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思ってたのとちがう嫁がきた〜旦那様、私は成金令嬢ではありません。貧乏性令嬢です!〜  作者: 麻咲 塔子


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25 新しい名物

今日は朝から梅酒作りだ。レモン工場内に新たに作られたジャムを作る施設を借りている。


「まさか梅の実を使ってお酒が作れるなんてねぇ。私ら、この時期は工場の仕事が休みに入るから、新たに梅の仕事ができるなら凄くありがたいよね」

「うんうん、昨日も亭主にまで日当をくださって、ありがたいよ」


この領地のレモンの収穫時期がだいたい十月から四月くらい。オレンジも十二月から四月くらいなので、貯蔵していたものを使うとしても、六月ともなれば加工するほど残っていない。

なので、この時期に工場の仕事が増えるのは大歓迎だと言ってくれた。そんな従業員みんなのためにも、新しいマーマレードと梅酒の事業も軌道に乗せなくちゃね!


「まずは、瓶を消毒して乾燥させておきましょう」


お義父様にお願いして、大きなガラス瓶を取り寄せてもらっている。広口なので、梅も入れやすそう。それに熱湯を回し入れて、消毒をした。


次に、昨日収穫した梅を優しく水で洗う。傷が付かないよう慎重に!


「じゃあ、この串でひとつずつヘタを取っていくわよ」

「これ、全部ですか!?」

「そうよ〜、こればっかりは手作業で丁寧にやるしかないの。ヘタが取れたらしっかり水気を拭き取る! さあ、手分けして頑張りましょう!」

「「「は〜い」」」


細かくて大変だけれど、みんなでおしゃべりをしながらの作業は結構楽しい。レモン祭りのアイデアを、みんなで色々と出し合った。話しながらも、ヘタを取るチームと、水気を拭き取るチームで流れるように作業は進んだ。


「若奥様、頼まれていた酒と氷砂糖は、こちらに運んでもよろしいですか?」

「支配人、こちらにお願いします。ありがとう」


お義父様が手配してくれた酒の樽を、レモン工場の支配人が作業場に運び入れてくれる。これがないと梅酒にならないもんね!

おかみさん達が運び込まれた樽を取り囲んだ。


「若奥様、これって庶民がよく飲む安酒ですよね? 今回は庶民向けしかないのですか?」

「いいえ、貴族にも売るつもりよ」

「でも、いくらなんでもこれは売れないんじゃ……」


たしかに、頼んでおいたのは庶民でも手が出しやすい安酒だ。無色透明で癖がない上にアルコール度数も高いので、梅酒にはピッタリだと思ったから。


「このお酒がまろやかで香りのよい梅酒に生まれ変わるのよ! まあ、一度作ってみましょう」

「はあ、上手くいきますかねぇ?」


先ほど消毒して乾燥させておいた瓶に、下処理の済んだ梅と氷砂糖を交互に重ねていく。横から見ると地層みたいだ。そこに、樽から汲んだお酒を注いでいった。


「こんな感じでやってほしいの。どの瓶も同じ味にするために、梅と氷砂糖は同量にしましょうか」

「わかりました、若奥様!」


おかみさん達は飲み込みが早い。下処理をした梅と消毒していた瓶をすべて使い切り、今日の作業は終了した。


「これはどれくらいで飲めるようになるんですかね?」

「そうね、最低でも三か月、一年以上置けばまろやかで美味しくなるわ」

「三か月かぁ……待ち遠しいね」

「でも、それまでどこに置いておくんだい?」

「それなら心配ありません」


梅酒の置き場所を心配するおかみさん達に、エイダが説明をしてくれた。


「侯爵家に今は使っていない建物があるんです。そこを片付けてもらいましたので、梅酒の貯蔵庫にすることになりました」

「なんだい、準備万端ってわけか」


前回領地へ来たときに目を付けていた、今は使われていない使用人棟を梅酒貯蔵庫に改造してもらっていたのだ。といっても、いくつかの部屋に棚を設置してもらっただけだから、部屋の構造的にはそのままでほとんどお金は掛けていない。


「若奥様、荷馬車の準備ができました」

「ありがとう、じゃあちょっと重いけどみんなで運べるかしら?」

「なぁに、これくらい子どもを抱っこするのとかわらないよ」


邸の使用人が荷馬車を準備してくれていた。おかみさん達にお願いすると、子育てで鍛えた腕を見せニカッと笑った。



◇◇◇◇


翌日からも梅林公園で梅の実を収穫して、梅酒を仕込むという作業を何度か繰り返し、梅林公園の梅はしっかり使い切った。おかみさん達もメモを取ってしっかり作業を覚えたし、来年からは任せても大丈夫そう。


その他にもお義母様と孤児院を訪問して、レモン祭りでクッキーを売ってもらうようお願いし、お義父様と街の人達を中心とした祭りの実行委員会も立ち上げた。祭りで売るメニューを食堂の人達と考えたり、お土産になるレモンを使ったお菓子を街のお菓子屋さんに依頼したりと忙しく過ごしていたら、気付けば王都を出てから二週間近く経っていた。




「若奥様、若旦那様からお手紙が届いております」

「私に? 王都の邸でなにかあったのかしら」


街での打ち合わせから戻ると、執事がお茶と一緒に手紙を渡してくれた。

オスカー様からお手紙をもらうなんて、前回の『鶏が届くよ』以来だ。あのときはペラペラの封筒だったな。しかし今回は、スコットの手紙ほどではないけれどそこそこの厚みがある。


『我が妻ノーラへ


君が王都を出てから十日が経った。そちらは変わりないだろうか。

一週間で帰ると言っていたのに、なかなか帰ってこないから邸の皆も心配している。』


あらまあ、忙しさにかまけて連絡するのを忘れていたわ。みんなにも心配をかけちゃったわね。

その後も手紙を読み進めると、畑のことや鶏のこと、使用人達の話まで色々なことが綴られていた。これはまるで業務日誌だ。それで今回はこんなに分厚いのね、真面目なオスカー様らしいわ。


私が手紙を読んでいると、お義父様とお義母様が家族用の居間に入ってこられた。


「あらノーラちゃん、オスカーから手紙がきたのね。ラブレター?」

「いえっ、業務日誌です」

「またあいつは……」


義両親は向かいのソファに座り一緒にお茶を飲むことになったが、私が手紙の内容を知らせるとなぜか頭を抱えてしまった。


「私が予定を過ぎても帰らないから、邸の皆が心配していると知らせてくださったんです」

「邸の皆じゃなくて、自分が心配なんでしょうに」

「なぜ素直に書かないかなぁ……」


「えっ、なにかおっしゃいましたか?」

「ううん、なんでもないわ」


おふたりはコソコソと小声で話していたので、よく聞き取れなかったわ。


「ノーラちゃん、今回も忙しく動き回っていたものね。疲れていない?」

「いいえ、まったく! 新しいことを始めるのはワクワクします」

「ノーラちゃんがレモン祭りを発案してくれたおかげで、領内が活気付いた気がするよ。それに工場の新しい仕事も……本当にありがとう」

「いいえ、こちらこそ思い付いたことをさせてくださって、ありがとうございます。お義父様、なぜ私のやることに反対もせず、応援してくださるのですか?」


捨てていたレモンの皮を食用に加工したり、毒のある青梅をお酒にしようだなんて、普通なら止められてもおかしくはないのに。


「それはね、君のお父上との約束なんだ」

「うちの父と、ですか?」

「ああ。クラヴェル子爵に婚約の打診をしたとき、お願いされたんだよ。『うちの娘は突拍子もないことを言い出すかもしれませんが、どうか好きなようにやらせてやってください。きっと役に立ちますから』とね」

「まあ、父がそんなことを……」


たしかに、前世の記憶がある私は、この国では突拍子もない娘かもしれないわね。だけどそれを否定せずに信じて任せてくれる、お父様とお義父様も器が大きい。


「実際、とても助かっているわ。ノーラちゃん、あなたがお嫁に来てくれてよかった」

「本当にそうだな。領地の財政も上向いているよ」

「お義父様お義母様、そう言っていただけて嬉しいです」


この家にお嫁に来て、私も幸せだと思う。義両親にも使用人達にも良くしてもらい、領地の人達にも受け入れてもらえた。好きな仕事をさせてもらえて、毎日が楽しい。

オスカー様とも『友人』くらいにはなれたと思うけれど、後継者を産むという仕事は果たせそうにないな……



「それで、もう王都に帰っちゃうの?」

「そうですね、梅酒の仕込みも終わって、レモン祭りの話もだいたい決まりましたし。あとは街の人達にお任せして、一旦戻ろうかと思います」

「そう、それは寂しくなるわね」

「オスカーも寂しがっていることだし、いつまでもここに引き留めるわけにもいかないだろう」

「旦那様が? それはないですよぅ。ウフフ」

「「ハァ……」」


なぜかため息をつかれてしまったわ。なにか変なことを言っちゃったかしら?


私は王都へ帰る前に、侯爵家の中庭に植えてある梅の木から、梅の実をもらうことにした。


「お義祖父様(じいさま)義祖母様(ばあさま)、少し私にも分けてくださいね」


この庭に梅の木を植えたという、亡くなった義祖父母にも断りを入れる。ここの梅の実は、成熟して少し黄色っぽくなりかけていた。


「いい香り……」

「若奥様、青梅とちがって、熟すと桃のような香りになるのですね。今まで気にしたこともありませんでした」

「そうでしょう? 私はこの香りが大好きなの」

「その梅も梅酒にするのですか?」

「これ? これは王都に帰ってから別のものを作るわ」



帰りの馬車は、梅のいい香りに包まれて幸せな気分で王都へ向かった。


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