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16 初めての贈り物

「オスカー坊っちゃん」

「いやもう、お前わざとだろ?」

「失礼いたしました、若旦那様。エイダから速達が届きまして、明日の昼頃こちらに若奥様が戻られるそうです」

「なに!? 本当か! ハァ、よかった……」

「若奥様は、あちらに残りたそうにしていたらしいですけど」

「えっ? そうなの?」


オスカーは少し焦ったように家令のスコットへ聞き返した。


「そりゃあそうでしょう。エイダが言うには、領地でレモンやオレンジを使った新商品を開発し、工場の従業員達の心もあっという間に掴んだそうです。それに奥様と孤児院へ行き、子ども達からも大人気だったそうですよ」

「そ、そうか」

「それに、旦那様や奥様ともすっかり打ち解けられ、実の娘のようにかわいがられていたと。それはそれは、楽しくすごされていたそうです」

「ノーラは、人を魅了する魔法でも使えるのか?」

「魔法なんてあるわけないでしょう。若奥様の天性のものですよ」


スコットはジトリとした目で主人の顔を見た。


「俺は、彼女のどこを見ていたんだろうな……」

「『どこも見ていなかった』が正しいですね」

「ぐぅ」


幼馴染だけあって、スコットは容赦がない。オスカーは胸を押さえて唸るしかなかった。


「だいたい、なんです? 妻への手紙がたったの一枚だなんて! ありえませんよ!」

「ん? 手紙が一枚ってまずいのか?」

「エイダが『あんなペラペラの手紙は初めて見た』と書いておりました。しかもたったの一行! あ〜ありえない!」

「じゃあ、お前は何枚くらい書いているんだ?」

「私? 先日は二十枚ほどですかね。折り畳んで封筒に入れたら、ギリギリ封ができましたが、本当はもっと書きたかったですよ」

「いや、それもどうなんだ」


極端なふたりである。足して二で割るとちょうど……二で割っても多いか。


「いきなりそこまでやれとは言いませんが、せめて一言くらい愛の言葉を書くべきです!」

「あ、愛の言葉って……書いたじゃないか」

「なんと?」

「だから、『帰っておいで』と」

「そんなのわかるかぁ!」


スコットは、執務机をドンッと拳で叩いた。オスカーは勢いに押されビクッと肩を揺らす。


「そんなの、愛の言葉に入らないんですよ! かわいいとか好きだとか愛してるとか……まだそれが言えないなら、せめて仲良くなりたいという意思表示はしないと!」

「そんなの、わかってるよ……」


オスカーはしゅんと俯いた。イケメンのくせに童て――真面目すぎるゆえ、顔目当て家柄目当てに近寄ってくる女性達をバッサリ切り捨て、適度なお付き合いすらしてこなかったツケが回ってきていた。手紙のやり取りすらしてこなかったのだ、ラブレターの書き方がわからないのも無理はない。


「それと、もう少し愛想よくしてください。でないと、いつまで経っても距離は縮まりませんよ」

「わかってるよ。距離を縮めたらいいんだろう!」

「本当にわかったのかなぁ……」

「信用がないな」

「これまでの流れでどこに信用できる要素が?」

「うっ」



◇◇◇◇


「みんな、ただいま! 留守の間、何もなかったかしら?」

「「「おかえりなさいませ、若奥様」」」


一週間ぶりの王都の侯爵家、少し前までよそ様のお宅って感じがしていたけれど、なんとなく『帰ってきた!』って感じがするわ。もうすっかりここが私の家になっているのかも。

一週間ぶりに会った双子達に抱きつかれながら、家令のスコットがホクホク顔で報告してくれる。


「若奥様、今日の午後に鶏が届くそうです」

「ありがとう! 裏庭の畑もどうなっているか気になるわ。少しのぞいてこようかしら」


「ノーラ」

「ん?」


そのまま使用人用の裏口へ向かおうとしたとき、うしろから声を掛けられた。誰かしら?


「旦那様! こんな時間にどうされたのですか? 今日のお仕事は――」

「城の仕事は休みだ。それより、お、おかえり」

「ふえっ? あっ、ただいま戻りました」


オスカー様がおかえりですって! もしかしてわざわざ玄関まで出迎えに来てくれたの? やだ、天変地異の前触れかしら? 午後から鶏が来るのにゲリラ豪雨にでもなったらどうしよう。


「その、昼食を一緒に食べないか」

「お昼をですか? ええ、旦那様がお嫌でなければ……」

「嫌じゃない! そんなことはないから」

「はあ……では少し裏庭の様子を見たいので、その後でもよろしいでしょうか?」

「ああ! 俺も一緒に行ってもいいか?」

「えっ、裏庭の畑ですよ?」

「次期当主として、邸のことは把握しておきたい」

「そういうことですか。わかりました、こちらです」


私はオスカー様を裏口へ案内しようとした。そもそも、邸の次期当主を使用人用の裏口へ連れて行っていいものなのかわかんないけど。

だけど、オスカー様が歩き出さない。どうしたのかしら?


「旦那様?」

「ん、」


左肘を突き出して突っ立っている。この人、やたら姿勢がいいわね。


「若奥様、若旦那様はエスコートをしようとなさっているのですわ」

「ええっ! まあ、気付きませんで失礼いたしました」


エイダがこっそり耳打ちをしてくれなかったら、ずっとこのままだったわ。まさか、裏庭へ行くのにエスコートをされるとは思いもしなかったし! 結婚式ですら、現地集合(父に礼拝室までエスコートされる)、現地解散(そのままぞろぞろと食事会の部屋へ移動、私だけ一旦着替えのため侍女と別室へ)だったのよ。


私はオスカー様が差し出した腕へ手を掛けた。なんとなく、緊張してる? 腕に力が入っているわ。私はオスカー様に声を掛けた。


「旦那様、参りましょうか」

「そうだな」


ゆっくりと廊下を歩き裏庭へと続く扉を開けると、久しぶりの顔が揃っていた。


「ダン! カイル! ただいま」

「若奥様、おかえりなさいませ。おや、坊っちゃんも一緒ですかい」

「坊っちゃんて言うな」


坊っちゃん……やだ、こんなオスカー様を初めて見たわ。イケメンは口を尖らせて拗ねてもイケメンなのね。


「ふふっ、坊っちゃん……」

「昔からいる使用人は、なかなか癖が抜けない。いい加減やめろと言っているんだが」

「いいんじゃないですか? 仲がよさそうで」

「そうか……」


思わず笑ってしまったけれど、オスカー様は機嫌を損ねることもなく、照れくさそうに笑った。この人、こんな顔もできるのね。

私がボケーッとその顔に見惚れていると、ダンから話し掛けられた。

 

「若奥様、申し訳ねぇ。畑の方がまだ終わっておりません」

「大丈夫よ、明日から私も手伝うし。他の仕事が忙しかったの?」

「それは、俺が頼みごとをしたからだ」


オスカー様が庭師に頼みごと? お庭に花でも植えたのかしら。


「ノーラ、こちらに来てくれ」

「はい」


オスカー様のエスコートで裏庭から中庭へと移動すると、庭のあちらこちらに土を掘り返したような跡があり、若い苗木が植わっていた。


「これは……?」

「ダン達に頼んで植えてもらったんだ。すべて果実が生る木だ」

「えっ?」

「君が手紙に書いていただろう? 『王都の邸の庭に、レモンやオレンジの木はあるのか』と。実は一本もなかったんだ」

「手紙……読んでくれていたのですね」

「あ、ああ、まあな。それで、収穫をしてみたいと書いていたから、他にも色々と植えてもらったんだ」

「まあ、わざわざ申し訳ありません」


私があんなことを書いたから……ワガママな嫁だと思われちゃったかしら。


「違うんだ、俺が植えたかったんだ。その、君への贈り物として」

「贈り物、ですか?」

「きっと、ドレスや装飾品より喜ぶんじゃないかと思って」

「ええ! 実がなる木は大好きですわ!」


だって、花を楽しんだ後に実も食べられるのよ? 最高じゃない!


「よかった! 何が好きかわからなかったから、ダン達と相談して色々と植えてみたんだ。あれがレモンとオレンジ、あれがあんずとスモモ、こっちのはさくらんぼ、イチジクやベリー、りんごもあるぞ」

「まあまあまあ! 果物狩りし放題じゃないですか! 素敵!」

「そ、そうか」

「はい! 旦那様、ありがとうございます。木が大きくなるのが楽しみです」

「実が生ったら、一緒に収穫しよう」

「はい!」


オスカー様、意外といい人かも? 数年後には、ここが果樹園になっているかもしれないわ。嬉しくて嬉しくて、昼食でも果物について早口で語ってしまった。すべて聞き取れたかわからないけれど、まあいっかー!


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