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23 初めてのデート

水やりが終わるとふたりで軽い朝食をとり、エイダに私室へと連行された。急いでもんぺからお出掛け用の清楚なワンピースに着替えさせられる。


「あの、エイダ?」

「何でしょう、若奥様」

「ちょっとそこまで行くだけなのに、やけに化粧に気合が入ってない?」

「あら、デートですもの。これくらい普通ですわよ、ふ・つ・う」


いやまあ、たしかにナチュラルではあるけれども、侍女のメイクテクで作り込まれている。髪もリボンを使ってかわいらしく編み込まれていた。普段はただの三つ編みに、日焼け止めと軽い化粧しかしていないのにね。


「デートって言ってもねぇ……」


そんなの、お義母様の前だけのパフォーマンスなのに。本当にデートをするわけじゃなくて、その辺をスタスタ散歩して帰ってくる程度だと思うのよ。だって、オスカー様に私とデートをする理由なんてないもの。

なのに、こんなに気合が入った化粧をしていたら『なんだこいつ、勘違いしやがって』って思われないかしら。ちょっとそれ、恥ずかしいんだけど! うぅ、私は勘違いなんてしていないのに。


「さあできましたよ。若奥様、玄関前に馬車の準備をしております」

「ハァ……そう。では行きましょうか」


なんだか憂鬱になってきたわ。また初夜の時みたいに何か言われたらどうしよう。



重い足取りで玄関ホールまで階段を降りていくと、服を着替えたオスカー様が待っていた。うっ、眩しいわ。なんでイケメンって、無駄にキラキラしているのかしら。


「ノーラ……」

「旦那様。お待たせして、申し訳ありません」

「大丈夫だ。その、そういう服装も似合っている」

「えっ!?」


今なんて言った? 『勘違いすんな』じゃなくて『似合っている』って? 私の聞き間違いじゃないわよね?


「ほら、若奥様。よかったでしょう?」

「お、おう」


どうやら聞き間違いじゃなかったらしい。ここにはお義母様もいらっしゃらないから、パフォーマンスも必要ないのに。よくわからないけれど、私はお礼を言って馬車に乗り込んだ。



◇◇◇◇


お店が並ぶ通りまでは、馬車に乗って十分ほどで着いた。意外と近かったわ。これくらいの距離なら、自分で歩いても来られるわね。

オスカー様の手を借り馬車から降りると、御者とは時間を決めて一旦邸に帰ってもらった。珍しくエイダも付いてこなかったので、本当にふたりになってしまった。


「行こうか」


オスカー様は、肘を曲げて待っている。これはあれね、エスコートしてくださるんだわ。今回はちゃんと気付いたわよ。

腕にそっと手を添えると、オスカー様は満足気に頷き歩き出した。よかった、合ってたわ。この世界のデートの作法がイマイチわからないので、不安ではあるけれど。とりあえず付いて行けばいいか! オスカー様にお任せすればなんとかなるでしょう。


は〜やっぱり王都は都会ねぇ。オシャレなお店がたくさん並んでいる。私は田舎者丸出しでキョロキョロと周りを眺めた。歩いている人達もみんなオシャレさんだ。


「なにか、欲しい物はないのか」

「欲しい物、ですか? いえ特になにも」

「遠慮しなくてもいい。妻の買い物に付き合うくらいの甲斐性はあるつもりだ」


いや、本当になにも欲しい物はないというか……こんなオシャレな通りのお店でなにか買っても、身につける機会がないというか。普段はほぼもんぺですし。

私はまたキョロキョロと見渡すと、一軒のお店が目に留まった。ショーウィンドウからは、たくさんの缶が並んでいるのが見える。


「あっ、あそこのお店に行ってみたいです」

「あぁ、あれは紅茶の専門店だ。王都でも老舗と言われている、王家も御用達の名店だ」


オスカー様はお店の扉を開けて、私を中に入れてくれた。どうやら、少し高級な茶葉を置いているみたい。さすがは王家御用達、全体的に高そうな雰囲気が漂っている。


「いらっしゃいませ。よろしかったら、気になる茶葉を試飲されませんか?」

「ありがとうございます」


あ〜もう、匂いだけでも満足。紅茶を見ながら店内を歩くと、ジャムのコーナーがあるのに気付く。そこをじっくり眺めていると、店主らしき男性から話しかけられた。


「当店は、紅茶に合うジャムを厳選して取り揃えております」

「そうなのですね。実は私も、紅茶に合うジャムを持っておりまして」


私はおもむろにバッグを開き、マーマレードの瓶を取り出した。もちろん、貴族向けのラベルが貼られた方だ。


「なっ、そんなものを持ち歩いていたのか!」

「ええ、いつでも持っておりますよ」


だって、ビジネスチャンスはどこに転がっているか、わからないじゃない? 前世、営業職を舐めないでほしいわね!


「奥様、そちらは何のジャムですか? 私も初めて見るブランドです」

「これは、ラングフォード侯爵領で作った新商品ですの。まだどこにも出回っていませんわ」

「なんと! ラングフォード侯爵家のご夫妻でしたか! 少しお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん。旦那様、よろしいですか?」

「あ、あぁ」


私達は、奥にある商談スペースへと案内され、香りのよいお茶を出してもらった。ふわ〜高そうな香り〜。いかん、お茶を堪能してる場合ではなかったわ。せっかくだから、ちゃんと営業しなくちゃ。


「さっそくですが、こちらはオレンジを使ったマーマレードというジャムですの」

「ラングフォード領は柑橘類の名産地でしたね。しかし、オレンジのジャムとは初めて聞きました。これは……皮も入っている?」

「そうなんです! よかったら味を見てくださいな。この皮がいいんですよ」


店主はジャムのフタを開けると、まずは香りを嗅ぎ、次にスプーンで掬うと口に入れ味を確かめた。


「本当だ。これは皮がいいアクセントになっている。しかも香りがとてもいい! これなら紅茶にも合いますな!」

「そうなんですよ。お茶菓子にも使えますし、紅茶に入れても美味しいんです。どうです?」

「奥様、素晴らしいです。これをうちで取り扱うことはできますか?」

「ええ、工場で量産体制に入ったそうですから、間もなく王都にも運んでこられますよ」

「ぜひ、うちとお取り引きを!」


私は、お父様と相談していた金額で見積もりを出した。庶民用の物と値段は同じだ。かなり良心価格だと思う。


「これ、レモンのジャムもありますの」

「ぜひ、そちらもお願いいたします!」


後日サンプルを届ける約束をして、その日は丁重に見送られた。



◇◇◇◇


「フフッ、フフフッ」


店から少し離れると、オスカー様の肩がプルプルと震えだした。やだ、オスカー様を放って営業に徹してしまったから、おかしくなっちゃったわ!


「えっと、旦那様? 申し訳ございません。つい」

「いや、まさか初めて入った店で契約までしてしまうなんて、思ってもみなかったよ。アハハ」


放ったらかしたことを怒ってはいないみたい。よかった……


「買い物をするかと思ったのに、逆に売りつけるなんて。見事な交渉だったよ。君って人は本当に――」

「貴族の夫人らしくないですよね……」

「いや、実に頼もしいよ。結婚したのが君でよかった」

「えぇっ!?」


やっぱりおかしいわ! あんなに嫌がっていたのに『結婚してよかった』だなんて言うはずがないもの! これは空耳よ。うん、人が多くてザワザワしているから、聞き間違えちゃったのよ。


「お腹が空かないか? そろそろお昼にしよう」

「え、ええ。そうですね」


オスカー様は私の手を取ると、スタスタと歩き出した。



◇◇◇◇


「ここは……?」

「王都で一番大きな公園だ。ほら、いつもあそこに屋台が出ているんだ」

「屋台!」

「気取ったレストランより、君はこういうところの方が好きかなって」

「はい! ワクワクします!」


王都で一番大きい公園だけあって、噴水があったり、芝生の広場があったり、きれいな花壇があったり、王都民の憩いの場になっているらしい。

中央にある大きな花時計の周りにはベンチが並び、色々な食べ物の屋台で賑わっていた。


「どれがいい?」

「そうですねぇ、あれにしようかな」


私は、揚げた魚をパンに挟んだ、フィッシュバーガーのようなものを買ってもらった。オスカー様は、焼いたお肉をパンに挟んだハンバーガーのようなものを買って、隣の屋台で飲み物も買いベンチへ並んで座った。


「美味しそうですね」

「ああ、温かいうちに食べよう」

「はい!」


私は大きな口を開けて、ガブリとかぶりついた。ん〜、カリカリの衣と中の白身魚がふわふわで美味しい!


「久しぶりに食べたが、美味いな」

「はい、とっても! 旦那様もこういうところへ来られるのですね」

「そうだな。ここには学生時代、友人と何度か来たことがあるんだ」

「へぇ〜、楽しそうですね」


私も前世の高校時代は、友達と学校帰りにファストフード店へ寄り道をしていた。そんな感じかな。しかし貴族のお坊ちゃんも、買い食いなんてするんだな。


「ノーラ、ソースが付いている」

「えっ、どこですか?」


考え事をしていたから気付かなかったわ。大口を開けて食べるなんて、はしたなかったわね。私がハンカチを取り出そうとバッグを開けた時、オスカー様の手がスッと唇の横を掠めた。


「ふぁっ!?」

「ん、こっちのソースも美味いな」


なにやってるんですか、この人ーー! 私の顔に付いていたソースを指で拭って舐めましたけどーー!? しかも何事もなかったかのように、自分のハンバーガーみたいなやつを食べているわ。もしかして天然ですか? イケメンの天然って、タチが悪いわよ!


オスカー様は自分の分を食べ終えると、ふわりと笑って言われた。


「今日は楽しかった。またふたりで出掛けよう」

「え、ええ。そうですね」


思いのほかデートっぽいデートをしてしまったことに、今更ながら気付き胸がドキッと跳ねた。さっきもサラッと手を繋がれたし。あれぇ? お義母様が見ている時だけのパフォーマンスじゃなかったの?


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― 新着の感想 ―
デートしたり距離を詰めて自己満足する前に まず謝ろう 最低限謝ろう それが出来ないのはやはり人間性なのかな
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