22 苗を植えよう
裏庭の畑の準備も整い、今日は野菜の苗を植えることにした。私が領地に行っている間も、カイル達が水やりなどの世話をしてくれたおかげで、しっかりとした苗が育っている。
「ハリー、エミー、ポリー、スコップを持った?」
「「「はーい!」」」
庭師達と子ども達にも手伝ってもらい、順番に夏野菜の苗を植えていく。
「トマトの根元にバジルとシソを植えようね」
「ノーラ様、なんで?」
「相性がいい野菜なのよ。一緒に植えるとトマトが美味しくなるんだって」
「ほぉ~それは知りませんでしたな」
庭師達も感心したように唸る。これも前世の記憶なんだけどね。コンパニオンプランツってやつ。同じ野菜だけをまとめて植えるより、他の花や野菜と混植すると味が良くなったり、病害虫除けになったり、いいことがたくさんあるのだ!
「特にこれ、マリーゴールド! これは色んな野菜と相性がいいし、根っこにも葉っぱや花にも虫よけ効果があるのよ。私達大人が野菜の苗を植えるから、子ども達はマリーゴールドをたくさん植えてちょうだい。いいかしら?」
「わかった! お野菜のとなりにうえたらいいんだね」
さすかに庭師達は手際がいい。あらかじめ決めておいた区画ごとに野菜の苗を植え、支柱に麻ひもでくくり付けてくれた。子ども達もサマンサやエイダに付いてもらって、畝に穴を掘り、そうっと花を植えていった。
「全部植えたかな。これで畑が完成よ〜」
「わあ〜畑なのに、お花がいっぱいね!」
「うん! エミー達がうえたんだもんね!」
「ぼくも、お花をうえたのははじめてだけど、楽しかった!」
裏庭には、緑の野菜苗と黄色やオレンジ色が鮮やかなマリーゴールドの入り混じった光景が広がっていた。
子ども達は達成感でいっぱいの顔をしている。庭師達も、長いことかけて開墾した畑が完成したことに、感慨深げな顔をしていた。
「こんなに花がいっぱいの畑は初めて見ました」
「ふふっ、何もなかった裏庭も明るくなったでしょう?」
「ああ、それに邸も賑やかになった気がする。若奥様は不思議な方ですな」
「えっ、そう? まあ、貴族っぽくない自覚はあるけれど」
畑を作る貴族の奥様なんて聞いたことがないものね。私も前世の記憶が戻らなければ、ここまでやれなかったと思うわ。
「外ではちゃんと猫をかぶるわよ」
「いや、そのままの若奥様でいいですよ」
「さすがに、それはまずくないかしら」
私がそういうと、大人達からワハハと笑いがこぼれた。
◇◇◇◇
畑ができた日から、朝の水やりが日課になっている。苗がきちんと根付くまでは水やりが必要なのだ。カイルや子ども達が鶏のお世話をしてくれているのを眺めながら、今朝も朝食前に水をじょうろでまいていた。
「ノーラ」
「はい?」
「お、おはよう」
「旦那様! おはようございます。こんなに朝早くどうされましたか?」
「いや、今日は休みだから手伝おうかと……」
「うぇっ!?」
都会っ子のオスカー様が、畑を手伝うですって? 本気で手伝う気なのか、いつもよりラフな格好をされている。
「なにをポカンとしているんだ。俺にもじょうろを」
「え、えぇ……? ですが、旦那様に畑仕事をさせるなど――」
「妻が頑張って節約をしてくれているのに、夫の俺が何もしないわけにはいかないよ」
「そう、ですかね?」
私の節約は、半分趣味だからなぁ。頑張っているというより、楽しんでやっているだけなんだけど。まあ、手伝ってくれるのはありがたいので、ここは素直にお願いするか!
「こちらのじょうろをお使いください。お水はあそこのタライに雨水を貯めてあります」
「なんと、水も貯めているのか!」
「まあ、雨はタダですから」
「ふふっ、アハハ、君は本当に凄いな! クククッ」
あら、そんなに変だったかしら。オスカー様は、顔を赤くして笑い転げている。珍しい、こんなオスカー様は激レアだわ。
「あら、あの子どうしたの?」
「あっ、お義母様。なんか笑いが止まらなくなってしまったみたいで」
「オスカーもあなたと一緒だとあんなに笑うのね。やっぱりノーラちゃんは凄いわ」
また凄いと言われてしまった。本当に何もしていませんけど?
「はぁ、お腹痛い。ん、母上いたのですか」
「ええ、さっきからいたわよ。そろそろ領地に戻ろうかと思ってね。それを伝えに来たの」
「お義母様、もう戻られるのですか?」
「あちらで旦那様も待っているしね。ノーラちゃんもまた来てくれるでしょう?」
「はい! 来月の梅が生る頃に」
「また行くのか!?」
あら、言ってなかったかしら。私がいてもいなくても、旦那様には影響はなさそうだけれど。
「えっと、梅の実が青いうちに作りたいものがありますので、また一週間ほど領地に参ります」
「一週間も? じゃあ俺もいっ――」
「オスカー、あなたは王城での仕事があるんでしょう?」
「ぐぬ」
「ノーラちゃんは何日いてもいいからね。うふふ」
「ありがとうございます」
ニマニマ笑うお義母様に、ギリギリと歯ぎしりをするオスカー様。なんだこれ?
「あちらで準備を整えておくわね。ノーラちゃんの仕事が終わったら、また孤児院に行ったり街にお出掛けもしましょうね」
「はい、ぜひ! 楽しみで――」
「その前に、俺との約束があるだろう!」
へ? 約束? なんだっけ。
「俺と街に出掛ける約束は?」
「あぁ!」
忘れていたわ! そうだった、オスカー様が田舎者の私に王都を案内してくれるって話だったわ。
「王都を案内してくださるんでしたね?」
「ん、デートだ」
「お、おう」
やけにデートにこだわるな、この人。そうか、お義母様の前だからね。
「デ、デートはいつにしますか?」
「今日はどうだ?」
「あら、いいじゃな〜い。ふたりでいってらっしゃい」
お義母様もニコニコの顔で勧める。これ、みんなで行ったほうが楽しいんじゃ……
「よかったらお義母様もいっしょ――」
「いや、いい」「いえ、いいわ」
「えっと、わかりました。では、急いで水やりを済ませましょう!」
「ああ、そうだな」
「頑張ってねぇ〜〜」
お義母様は手を振り振り、笑顔で去って行かれた。
オスカー様はハイスピードで水やりを済ませ、テキパキとじょうろを片付けてくれた。仕事ができると聞いていたけれど、初めてする作業まで優秀だなんてエリートって凄いわね。




