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17 鶏が来た!

午後になり、荷馬車が邸の裏門に到着したと知らせが入った。

私はいつものもんぺに着替えて、三つ編みに結って準備万端! エイダと裏庭へ出ると、すでに庭師達が集まっており、旅の疲れなどなかったかのような元気いっぱいの双子達とハリーも待っていた。


「子ども達はお昼寝しなくていいの?」

「ええ。こんな機会はめったにありませんから、見せてあげたくて」


そう言うシッターのサマンサも、もんぺ着用で準備万端だった。


「おーい、鳥かごを下ろすぞ。男は手伝ってくれ」

「俺も手伝おう」

「「「若旦那様!」」」


いつもよりラフな格好をしたオスカー様が、家令のスコットと一緒に腕まくりをしながら歩いてくる。まさかオスカー様が来るとは誰も思っていなかったので、皆びっくりして固まってしまった。えっ、なんで来たんだろう。

最初に我に返ったダンが、オスカー様に確認をする。


「坊っちゃん、鶏ですよ?」

「かまわない。ほら、どこに運べばいいんだ?」


一部が金網張りになった木箱に鶏が二羽ずつ入っているみたい。それを軽々と持ち上げたオスカー様は、庭師に案内され鶏小屋に入っていった。他の庭師達も、木箱を抱え次々と小屋の中へ運び入れていく。


「若奥様、これで全部です。開けてもいいですかい?」

「ええ、ダンお願いするわ」


ダンが木箱のフタに打ち付けられた釘を抜くと、中から雌鶏がぴょこっと頭を出した。


「わあ! にわとりさんだ!」

「すごい! 絵本とおなじだね!」


子ども達も、金網の向こう側から歓声を上げている。王都生まれ王都育ちだと、鶏を見る機会なんてなかなかないわよね。


「意外とデカいんだな」


おっと、ここにも都会っ子がいたわ。オスカー様も学校に通い始めた年からはほとんど王都暮らしだと、お義母様からも聞いている。


「気を付けてくださいね。鶏に舐められるとくちばしで突かれますよ」

「え゛!」

「ふふっ、本当ですよ」

「き、気を付けるよ」


オスカー様は一歩後退りしたけれど、部屋に戻るでもなく庭師達が箱から鶏を出すところをジッと眺めていた。


「若奥様、これはオマケだそうです」

「なにかしら?」

「コケーーー!!」

「わあ、びっくりした! 雄鶏も一羽入れてくれたのね」

「ああ、そのようですな。これなら、ひよこも産まれて数も増える」


ダンの『ひよこ』という言葉に、子ども達が目をキラーンとさせて反応した。


「ひよこ? あの黄色くてかわいいやつ?」

「そうよ〜、フワフワのひよこが産まれるといいわね」

「「「やったあ!」」」


金網の向こう側は大騒ぎだ。そうかぁ、子ども達はひよこも初めてかぁ。


「ひよこ……」


うしろでボソリと声が聞こえた。そっと振り返ると、オスカー様がパァっと喜色を浮かべている。おや、こちらの都会っ子も楽しみなのかしら?


「旦那様、ひよこが産まれるといいですわね」

「へえっ? ああ、そうだな」


突然話し掛けてしまったからか、オスカー様の声がひっくり返った。案外、かわいいものが好きなのかもしれないわね。


「クククッ」

「なんだスコット」

「いいえ、なんでもございません。それより旦那様、若奥様とお茶でもいかがですか?」

「それがいいですわ! 若奥様、そろそろお茶の時間ですし」


スコットとエイダが、夫婦でやたらとお茶を勧めてくる。ふたり並んで圧がすごい。


「でも私、まだ鶏のお世話が――」

「若奥様、あとはワシらにお任せください」

「水もエサもやっておきますんで」

「さあさ、子ども達もお昼寝にしましょうね〜」


なんなのだ、この強制的に解散の流れは。せっかくもんぺにも着替えたし、もう少しここにいようと思っていたのに。

オスカー様も変な咳払いをして言った。


「ん゛ん、ノーラお茶にしようか」

「はあ……」

「では若奥様、先にお着替えを! スコット、あとで若奥様をご案内しますわ」

「わかった、御家族用の居間へ頼む」


この夫婦、あうんの呼吸で仕事が早いわ。私はエイダから私室へと連行され、かわいらしいワンピースに着替えさせられた。このままでいいと言うのに、なぜか髪までハーフアップに結い直されてしまった。化粧直しまでしようとしたエイダに、さすがにストップをかける。


「そこまでしなくてもいいと思うわ。地味子は何をしても変わらないわよ」

「いいえ! 前にも申しましたが、若奥様は地味ではありません!」


ふんすとエイダの鼻息も荒い。慰めてくれるのはありがたいけどさぁ……


「旦那様もお待たせしているし、ね?」

「男など待たせればいいんです!」


エイダも意外と頑固だわ。もう諦めて全てお任せすることにした。


「できましたわ。軽くお直ししただけですけれど、若奥様はお肌がおきれいですから、あまりいじらなくても十分お美しいですわ」

「いや、美しいって……」


この程度じゃ変わらんでしょ〜と思いながら鏡を見た。ものの五分ほどで終わった化粧は、心なしか目元がぱっちりしたように見えた。あれ? 少しはマシになった?


「エイダありがとう。行きましょうか」

「はい、若奥様」



◇◇◇◇


「若奥様をご案内しました」

「入ってくれ」


エイダが扉をノックすると、中からオスカー様の声がしてスコットが扉を開けてくれた。


「お待たせいたしました、旦那様」

「うっ、ああ、ええと」

「旦那様?」


なんだか顔の赤い挙動不審なオスカー様が、入口まで迎えに来てくれた。


「ノーラ、ここに座って」

「ありがとうございます。えっ?」


三人掛けのソファまで案内されて座ると、なぜかオスカー様まで隣に座られた。てっきり向かい合って座るかと思っていたのに、これは想定外だわ。

しかも妙に距離が近い。拳ひとつ分くらいしか間が空いていないんじゃないかしら。


「失礼いたします」


執事のローガンとベテランメイドのヘザーが、私達の前にお茶とお菓子を用意してくれた。


「ありがとう」


お礼を言うと、ふたりは微笑んで壁際に下がり控える。

それにしても、こんなに隣が近すぎるとお茶も飲みにくいわよね。私はそろりとテーブルのティーカップを手に取り、そのタイミングで拳三つ分の間を空けた。


んが! オスカー様もティーカップを手に取るタイミングで距離を詰めてきた。また拳ひとつ分の距離に戻る。なんだこれ? 距離感がおかしくない?


「えっとー、お菓子をいただいても?」

「ああ、俺が取ろう」


オスカー様はひと口サイズのタルトを手に取ると、小皿に入れて……くれない。なぜかそのまま私の目の前に差し出す。


「旦那様? このお皿に入れてくだ――」

「君の手が汚れるから、ほら、食べて?」


何を言ってるんですかこの人ーー!! 誰か止めてくださいー! 初夜でお飾りの妻にすると言ったも同然の夫から、バカップルみたいな『あーん』をさせられようとしているんですけど!

小皿を手に持った私と、真顔でタルトを突き出し一歩も引かないオスカー様。誰か助けて……


助けを求めてエイダ達の方をチラッと見ると、みんな下を向いて肩をぷるぷると震わせている。いや、みんな笑ってるし! やっぱり変なのね? 普通は夫婦でもこんなことはしないのよね?

どうしよう、たぶんこのままじゃいつまで経っても終わらないわ。仕方がない、私は覚悟を決めてタルトにかぶりついた。


「美味しいか?」

「はい、おいひいれふ」


「ぶーーっ」


あ、スコットが吹き出したわ。うしろを向いて肩を震わせている。もういいわ……笑うなら笑いなさいよ。

オスカー様は満足気な笑みを浮かべて、お茶をひと口飲んだ。よくわからない事態になっているけれど、お菓子は文句なしに美味しかった。



◇◇◇◇


「若旦那様」

「なんだスコット」

「ご機嫌ですね」


ここはオスカーの執務室。ノーラとのお茶を終えて、オスカーとスコットが戻ってきたところだ。オスカーはフンフンと鼻歌を歌っている。


「どうだった? 少しは、彼女との距離を縮められただろうか?」

「ああ、はい。たぶん?」

「なんで疑問形なんだ」

「なんというか、距離ってそういう意味じゃ……おもしろかったからいいか」

「なんだ?」

「いいえ、なんでもございません。その調子で頑張ってください」

「おう!」


オスカーは変な自信をつけたようだ。そして何かを思い出したように、頬を赤らめる。


「あいつ、意外とかわいかったんだな……」

「何を言ってるんですか。若奥様は、最初からかわいかったですよ。男が十人いたら、九人はかわいいって言うでしょう。残りのひとりは若旦那様ですけど」

「うっ……なんかごめん」

「それは若奥様に言ってください! かわいいと思ったら『かわいいよ』って伝えないと、まだまだあなたの印象は最悪ですからね」

「そうなのか!?」

「当たり前でしょう」

「そうか……挽回できるよう努力するよ」

「そうしてください。白い結婚は嫌なんでしょう?」

「絶対に嫌だ!」

「じゃあ、ちゃんと若奥様のいいところを見つけて褒めること。いいですね?」

「わかった」


オスカーは年上の幼馴染からのアドバイスに、素直に頷くのであった。


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― 新着の感想 ―
距離詰めようとする前に、まずは謝罪では? その辺できないオスカーがひたすらキモい
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