声で耳元で囁くのはやめてくださいーー! 二十歳の乙女には刺激が強すぎます! 中身はアラサーだけど。
私が脳内で騒いでいると……おや、オスカー様がなにか悩んでいるわね。
「旦那様、ドレスの脱がせ方を知っていますか? お言葉の割には苦戦されているみたいですが」
「う、脱がせたことはない」
「では、ここの紐を……そうです。次はここを引っ張って――」
「できた! 女性のドレスは、構造が複雑すぎないか?」
「そうですね……あの、私は初めですのでお手柔らかに」
「俺だって初めてだ」
「ウソだァーー!!」
邸に私の声が響き渡った。口を押さえたが、時すでに遅し。だってだって、誰もがそう思うわよね?
その顔で? 侯爵家の嫡男で王太子の補佐というハイスペックで、めちゃくちゃモテているのに? まさかの童て――
「あらゆる本で閨の勉強はしている。心配するな」
「別にそこの心配はしていないですけど」
「じゃあ触れてもいいか?」
「せめてお風呂――」
「あとで一緒に入ればいい。もう待てない、ノーラ」
「ひぃ〜!」
せめて灯りは消してくださいーー!!