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15 少しは見習え

お茶をひと口飲むと、私はお義母様にお願い事をしてみた。


「ところでお義母様、私どこかのお茶会に行きたいのです」

「お茶会? それは構わないけれど、あなたあまり社交が好きそうに見えないわよ?」

「ええ、たしかにそうなんですが……せっかくなので、色んな方にレモンピールやマーマレードを紹介したくて」

「そういうことね! それならいい人がいるわ。私の学生時代からのお友達に、フィップス侯爵夫人がいるの。彼女は社交界でも顔が広いし、私の義娘なら良くしてくれるはずよ」


おお! さすがは侯爵家、交友関係も高位貴族なのね。


「お茶会を開くときにはノーラちゃんにも声を掛けてくれるよう、お手紙を書くわね」

「ありがとうございます! でも、私のマナーは高位貴族のお茶会でも通用するでしょうか? ラングフォード家の者として恥を晒すわけには参りませんので――」

「あら、とてもきれいな所作をしているわよ。きっとお母様のご指導がよかったのね」

「よかった、ありがとうございます」


うちのお母様は、今は子爵夫人だけれど生まれは伯爵家なのだ。ギリ高位貴族と言えなくもない。そんな母が『どこで役に立つかわからないから』と、下位貴族の娘である私にも徹底的にマナーを教え込んでくれた。

畑や山に行ってばかりで役に立つ日が来るのかしら? と疑問に思っていたから、まさか高位貴族に嫁ぐとは思ってもみなかった。ほーんと、人生何があるかわからない。お母様には感謝ね。



そんなことを考えていると、お義父様から話を振られた。


「ノーラちゃん。ジャムのラベルのことだが、なにか希望はあるかい?」

「そうですね、貴族向けと庶民向けの商品でラベルを変えるのはどうでしょうか」

「というと?」

「商品の見た目って、とても重要だと思うんです。中身は同じなのに、パッケージで売れたり売れなかったり……値段は同じで構いませんので、庶民向けは手に取りやすいレモンの絵かなにかをラベルに描く。貴族向けは少しオシャレな見た目にして、ブランド名で特別感を出すとか……ラングフォードの名を書くといいかもしれませんね」


「ふむ、たしかにな。貴族は高級感のある方が人気が出るだろうし、逆にそれだと庶民は手に取りづらい。うん、一理あるよ。レモンピールの箱も含めて、少し私の方で考えてみよう」

「よろしくお願いいたします」



ジャムの話題も一区切りしたので、視察に行った梅林公園の話をすることにした。


「先ほど梅林公園に視察に行ってみましたが、あれほどの梅の木を植えられるなんて、前侯爵様は愛妻家だったのですね」

「そうだな。ちょっと極端なところはあるが、間違いなく愛妻家だったな」

「極端……ですか?」

「だって、いくら梅が好きでも庭に一、二本植えれば十分だろう? あんな公園になるほど植えなくても……母は清廉な人だったから物をねだることもなく、父は余計に暴走したのかもしれない」

「ふふっ、たしかに。だけど少し羨ましいですわ」


妻を喜ばせようと、好きなものをあんなにたくさん集めてくれるなんて、愛がなくちゃできないもの。望まれない妻の私には、縁のない話ね……おっと、こんなことを考えても仕方がないわ。



「そうだわ。お義父様、梅の実も全部使っていいですか?」

「ああ、誰も欲しがらないからノーラちゃんが好きにしていいよ」

「ありがとうございますっ!」

「次は何を作るのかしらね。楽しみだわ」


梅の実を何に使うのか、お義父様達にも話しておこう。また材料も準備してもらわないといけないもんね。私は梅の使い道をお義父様達に説明した。


「ああ、それでいいなら手配しておこう。しかし、梅がそんなものになるとはね」

「昔、使用人が多かった頃に使っていた使用人棟も、今は使っていなくて誰もいないわ。あそこも使えるよう手配しておくわね」

「お義父様お義母様、ありがとうございます! 私は一旦鶏や畑のために王都へ戻りますが、また梅の実が生る頃に戻ってきますね」

「ええ、いつでも帰ってらっしゃい。フィップス侯爵家から連絡があれば、すぐに知らせるわね」

「はい、お願いいたします」



◇◇◇◇


翌朝、侯爵家の人達に見送られ領地を発つことになった。使用人達、特にエイダの両親やスコットの両親達は少し寂しそうな顔をしている。


「若奥様、孫に会わせてくださってありがとうございました」

「おまけに子守をする役目までくださるなんて! 幸せな時間でございました」


二年ぶりに双子達に会ったというエイダの両親は、目を潤ませて私にお礼を言った。最初は双子達と一緒に行けたら楽しそうだなと、単なる思い付きだったけれど……こんなに喜んでもらえたならよかったわ。


「また、梅が生る頃に戻ってきますからね」

「「「お待ちしております」」」


見送る人達に手を振り、馬車は王都の邸へと向かって走り出した。


「それにしても若奥様、あんな手紙一枚でよく帰る気になりましたね」

「へ? だって鶏がくるのよ? そりゃあ帰るでしょ」

「そうではなく、もっとこう……あーほんとに! 少しはスコットを見習いやがれですわ!」


ど、どうした? エイダが珍しくイラ立った様子で、手元のバッグを漁った。


「これです!」

「それはスコットからの手紙? 分厚っ!」


すごいわ、何枚紙を入れたらあんな厚みになるのかしら? ギリギリ封ができたって感じの厚みがあるわ。


「一応聞くけど、厚紙を使ったとか手紙以外の物が入っているわけではないのね?」

「正真正銘、普通の便箋ですわ。ただ、枚数が尋常じゃないだけで」

「お、おう」


いったい何を書いたらそんな厚みになるの……? エイダだけじゃなく双子達まで連れてきてしまったから、私への恨み言だったらどうしよう。


「なんか、ごめん」

「なんで若奥様が謝るんですか? ただのラブレターですわ」

「ファ〜〜」


ラブレターって、普通あんなに分厚いの? わからない! もらったことがないから、わからないわ!

前世なんて、手紙じゃなくてメールでヒョイっと送れちゃってたし。いや、そんな熱烈長文メールももらったことがないけど。


「まあ、スコットはちょっと重いんですけどね」

「ちょっと……?」

「とにかく、妻への手紙にはもう少し愛の言葉くらい書けってことですよ」

「はあ、愛の言葉ねぇ」


オスカー様は私に愛などないから、業務連絡のみになるのは仕方がないと思うのよ……というか今気付いたけれど、あの手紙がオスカー様から初めてもらった手紙ってことになるわね。

初めての手紙が鶏か。これ、お返事はいらないわよね?


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