14 孤児院の子ども達
今日は朝からエイダに手伝ってもらい、冷凍していたアイスボックスクッキーをすべて焼いた。
使用人達にも試食してもらいたいから半分は邸で食べてもらって、半分は孤児院への差し入れにする。
バスケットにクッキーを詰めて準備万端! お義母様と共に街の孤児院へと向かった。
馬車が到着すると、扉を開け出迎えてくれたのは五十代くらいのおふたり。
「奥様、それに若奥様もようこそいらっしゃいました!」
「マシュー、モニカ、久しぶりね。この子がうちのオスカーのお嫁さんよ」
「はじめまして、ノーラ・ラングフォードです」
「若奥様、お会いできて嬉しゅうございます」
私が行くことも伝えられていたのか、管理人夫妻は歓迎してくれた。
「この孤児院はね、管理人の夫婦が子ども達と一緒に家族のように暮らしているの」
「私達の子どもは、もう独立しましたからね。またかわいい子ども達を育てることができて幸せですよ」
モニカが人の良さそうな笑顔を見せた。きっと子ども達にも慕われているんだろうな。モニカにクッキーの入ったバスケットを渡すと、『子ども達が大好きなんですよ』と喜んでくれた。
「さあ、子ども達のところへ案内しましょう」
マシューに連れられ、子ども達が勉強しているという部屋へ通された。そこには大きなテーブルがひとつ置かれ、十人ほどの子ども達が向かい合って座っていた。
下は五歳くらいから、上は十二、三歳くらいの子ども達だ。それぞれ絵本を開いたり、ノートに文字を書いたりしている。
「あっ、ラングフォードの奥様!」
「奥様だー!」
「みんな、元気にしていたかしら?」
お義母様の姿に気付いた子ども達が、いっせいに駆け寄る。お義母様ってば、大人気ね! みんな口々にお義母様に話し掛けているわ。
そんな様子を和むわぁと眺めていると、私のスカートが引っ張られた気がした。ふと下を見ると、小さな女の子が不思議そうに私を見ている。
「こんにちは、私はノーラよ」
しゃがんで女の子と目線を合わせると、ニコリと笑ってくれた。かわいいっ!
「さあさ、みんな奥様方がおやつを持ってきてくださったわよ」
そこにモニカがクッキーを載せたお皿を持って現れる。子ども達は急いでテーブルの上を片付けると、お行儀よく席に着いた。
「そのクッキーは、このノーラちゃんが作ったのよ。うちのお嫁さんなの、みんなよろしくね」
「「「はーい! ありがとうございます」」」
子ども達はお礼を言うと、さっそくクッキーに手を伸ばす。
「おいしい!」
「なにか入ってるね。オレンジ?」
「オレンジだ! オレンジのクッキーなんて初めて食べたよ!」
子ども達にも好評みたい。よかったぁ〜。
「あなた、これ」
「あぁ、そうだな」
子ども達を見ながらほわほわ癒やされていると、マシューとモニカが目線を合わせて頷き、私に問いかけた。
「若奥様、このクッキーの作り方を教えていただけませんか?」
「クッキーの作り方? ええ、いいですよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
管理人夫妻がやけに喜んでいる。クッキーなんてそんなに珍しくないのにね?
「年に数回、孤児院でバザーをするんですがこれと言って売りがなくて……でもクッキーなら子ども達も手伝えますし、この辺りで特産のオレンジを使っているのもいい」
「オレンジをそのまま絞って入れてもベチャッとしますよね? これはなんですか?」
「昨日、レモン工場で試作したオレンジのジャムですよ。商品化を進めていますから、こちらにも分けてもらえるようお義父様にお話しておきますね」
「それはありがたい!」
「レモンの皮を使った新商品も開発中だから、それもクッキーに合いますよ」
「ますますいい! レモンもオレンジもこのラングフォード領の特産ですからな」
地元のレモンやオレンジも買い取れて、捨てる皮も消費できて、工場は新商品が売れて、孤児院は目玉商品が生まれる。これは一石何鳥なのかしら!? もう、こういうの大好き!
「フフッ、フフフッ」
「やだ、また若奥様の様子がおかしいわ」
「だんだん、この子の性格がわかってきたわ。きっとまた商売のことを考えているのよ」
エイダとお義母様がコソコソと小声で話す。全部聞こえているんだからね!
「若奥様、クッキー美味しかった!」
「ありがとう! お礼にお庭を案内するよ!」
おやつを食べ終わった子ども達が、私の手を引いて庭まで案内してくれた。こじんまりした庭の花壇には、季節の花が植えられていた。
「あら、きれいなお花ね。あなた達が手入れしているの?」
「うん! みんなでお花を植えているんだ」
「もう少し前だったら、梅も咲いていたんだけどなぁ……」
「梅ですって!?」
「び、びっくりした!」
ごめん、思わず大きな声が出てしまったわ。だけど今、間違いなく梅って言ったわよね?
「あら、ノーラちゃんは知らなかったの? ラングフォード領は梅の花の名所でもあるのよ」
「お義母様、では梅の実も生りますよね? 実はどうしているんですか?」
「梅の実には毒があるから……完熟しても酸っぱいし、食べる人はいないわね」
「んもったいないっ!!」
「若奥様の『もったいない』が出たっ」
エイダにツッコまれたけど、本当にもったいないんだもの! たしかに青梅は毒があるけれど、加工すればちゃんと食用になるのに。梅干しとか梅酒とか梅ジャムとか……前世でも、毎年お隣のおばあちゃんの手伝いをしたものよ。
「梅の名所ってどこですか? 視察に行きたいです!」
「そ、そう? では、午後からエイダに案内してもらうといいわ」
「ありがとうございます!」
やったわ! まさか梅の実が手に入るなんてね。私はホクホク顔で髪を三つ編みに結ってもらい、午前中いっぱいは思いっきり子ども達と遊んだ。管理人夫婦にもアイスボックスクッキーの作り方を教え、バザーで自由に売ってもらって構わないと伝えた。
「若奥様、また遊ぼうね」
「もちろん! 領地に帰った時は必ずみんなに会いに来るわ」
すっかり子ども達と仲良くなった私は、また会いに来ることを約束した。
◇◇◇◇
馬車に揺られ連れてこられたのは、その名も『ラングフォード梅林公園』。侯爵家が管理する公園だ。
「前侯爵様……旦那様のお父様が、梅が好きな奥様のために植えられたそうですよ」
「まあ、ロマンチックね。妻の好きな花を贈るだなんて」
「おふたりが亡くなられたあとは公園にして、花の季節になると領民にも開放されているんです。みんな梅の花を楽しみにしているんですよ」
「じゃあ、花の季節以外は誰も来ないと……」
「ええ、そういうことです」
それは好都合かもしれない。完全な私有地だし、梅の実も侯爵家が取り放題ってことね。
「フフッ、グフッ」
「ノーラさまがへん!」「へん!」
「大丈夫、そのうち慣れるわ」
公園に行くということで、双子達も一緒に連れてきている。広い公園内には梅を見て歩くための遊歩道があり、所々にベンチが置かれていたり、小さな東屋が作られていたり、ちょっとしたピクニックにもよさそう。双子達はキャッキャと走り回った。
「エイダ見て! 小さな梅の実が」
「本当ですね。でも毒があるのにどうするんですか?」
「ちゃんと加工すれば毒は抜けるの。実が生る頃にまた来なくちゃ! いや、それまでここにいるのもいいかもしれないな……」
「う〜ん、若旦那様が空気だわ」
「なあに?」
「いえ、それもありかもしれませんね。少しは反省させないと!」
「反省?」
なんだかエイダの鼻息が荒い。しばらく見て回ると双子達も走り疲れたみたいなので、お茶の時間に間に合うよう帰ることにした。
◇◇◇◇
午後のお茶の時間、お義父様お義母様と一緒にお茶を楽しんでいると、家令がトレーを手に近付いてくる。
「若奥様、お手紙が届いております」
「まあ、私に? どなたかしら」
「若旦那様からでございます」
「えっ?」
オスカー様が私に手紙を? なにかの間違いじゃないのかしら。そう思いながら手紙を受け取り裏返すと、ラングフォード家の家紋の封蝋がされたオスカー様からの手紙だった。
「まあ、オスカーが? ノーラちゃんがいなくて寂しくなったのかしら」
「それはないかと……」
私はペラペラの封筒をペーパーナイフで開け、一枚だけ入っていた手紙を読んだ。
『我が妻ノーラ
一週間後に鶏が届くそうだ。帰っておいで。
オスカー・ラングフォード』
「頼んでおいた鶏が届くそうです。私、王都の邸に帰らなくちゃ!」
「に、鶏? オスカーの手紙はラブレターじゃないの?」
「そんなわけないじゃないですかぁ〜! ただの業務連絡ですよ」
「業務連絡……」
あら、お義父様とお義母様がガックリと項垂れていらっしゃるわ。
「あいつは、私の父に似て頑固で生真面目すぎるところがある。仕事はできるんだが、色恋の面がなぁ……」
「妻への手紙が鶏のことだなんて……育て方を間違えたかしら」
「ノーラちゃん、あいつは真面目だから浮気とかはしないと思うんだ。父もわかりにくいが一途だった。どうか長い目で見てやってくれないか?」
「え? はい」
そうよね、生真面目で浮気をしない質だから、初夜でも恋人(仮)に操を立てて望まない妻へ釘を刺したんだわ……『愛を期待するな』って。
「わかっておりますわ、お義父様。私、ちゃんと弁えてますから」