28 初収穫
「ノーラさま〜このきゅうり、もう食べられる?」
「ええ、ちょうどいい大きさね。この辺りをハサミで切ってちょうだい」
「えい、とれた!!」
「ハリー、ハサミを上手に使えたわね」
畑の作物が収穫時期を迎えている。最初に穫れ始めたのはシソやバジルだ。赤紫蘇は梅干しやしそジュースにした。青紫蘇はサラダに入れたりお肉と巻いて料理したり、バジルもソースを作ったり乾燥させて瓶詰めにしたり、保存用の食品作りも欠かさない。取っても取っても次々と芽吹くので、お得な食材だ。
今日は子ども達と、初めてのきゅうりの収穫をしている。新鮮なきゅうりはトゲがあって少し痛いけれど、子ども達はちゃんと気を付けて収穫をしていた。ハサミも、サマンサやエイダに付き添われながら使わせている。そういうことを学べるのも、家庭菜園のよいところよね〜。
「さあどうぞ、新鮮なきゅうりを食べてみて」
「「「わーい!」」」
子ども達には食べやすいように、スティック状に切った。カイルやダンはワイルドに丸かじりだ。裏庭にはポリポリといい音が響いている。
「「おいし〜!」」
「ぼくたちが育てたきゅうり、おいしいね」
「ああ、美味いな。みずみずしくて、いいきゅうりだ」
自分達でお世話をしたと思うと、余計に美味しく感じるわよね。子ども達もポリポリと食べる手が止まらない。
「梅シロップもできたのよ、これも試してみて」
「まあ、話に聞いてはいましたが、本当に梅の実が食べられるのですね」
シッターのサマンサも梅は食べられないと思っていたようだ。
私は、領地の邸からもらってきた梅を砂糖に漬けて、しばらく経ったものを見せた。時々瓶を揺らして混ぜたから、梅のエキスがしみ出して上手くできたわ。なんせ前世ぶりに作ったから、私も飲むのは久しぶり。グラスに氷とシロップを入れて、水で割っていく。
「こっちは子ども用、水で割ってあるわ。こっちは大人用、炭酸水で割ってみたの」
「ん〜、僕これ好きだ! とってもいい香りで甘くて炭酸もシュワシュワして美味しい!」
「本当ですね! あの梅の実がこんなに美味しい飲み物になるとは、驚きです」
カイルとエイダにも気に入ってもらえたみたい。子ども達も夢中でゴクゴクと飲んでいるから、きっと美味しいのね。私もひと口……
「ん〜これこれ! 久しぶりに飲んだけど、やっぱり美味しい!」
「この梅の実で酒も作ってるんでしたな? わしらにも飲ませてもらえるのかね」
「もちろんよ! できあがったら、ダン達にも味を見てもらいたいわ」
「それは楽しみだな!」
ダンはホクホク顔で、梅シロップの炭酸水割りを飲み干した。お酒が好きなのかしら。それならぜひとも飲んでもらわなくっちゃね。そんなことを考えていると、
「なんだか、美味しそうなものを飲んでいるな」
「旦那様!」
みんなで輪になって座っていたから、背後の気配に気付くのが遅れた。今日は城の仕事がお休みのオスカー様が、いつの間にやら私のうしろに立っていた。
「今日は、まだゆっくりお休みになられていると思っていました」
「畑の手伝いをしようと思って……それ、君の手作り? 俺にもくれないか」
「はい、領地の梅で作った梅シロップです。水割りと炭酸水割り、どちらがよろしいですか?」
「では、君と同じものを」
「炭酸水割りですね? どうぞ、こちらにお座りになってください」
私達が座っているブランケットの上に、オスカー様もお誘いした。なんだかソワソワとしながらも、私の隣にピッタリと座る。いや、近いから! 拳ひとつ分どころか、脚が触れている。私はそれには気付かなかったことにして、梅シロップの炭酸水割りを作ることにした。
「このきゅうり、ぼく達がとったんだよ」
「たべて」「たべて」
「いいのか?」
オスカー様の問いに、子ども達は揃ってコクリと頷いた。オスカー様はスティックきゅうりを一本摘むと、ポリッと音を立てて一口かじった。
「美味い!」
「ほんと?」
「ああ、こんなに美味しいきゅうりは初めて食べたよ」
「オスカーさまも、水やりがんばったもんね!」「もんね!」
「そうだな」
子ども達とのやり取りが微笑ましい。オスカー様は意外と子どもに懐かれるタイプみたいね。最初のイメージとは違うオスカー様の姿が、日々更新されていく。本当は、とても優しい人なのよね……こんな身分違いの政略結婚でなければ、きっと奥さんを大事にして、子どもにも恵まれて――
「ノーラ、それをもらってもいいか?」
「あっすみません、梅シロップの炭酸水割りです。どうぞ」
「ありがとう。ん、これは香りがいいな。梅とはこんなに美味しいものなのか」
「そうなんです! だから捨てるなんてもったいないでしょう?」
「ああ、本当にそうだな。今まで、ずいぶんと無駄にしてしまった」
「これからは、全部使いますから大丈夫ですよ。ほら、この瓶に残った梅もジャムにできますし」
「それも使えるのか!?」
「もちろんです」
考え事から我に返った私は、思わずドヤって答えてしまった。あっ、調子に乗りすぎたかな……オスカー様の方を見ると、なぜか優しい目で私を見ていた。
「梅酒ができる頃にまた領地へ行くんだろう? その時は俺も一緒に行っていいか?」
「えっ、は、はい」
「楽しみだな」
オスカー様はそう言いながらふわりと笑った。その笑顔になぜか胸がドキッとする。
次に領地へ行くのは、レモン祭りの時かしら。それまでに、子どもはどうするのかと聞いておいた方がいいかもしれないわ。そのほうが私も心の準備ができるもの。
親戚の子を養子にするのなら私が育てていいのかとか、それともある程度大きくなった子を迎え入れるのか。はたまた、オスカー様が気に入る愛人を迎え入れるのか……本当は私だって子どもが好きよ。できれば自分の手で育ててみたかった。
もし愛人に産んでもらったら、形だけとはいえ本妻の私は疎まれて、抱っこすらさせてもらえないかもしれない。いや、いっそのことその愛人と仲良くなってしまえばいいのか? 友人の子どもなら、抱っこするのも不自然ではないわよね? よし、その手でいこう! 私はどんな人でも仲良くなってみせるわ!
「……ラ、ノーラ?」
「えっ、はい?」
「どうしたんだ、難しい顔をして」
「いえ、私はどんな人でもドンとこいですから! 任せてください!」
「え? なんだ、なんの話だ?」
「旦那様はご心配なく! きっと上手くやりますから」
「そ、そうか?」
うん、上手くやれるわ。オスカー様もそのほうが幸せになれるのなら、一石二鳥!
……そうよ、そのほうが丸く収まるのよ。だって、最初から女性として好かれていないことはわかっていたもの。愛人のひとりやふたり……
「ノーラ、今日はなんの作業をするんだ?」
「えっと、畑の草むしりをしようかと」
「わかった、俺も一緒にやろう」
最近、私にも優しくしてくれている気がするのは、勘違いだろうか。あんなに険しい目で私を睨んでいたのに、最近はあの目を見ていない気がする。ふと見上げると、サファイアブルーの瞳が優しく微笑む。
「ノーラ、やらないのか?」
「や、やります!」
ほら、私の名を呼ぶ声までなんだか優しい。白い結婚なら、そんなことは不要なのに。割り切って、ビジネスパートナーか友人として暮らしていった方が気が楽なのに、どこか期待している私がいる。もしかしたら、オスカー様から妻として扱ってもらえるんじゃないかって。本当の家族になれるかもしれないって。
あれ? 私は、妻として扱ってほしいのかしら。だって結婚した日に『俺からの愛など期待するな』と言われて、納得したはずなのに。今更ながら、その言葉がズシンと胸にのし掛かっていた。




