26 おかえり
約二週間ぶりに王都の邸に帰ると、使用人達から熱烈歓迎を受けた。心配していたというのは本当だったみたい。
「若奥様、よくぞお帰りくださいました!」
スコットなど、半泣き状態。エイダや双子達と引き離していたことが申し訳なくなっちゃったわ。
メイド達も『若奥様がいらっしゃらなくて寂しかったです』と、帰ってきたことを喜んでくれた。やっぱり私の家はここなのね。私もみんなに会いたかった!
裏庭の畑も、野菜の苗がグンと成長して畑らしくなっていた。庭師達が、私がいない間も手入れをしてくれたおかげね。もうすぐ収穫も始まりそうな勢いだわ。いい感じ〜。
軽く昼食をとったあとも、しなくちゃいけないことがまだある。馬車の中でいい香りを放っている梅の仕込みだ。瓶を消毒して、梅は傷付かないよう丁寧に水洗いをする。
「若奥様、私もお手伝いします」
「エイダ、助かるわ」
すっかり梅仕事に慣れたエイダが、ヘタを取るのを手伝ってくれた。下処理が終わったら半量ずつに分けて、片方は砂糖で、もう片方は塩で漬けた。
これ、梅シロップと梅干しを作るために、完熟梅をはるばる王都まで運んできたの! 梅シロップは子ども達にも飲ませてあげたくて、梅干しは完全に自分用よ。しそジュースを作ろうと思って種を蒔いた赤紫蘇も、梅干しに使えるわね。偶然だけれど植えておいて正解だったわ。
フフフッ、これで久しぶりに日本の味が堪能できる! あ〜楽しみっ!
梅を入れた瓶を眺めながらニヤニヤしていると、なにやら玄関ホールに人が集まった気配がした。時間を見るともう夕方になっている。その気配が、私がいる食品庫まで移動してきた気がした。
「ノーラ!」
「まあ、旦那様。おかえりなさいませ」
今日はいつもよりお帰りが早いわね。さっきの玄関ホールの気配は、使用人達のお出迎えだったのね。
「お帰りに気付かず、お出迎えもせずに失礼いたしました」
「そんなことはいいんだ。よく帰ってきてくれた」
「へ? はい、帰ってきますよ」
オスカー様ったら、おかしなことを言うのね。ちゃんと戻ってくるって言ったのに。
「おかえり、ノーラ。君が居ない邸は、静かすぎる」
そう呟くと、突然私をギュッと抱きしめた。オスカー様の胸に顔を押し付ける格好になると、シトラスの香水がほのかに香った。えーー! なんですかこれーー! ハ、ハ、ハグされてるーー! 待って、なんでハグ? 白い結婚でも、お友達同士ならハグもアリなのか? わからん! 前世でも白い結婚なんてしたことがないから、正解がわからん!
「あの、旦那様?」
「ああ、すまない。苦しかったか?」
腕は解いてくれたけれど、なぜか今度は両手を握られているわーー! そして、なぜそんなに嬉しそう表情をしているのよ! オスカー様、どうした!?
「君に見せたいものがあるんだ。鶏小屋には行ったか?」
「えっと、畑は見ましたが鶏小屋にはまだ行っていませんね」
「じゃあ一緒に行こう」
オスカー様は楽しそうな顔をすると、私の手を取って歩き出した。なぜいつものエスコートじゃないのかしら。普通に手を繋いで歩いているわ。使用人達のニヤニヤ顔が視界の端に見える。ちょっと、変な誤解をされてるじゃないの!
オスカー様はなにも気付いていない様子で、手を繋いだままスタスタと裏庭の鶏小屋まで歩いて行った。鶏小屋に入ると、目の前に木箱がひとつ置かれている。ん? こんな箱、前からあったっけ?
「ほら見て」
木箱の前にしゃがみ上に載せられた板を外すと、中には黄色いひよこが五羽ほどピヨピヨと鳴いていた。うわあ、ちっちゃい! まだ産まれたばかりね!
「まあ! ひよこが産まれたんですね!」
「二日前に産まれたから、手紙には書けなかったんだ。だけど、早く君に見せたくて」
「かわいい! 旦那様、かわいいですね!」
私の語彙力は死んだ。もうかわいいしか出てこない。オスカー様は目が合うと、ふわりと微笑んだ。
「ああ、かわいいな。俺も初めて見たよ」
「触ってみましたか?」
「いや、眺めているだけだ。潰してしまわないか心配で」
「旦那様、両手を出してください」
「こうか?」
私はひよこを一羽持ち上げると、そっとオスカー様の手の上に載せた。オスカー様は、恐る恐る両手で包み込むようにひよこを持ち、親指でそろりと撫でる。
「ふわふわだな」
「ふふっ、この子も撫でられて気持ちいいんですかね。眠そうな顔をしているわ」
ひよこを愛でるイケメン、これは萌えるわ。ひよこもオスカー様もかわいいの相乗効果だ。
「まさか、人生でひよこに触る日が来るとは思わなかったよ」
「人生、何があるかわかりませんわねぇ……」
「まったくだ。だけど、俺は今が一番楽しいよ」
そうか、よっぽどひよこが気に入ったのね。
ふとオスカー様の方を見ると、なぜかひよこではなくサファイアブルーの瞳が私をジッと見ていた。
「旦那様?」
「ああ、いや。かわいいなと思って」
「ええ、本当にかわいいですね」
オスカー様はふいっと目をそらしたけれど、なぜか耳が赤くなっていた。
◇◇◇◇
「若旦那様、若奥様が戻ってこられてよかったですね」
「ああ、そうだな」
「これでようやく、仕事が進む!」
「仕事ならしていただろう」
「何を言ってるんですか! 若奥様が予定を過ぎても帰ってこないから、ソワソワして使い物になりませんでしたよ」
スコットの涙目の理由は、半分はこれだ。残りの半分はもちろん、愛する妻子に会えたことだが。
「そ、そうか。すまん」
「やけに素直で気持ち悪いですね」
「うるさい」
スコットは素知らぬ顔で、オスカーの前に書類や手紙を並べた。
「こちらが役所に提出する書類です。よく読まれてサインを」
「わかった」
「夜会の招待状もいくつか届いております。どうされますか?」
「う〜ん、めんどくさいな。だが、王太子殿下の誕生日の夜会と、他にもいくつか断れないものもあるだろう」
「今年は若奥様もご一緒ですから、楽しいかもしれませんよ?」
「そうだったな! ノーラと初めてのダンスを……」
「踊ってくださるといいですね」
「えっ、踊ってくれないの?」
「さあ? ちゃんとご自分でお誘いください」
「わかってるよ。となると、ドレスも注文せねばな」
「若奥様は、あまり装飾品は欲しがられないですからね。相談されたほうがよろしいかと」
「そうだな、そうしよう」
オスカーはまたもソワソワとしだした。今まで面倒で仕方がなかった社交も、妻とのお出掛けだと思うと急に楽しみになってきたのだ。
それに妻が正装で着飾ったところも見てみたいと思っていた。今更ながら、花嫁姿をきちんと見ていなかったことが悔やまれた。
「スコット、ドレスに詳しい侍女やメイドを集めてくれ」
「かしこまりました」