24 領地へ帰ります
六月に入り、領地のお義父様からお手紙が届いた。
「エイダ、領地の梅の実が生ったそうよ! 準備もできていて、いつでも行っていいそうだから、明日にも出発しようと思うの。急だけれど大丈夫かしら?」
「はい、若奥様。そろそろかと思い、旅の準備は万端でございます」
「助かるわ! また双子達も連れて行きましょうね」
「そう言ってくださると思って、子ども達の準備も万端です」
「さすがエイダ、抜かりなしね」
できる侍女のおかげで、すぐに出発することが決まった。今回はオスカー様にも報告しなくてはね……
最近は、オスカー様と一緒に食事をすることも増えた。朝は採れたての卵で作った料理を一緒に食べて仕事に行かれるし、夜も食事の時間に間に合うように帰ってこられることがほとんどだ。
オスカー様は食事中も不機嫌そうに質問攻めにすることもなく、お互いに今日あったことを話すような穏やかな時間となっていた。
相変わらず『お飾りの妻』という肩書は変わらないけれど、心の距離は『友人』くらいにはなれたんじゃないかしら。
今夜も時間通りに帰って来られたので、一緒に食事をすることになった。明日の朝出発する話をしておかなくては。
「旦那様、明日から領地へ帰ろうと思います」
「えっ!? 俺はまた何かやらかしたか?」
オスカー様が突然立ち上がったので、椅子がうしろに倒れてしまった。カトラリーもガチャリと音を立て、皿の外に転がった。
「あの、ラングフォード領の梅が生ったと、お義父様からお手紙が届いたのです」
「ああ、そっちか。よかった……てっきり君の実家に帰るのかと」
執事が椅子を起こし、新しいカトラリーを準備する。こんなに動揺されるオスカー様も珍しいわね。
「旦那様は、私が実家に帰ると思われたのですか?」
「う、その、なくはないかと」
「ふふっ、畑や鶏のことも気になりますし、ラングフォード領でやりたいこともありますので、実家に帰る暇はありませんよ。またここに戻ってきます」
「そうか、それならいいんだ。俺も一緒に行きたいところだが、道中くれぐれも気を付けて」
「はい、ありがとうございます」
「君がいないと、家に帰る楽しみがなくなるな……」
「えっ? 何かおっしゃいましたか?」
「いや、なんでもない」
なにかゴニョゴニョと呟いたオスカー様は、なぜかほんのり頬を赤らめていた。
◇◇◇◇
「お義父様お義母様、今回もお世話になります」
「ノーラちゃん、待ってたわ〜」
「着いたばかりで疲れていないかい? こちらの準備はできているよ」
「大丈夫です! さっそく収穫を始めてもよろしいでしょうか?」
「工場の従業員達にも話は通っているよ。着替えたら行こうか」
「はい、お願いします!」
到着して早々エイダともんぺに着替えると、お義父様と一緒に馬車に乗り込んだ。もちろん行き先は、ラングフォード梅林公園だ。双子達は祖父母達とキャッキャとはしゃいでいたから、お世話を任せて大丈夫ね。
「若奥様〜! お久しぶりです〜!」
梅林公園へ到着すると、顔馴染みのおかみさん達が手を振ってくれていた。他にも新たに入った従業員と思われる女性達と、男性達まで待ってくれていた。
「皆さん、お手伝いに来てくれたのね!」
「ええ、亭主も連れてきましたよ」
「いつもうちのが世話になっていますからね。俺達も手伝いますよ」
「ありがとう! 助かるわ!」
ほとんどの従業員は、柑橘農家のおかみさんだ。その旦那さんなら、普段から収穫作業にも慣れているはず。これは思いがけない助っ人を得たわね!
みんな、肩から斜めにかごを下げている。きっといつも柑橘の収穫に使っているかごね。男性陣は脚立も準備してくれていた。
「みんな準備万端ね! じゃあ、梅の実を収穫していきましょう。女性は手が届く範囲のものを、男性は脚立で上の方をお願いしようかしら。実に傷が付かないよう、注意してね」
「「「わかりました!」」」
みんな本業が農家なだけあって、手慣れた様子でひとつひとつ丁寧に梅の実をもいでいく。肩から掛けたかごがいっぱいになると、荷馬車に積んだ木箱に移していった。まだ固い青梅は、そんなに香りがしない。これが完熟になると、桃のようなすっごくいい香りになるのよね。
私達は荷馬車がいっぱいになったところで、今日の分の収穫を終えた。
「皆さん、お疲れ様でした。冷たい飲み物を飲んでくださいな」
「おぉ、これは嬉しいな」
最初は見学をしていたお義父様も途中からジャケットを脱ぎ、私達と一緒に収穫を手伝ってくれたので汗をかかれていた。
「レモンマーマレードの炭酸水割りですよ。皆さんが作ってくれたレモンのマーマレードを使いました。義父様もどうぞ」
「ノーラちゃん、ありがとう。あ〜これはいい! レモンの香りと炭酸水の喉越しが最高だ」
いわゆる簡単レモンスカッシュだ。輪切りのレモンも浮かべたら、まるでカフェの飲み物みたいになった。この爽やかな味が畑仕事のあとにピッタリよね。
「本当だ! 俺達のレモンがこんなにシャレた飲み物になってるぞ」
「さすがは若奥様ね〜。それに味も美味しいわ」
「ちょっと、これも売れるんじゃない?」
おかみさん達まで商売っ気が移ったらしい。でも、どこで売る? またうちの実家の工場で炭酸水に混ぜてレモンスカッシュとして売るか……いや、それじゃあラングフォード領の名物にはならないわ。う〜ん……
「そうだ、いっそのことお祭りにしちゃうのはどうかしらね」
「なんだい突然。祭りだって?」
あっ、途中まで頭の中で考えていたから、お義父様に伝わるはずがなかったわ。
「お義父様、次のレモンの収穫が始まる頃に『レモン祭り』なんて名前をつけて、収穫祭をするんですよ。そこで、マーマレードやピールだけでなく、こういう飲み物も売るんです。そうすれば、ラングフォード領の名物として色んな人に知ってもらえるんじゃないかなぁって」
「なるほど、収穫祭か。たしかによその領地でも、ぶどうの収穫祭と称してワインを売ったりしているね。そんな感じかな?」
「そうですそうです。ラングフォード領ならレモンやオレンジの商品をアピールしなくちゃ。レモンの詰め放題もいいし、オレンジのシャーベットとか、レモン風味の唐揚げとか、食べ歩きができるメニューも作ったりして。あとは、楽団を呼んでみんなでダンスをしたり、ステージで芸を披露しても面白いですよね。子ども達はレモンの仮装行列とか……花火もいいわね」
うわ〜ワクワクしてきた! お祭りの食べ歩き、前世の子どもの頃に家族で行ったなぁ。
「レモンの詰め放題? か、カラアゲ? 若奥様、詳しく聞かせてください!」
「俺もにぎやかなのは大好きだぜ! 領主様、ぜひ収穫祭をやりましょう!」
「そうだなぁ、領地に人が呼べたら他の宿屋や商店も潤う。商品の宣伝にもなるし、やる価値はあるな」
やったー! と、大人達が子どもみたいにはしゃいでいる。うんうん、絶対楽しいよ!
「若奥様から作り方を教われば、私達でもできるよ。若奥様、他にもいい案はありますか?」
「お土産に持って帰れそうな、日持ちがするお菓子もいいわね。孤児院にはクッキーを出してもらうとして、他にもマフィンだとか、レモンケーキだとか」
前世で言うところの、温泉まんじゅう的なお土産があってもいいわよね。
「いいねいいね。他には?」
「飲み物はさっきのレモンスカッシュや炭酸なしのレモネード、アイスティーにオレンジマーマレードを入れてもいいかもね」
「それもいいけどさ、やっぱり祭りは酒がないと盛り上がらねぇよ」
旦那さん達が唇を尖らせた。そうね、甘いお菓子だけじゃ男性は物足りないか。だけど、お酒ならいいものがある。
「フッフッフッ、それは明日から作るから楽しみにしていて」
「明日から? じゃあ梅の収穫はどうするんですか?」
「今日収穫したこの梅でお酒を作るの! 収穫の続きはまた明後日ね。みんなで作ったお酒を収穫祭で出しましょう!」
「梅で、お酒を!?」
梅干しは好き嫌いが分かれると思うけれど、お酒ならきっと気に入ってもらえる。だからこの梅で梅酒を作るわ!