29 夜会(1)
夜会なんて久しぶりだから、緊張するわ。しかも今夜は、オスカー様のご友人で上司でもある、ロデリック王太子殿下のお誕生日を祝う夜会だ。主に国内の高位貴族や、他国からも親交のある王侯貴族などが招かれていると聞いている。
オスカー様と結婚していなかったら縁がなかった夜会だわ。私なんてただの子爵家の娘だし、お父様やお兄様も招待されるか微妙なところだ。国王陛下のお誕生日だったら、大々的に国中の貴族が招待されるんだけどね。
夜会の準備って、それなりに時間が掛かる。お風呂に入って肌を磨くところから始めるのだ。いつもは自分でやるのだけれど、今日は侍女のエイダとその義妹にあたるナタリーに徹底的に磨き上げられた。
「本当は毎日、お風呂のお手伝いをさせていただきたいのに」
「いえ、その必要はないわよ。自分でできるもの」
何より恥ずかしいのだ。いくら貴族の奥様になったと言っても、前世日本人の感覚では人に体を洗ってもらうなんて無理だよ……実家でも自分でやっていたしね。
風呂上がりにローブを着て、髪を丁寧にくしけずられ初々しく結い上げ、化粧を施された。侍女のメイクテクで別人級に仕上がっている。
「すごいわ、もう誰かわからないもの」
「あら、そんなことはございませんわ」
「そうですよ。元々お肌がお美しいですもの。大して手を加えていませんよ」
「いや、気合十分だよ……」
自分で言うのもなんだけど、キラッキラなのだ。ツヤッツヤとも言える。これくらい作り込まないと、イケメンのオスカー様と釣り合いがとれないってことかな? むしろ、引き立て役として横に立つつもりだったのに、頑張りすぎて痛々しく見えないかしら。ちょっと心配。
「ドレスは、この間着てみたものよね?」
「えっと、それがですね……少し変更になりまして」
「変更?」
「「「若奥様、こちらです」」」
部屋に入ってきたのは、若いメイド達だ。手には見覚えのないドレスを持っている。
「そんなドレス、持っていなかったと思うけど」
「こちらは、若旦那様からの贈り物ですわ」
「えっ? なんで?」
「「「ハァ……」」」
みんなからため息をつかれてしまった。だって、オスカー様が私にドレスを贈る理由がないわよね?
「夫が妻にドレスを贈るのは、当たり前のことです」
「もう、若奥様はなにも考えなくていいですから、とりあえず着てくださいませ」
「私達も生地やデザイン選びに参加しました。とっても素敵なドレスができたんですよ」
「まあ、そうなの? 見せてちょうだい」
ベッドの上に広げられたドレスは、サファイアのようなブルーのふんわりとしたプリンセスライン。スカート部分はブルーの生地の上に幾重にも青や水色のチュールが重なり、ふわりとかわいらしい印象になっていた。胸元には金色のビジューがキラキラと輝いている。
「わあ! 色は大人っぽいけど、デザインがかわいいわ」
「でしょう? 若手の仕立て屋に依頼したんですよ」
「このふわふわした感じが若奥様にピッタリです!」
「さあさ、急いで着付けましょう!」
エイダ達から手際よく着付けられ、最後に腰に金色の細いリボンを結んだ。
「素敵! 若奥様、よくお似合いですわ!」
メイド達も口々に、かわいいと褒めてくれた。そんなに褒められたことがないから、照れるわぁ。
と、そこへ入口の扉からノックの音が響いた。
「俺だ。入ってもいいだろうか?」
「旦那様だわ、どうぞ」
メイドが入口の扉を開けると、オスカー様が遠慮がちに顔をのぞかせた。そういえば、彼がこの部屋を訪ねてきたのは初めてかもしれない。
「旦那様。こんなに素敵なドレスを贈ってくださって、ありがとうございます」
「いや、それくらい当然だ。それと、これを君に」
「何でしょう?」
オスカー様が手に持ったビロード貼りの箱を開けると、そこにはキラキラしたイエローの宝石が付いたネックレスとイヤリングのセットが入っていた。
「これは……?」
「我が家の女性に代々伝わる、イエローダイヤモンドだ。デザインが若向きだから、君に譲ると母上が」
「えっ、私が着けてもよろしいのですか?」
「新品じゃなくて申し訳ないのだが」
「いいえ! むしろそんな大事なものを私なんかに――」
お義母様のご厚意は嬉しいし、本当にありがたい。だけど、オスカー様はそれでいいの? 本当は別の女性に贈りたいのでは……
「母上も君にと言っている。よかったら着けてもらえないか?」
そうか、お義母様の願いだから受け入れたのね。ならば、私もお義母様のお気持ちをありがたく受け入れよう。
「ありがとうございます、旦那様」
「若旦那様、私がお着けしても?」
「あぁ、頼むよ」
箱を受け取ったエイダが、私にネックレスとイヤリングを着けてくれた。地味な私にはもったいないくらい、素敵なお品だわ。
「ノーラ、とてもよく似合っている。君がその色を着てくれるなんて」
「いろ? そ、そうですか?」
どうしたんだろう、やけに感動しているみたい。今って青が流行っているのかしら? 社交界の流行りに疎いから、イマイチわからないわ。青は好きな色だから嬉しいけれど。
「旦那様も正装がよくお似合いですよ」
「そうか、ありがとう」
さすがはイケメン、髪を撫でつけいつもよりかっちりとした姿もキラキラしている。黒のテールコート姿もかっこいい……って、待って! そのタイは私のドレスと同じ生地じゃない!? ポケットチーフもさらっとお揃いになってるわ! こんな地味子とお揃いにしても大丈夫なの?
「ノーラ、遅れるといけない。そろそろ行こうか」
「は、はいっ」
いけない、口をポカンと開けて見ていたのに気付かれたかしら。オスカー様が肘を曲げて待っているので、私はそこに手を添え歩き出した。
ゆっくり階段を降りていくと、玄関ホールには使用人達が待ち構えていた。
「まあ、若奥様! 本当に青がよくお似合いで」
「坊っちゃんが正装をして女性をエスコートだなんて……大きくなって」
「まあ、ドレスとお揃いよ! なんてお似合いのおふたりなのかしら」
反応は様々だが、好評であることはわかったので、ひとまず安心。
「では、行ってくる」
「「「いってらっしゃいませ」」」
オスカー様に支えてもらい、馬車に乗り込んだ。が、なぜか隣の席にピッタリと座られてしまった。え? 狭くない?
向かいの席も空いているのに、侯爵家では隣の席に座るのが普通なのかしら。いや、お義父様やお義母様と乗ったときは、向かいの席に座ったわ。しかもオスカー様は背筋をピンと伸ばし、首だけ横を向いてジッと私を見ている。首、痛くないのかしら……なにか話したいことでもあるの?
「だ、旦那様?」
「なんだい、ノーラ?」
別に話したいことがあるわけではなかったようだ。ふわりと微笑んだまま、首を傾げて私の言葉を待っている。いや、私も話なんてないんだけれど、そんなに見られてはドキドキするわ。
なにか話題を……
「こんなに素敵なドレス、誂えてもらうなんて贅沢をしてよかったのでしょうか」
「それなら心配はいらない。メイド達が若手の仕立て屋を紹介してくれたんだ。ベテランの仕立て屋はそれなりの値が張るが、ここは経験が少ない分まだそんなに高くはない」
「それならよかったです。旦那様も、タイを作ってもらったのですか?」
「布が余ったからと、仕立て屋が作ってくれたんだ。お得だろう?」
なんて気の利いたサービスなのかしら。お得なのは大好きよ!
「布が余ったなら、使わないともったいないですものね」
「うん、まあそれもあるけど」
「え?」
「どこか、お揃いにしたかったから」
「えぇっ?」
じゃあ、やっぱり狙ってお揃いにしたの? オスカー様は顔を赤らめて、ふいっと目をそらしてしまった。
いやもう、わからん! なんのためにお揃いにしたのよーー!!




