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2 一石二鳥

応接室へ入ると、さっそく大人達の話が始まった。ここに来る前からほぼ話はまとまっているのだ、私に口を出すところなどない。そもそも格下の子爵家が、侯爵家の申し出を断る方が難しいのだから。


お父様も、ラングフォード侯爵があまりにも酷い人物だったら、どうにかして断るつもりだったみたい。だけど会ってみると、人が良すぎてお金を稼ぐのは下手だけれど、領民思いの善良な貴族だったという。ならば資金援助や経営の相談に乗るのはやぶさかではないし、きっと私を大事にしてくれるだろうと話を受けることにしたようなの。



大人達の話は和気あいあいと進んでいたが、オスカー様だけはずっと仏頂面だった。政略結婚が気に食わないのか、身分が違いすぎるのが嫌なのか、地味な私が気に入らないのか、それとも他に好きな人でもいるのか……どのような理由かはわからない。この婚約を嫌がっていることだけは、顔に書いてあった。


「婚約期間は半年だ。オスカーが二十二歳、ノーラ嬢が二十歳になった後、来年の三月に結婚式を行う。いいかな?」

「……はい、よろしくお願いいたします」

「ハァ……」


オスカー様は返事の代わりにため息をつかれた。納得はいっていなくても、家の事情は理解しているのね。婚約の書類にサインを促され、乱雑に書き込んだ。


前世で言えば、まだ大学生くらい。そりゃあ好きでも好みでもない女と結婚しろだなんて、反発しちゃうわよねぇ、と前世のアラサー感覚で考えた。


義理の両親となるラングフォード侯爵夫妻は歓迎してくれているみたいだし、まあなんとかなるでしょ! 私は自分の役割を果たせばいいだけだと思い、就職したつもりでラングフォード家に嫁ぐことを決めたのだった。



◇◇◇◇


結婚式の翌朝、ラングフォード侯爵夫妻は領地へと帰って行った。領地で仕事があるのと、『新婚夫婦のお邪魔になるから』という、全く必要のない気遣いのためだ。

私は初夜を拒否られた嫁だし、これからもイチャ甘な展開はなさそうですよ? とはかろうじて言わずに飲み込んで、義両親をお見送りした。オスカー様は不貞腐れているのか、朝食にもお見送りにも出てこられなかった。


領地経営はお義父様が現役でされていて、オスカー様は王都での手続きなどを一部任され、普段は王城で王太子殿下の補佐の職に就いておられる。ふ〜ん、一応エリートなんだ。結婚休暇を一週間も取らされたらしいけど、まあお飾りの妻である私には関係ないわね。


お義母様から王都のタウンハウスは私に任せると言ってもらえたし、今日から動き出しますか!

まずは、厨房へと向かった。


「料理長、ちょっとお邪魔してもいいかしら?」

「わ、若奥様! 朝食になにか不備でもございましたか?」


料理人達が焦ったような顔で集まってきた。嫁いできたばかりの若奥様がいきなり現れたら、びっくりするわよね。


「いいえ、不備だなんて。今朝のオムレツはふわとろで最高だったわ! とても気に入ったからお礼を言いに来たの」

「本当ですか! それならよかったです」


料理人達はホッとしたと同時に、嬉しそうな顔をした。気持ちよく働いてもらうには、良いところを見つけて褒めるのが大事よね。前世の新人教育で学んだことだ。


「それでね、お聞きしたいことがあって。朝はいつも、あんなにたくさん料理が並ぶのが侯爵家の普通なのかしら?」

「ああ、そのことですか。若奥様がなにを召し上がるかわかりませんでしたので、お好きな物を取れるように、色んな種類の料理を作ってみたのです」


今朝の食卓には、どこのホテルのビュッフェだよ! と心でツッコむほど、色々な料理が並んでいたのよ。あれは私に気を遣ってくれていたのね。だけど、さすがに全部は食べられなかったの。


「あのね、料理が無駄になってしまってはもったいないから、明日からはパンと卵料理とサラダとお茶かコーヒーで十分だわ」

「それだけでよろしいので?」

「ええ。それから、卵や野菜などはどこから仕入れているのかしら?」

「街の食料品店から週に二度ほど配達してもらっています」

「なるほど。野菜くずなどのゴミはどうしているの?」

「週に一度、回収業者が重さを量って持って帰ります」

「重さによって回収料金も変わるのか……」

「若奥様、それがどうかされましたか?」


料理人達が不思議そうな顔をしている。


「節約できるところからやろうと思ってるの。もちろん、あなた達のお給料を減らしたりはしないから安心して。ちょっとずつでも無駄を見つけて、経費を減らしていかなくちゃね」

「はぁ……」

「まずは、生ゴミでコンポストを作りましょうか」

「「「こんぽすと?」」」

「簡単に言うと、生ゴミを分解させて肥料を作るの。そうすれば、花壇や家庭菜園で使えるでしょう? ゴミも減って一石二鳥!」

「いっせ、なんですか?」

「すんごくお得ってこと! さすがに旦那様には、野菜の皮で作ったきんぴらや味噌汁を食べさせるわけにはいかないものね……」

「きん? みそしる?」


前世の私ならやっていたけれど、侯爵家ではそうはいかない。貴族には最低限の生活水準というものがあるのだ。ならば、見えないところで節約するしかない。


「ううん、何でもないわ。今日から、野菜くずはゴミの回収には出さずに取っておいて。あと、鶏も飼うから葉物野菜の硬い外側なんかは餌にしましょう」

「鶏も飼うのですか!?」

「ええ、毎日卵を産んでくれるわよ。鶏ふんは肥料にもなるしね。庭で野菜も育てるわ」


ポカーンとした料理人達を置いて、次は庭に出ることにした。

侯爵家は、前庭、中庭、裏庭と広大な庭を持っている。これを使わずしてどうする! 宝の持ち腐れってものよ。前庭と中庭はお客様にも見られるところだから、今まで通りお花できれいに整えてもらいましょう。


だけど、裏庭は侯爵家以外の人に見せることはまずない。使用人の独身用住居と家族用住居、洗濯物干し場、物置小屋などがあるだけで、あとはだだっ広い土地が広がっている。ん〜なんてもったいない!


私は中庭で庭師達を見つけると、声を掛けた。


「おはよう。朝から庭のお手入れありがとう。とってもきれいに花が咲いているわ。あなた達の腕がいいのね」

「若奥様、おはようございます」


庭師達が集まってくれた。十代半ばの若い人から五十代後半のベテランまで揃っている。


「昨日この家に嫁いできたノーラです。これからよろしくね」

「わしらなんかにわざわざ会いに来てくださったんで。もったいないことです」

「そんなにかしこまらないで。あのね、私も土いじりがしたいの。許可してもらえるかしら?」

「許可もなんも、若奥様のお好きなように」


一番年上の庭師が答えた。力仕事をしているからか、五十代後半でもガッチリした筋肉が付いている。


「ありがとう。前庭と中庭は今まで通りあなた達に任せるわ。私は裏庭をちょっといじりたいの。誰か手伝ってもらえるかしら?」

「裏庭をですか? あそこにゃ、花壇もなにもないですよ」

「ええ、だから鶏小屋と畑を作りたいの」

「「「畑を!?」」」

「ええ、新鮮な野菜が手に入るでしょう?」

「なら、わしが手伝いましょう。カイル、お前もこい」

「はいっ!」


一番年上の庭師が他の人達に指示を出すと、一番若い人を連れて裏庭へと案内された。


「わしは庭師のダンと言います。こいつは孫のカイル。息子もさっき中庭におりました。代々侯爵家の庭を任されておるんです」

「まあ、そうなのね。じゃあ、あなたに聞けばわからないことはないわね」

「家の中はわからんが、外のことなら任せてください」

「ふふっ、頼もしいわ。まずは鶏小屋をどこに作ろうかしら? あまりあなた達の家の近くだと、朝から鳴いてうるさいわよね」

「これだけ広いですからな。それに使用人は朝が早い、そう気にせんでも大丈夫ですよ」


そうは言っても、家畜は臭いも気になるわよね。使用人の住居からは少し離して建てることにした。

コンポストは厨房の裏口から出て、そう遠くない隅っこに。畑も使用人達の通行の邪魔にならない場所で、日当たりも考えながら作ることにした。

今日は大まかな線を地面に描いておく。


「しかし鶏小屋とは懐かしいですな」

「ダンは飼ったことがあるの?」

「むかーし子供の頃に、母方の田舎に連れられて行ったことがありましてね。そこには畑や鶏小屋があって、毎朝餌をやったり卵を採ったりしたもんですよ」

「まあ、そうなのね。カイルは? 初めて?」

「は、はい」


ひょろりとしたまだ半分子供のような男の子で、恥ずかしがり屋みたいだわ。


「じゃあ、鶏が来たら一緒に世話をしてくれる?」

「僕でいいのですか?」

「ええ、是非お願いするわ」

「若奥様から仕事をいただいたんだ。しっかりやるんだぞ」


祖父からも念を押されたカイルは、キリッとした顔で頷いた。


「コンポストとやらは端材でも作れそうですな。鶏小屋の木材は手配しておきましょう」

「ダンありがとう。じゃあコンポストを作ってしまいましょうか」


物置小屋から板の端材を取ってきて、釘を打ち四角い枠を作った。ダンが蝶番(ちょうつがい)で開閉できるフタまで付けてくれた。


「いい感じ! ここに野菜くずを入れたらいい肥料になるわ」

「若奥様、落ち葉も入れましょうか?」

「いいわね! カイル、そうしましょう」


カイルと一緒に一輪車で落ち葉を集めてきて、コンポストに入れる。上から水を掛けて発酵しやすくした。


料理人達も呼んできて、ここに野菜くずを入れるよう説明をする。


「なるほど、時間をかけて分解するんですな。目の前の畑に使えるなら無駄もない」

「茶葉やコーヒーのかすも入れてね」

「わかりました」


料理人達も感心したように頷いていた。ひとつ無駄を減らせたわね。この調子でどんどんやっていきましょう。


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