13 オレンジ
翌日の午前中は、お義父様の領地経営のお仕事を見せてもらったり、お義母様の領主夫人としての活動も教えてもらった。ラングフォード領では孤児院も運営しており、お義母様はそちらの責任者もしていらっしゃるとのこと。今回の滞在中に案内すると言ってくださったので、子ども達に会えるのを楽しみにしているのだ。
お義父様お義母様ともじっくりお話ができたので、すっかり仲良しになり、いつの間にか私のことも『ノーラちゃん』呼びに変わっていた。
「息子なんてね、思春期に入った頃から母親の相手などしてくれなくなっちゃうの。おまけにうちは一人息子でしょう? だから、ノーラちゃんみたいな娘ができて嬉しいの!」
「ありがとうございます。私もお義母様と仲良くなれて嬉しいです!」
これは本心よ。前世でも今世でも、世の中嫁いびりが珍しくないのに、お義父様もお義母様もとても優しくしてくださるんだもの。むしろ夫よりも仲良くなれた気がするわ。
これはこれで幸せかもしれないわね。夫はビジネスパートナーと割り切ればいいんじゃない?
「領地の居心地がよすぎて、王都に帰りたくないなぁ……」
「んまあ、なんてかわいいことを……ノーラちゃん、ずっといてもいいわよ!」
「ふぐぅ」
お義母様からギュウギュウと抱きしめられた。嬉しいけど、苦しいです……
◇◇◇◇
午後からは、またレモン工場へ試作品を作りに行った。もちろん、お義父様とエイダも一緒である。従業員のおかみさん達には、また昨日の調理場に集まってもらった。
「若奥様、うちのオレンジを持ってきましたよ」
「あら、皮もきれいだし、それに香りもいいわね。ありがとう」
昨日手を挙げたおかみさんが、木箱にいっぱいのオレンジを持ってきてくれていた。
「いや、うちも今まではそのまま出荷するだけだったから……昨日みたいに加工できるなら、うちのオレンジももっと売れるんじゃないかと思いましてね」
「そうね。試してみてよさそうだったら、きっと侯爵家が買い取ってくれるわ。そうですわね、お義父様?」
「そうだな。レモンだけじゃなく、オレンジも商品にできるなら買い取らせてもらうよ」
「よし! 若奥様、何をすればいいですか?」
オレンジを持ってきてくれたおかみさんは、腕まくりをして俄然張り切りだした。
「まずは皮をよく洗いましょうか。レモン工場と同じ要領でいいわ」
ここには農薬はない。けれど外で生っていたらそれなりに汚れも付着しているし、まずはそれを洗い流す。おかみさん達は慣れた手付きでオレンジを洗った。
皮にクシ型の切り目を入れて剥き、ワタを取り除く。ワタが取れたら、皮を食べやすい長さで薄切りにしていく。これを三回茹でこぼすのは、昨日と同じだ。おかみさん達もだんだんと慣れてきたみたい。
茹でた皮を水に晒している間に次の作業、実を薄皮から剥いていく。
「薄皮と種は取っておいてね。あとで使うから」
「はあ、種まで……若奥様の『もったいない』は徹底しているんだね」
「あら、これは絶対に必要なのよ? ないとこのジャムは作れないわ」
大人数で剥けば、そう時間もかからない。おかみさん達ともだんだんと打ち解けてきた。十歳ほど歳が離れているけれど、前世ならば同年代くらいなのだ。
おかみさん達のおしゃべりは絶好調だ。旦那さんのグチにはまだ参加できそうにないけれど……そのうちわかる日がくるかもね?
実を剥き終わると、水気を絞った皮と合わせて重さを量る。長期保存が出来るよう、砂糖は多めにしよう。
「さあ、煮るわよ!」
鍋に皮と実、果汁も全て入れ火にかける。そしてこれが重要! 先ほど取っておいた薄皮と種をガーゼで作った袋に入れ、鍋に投入!
「それはさっきの……」
「ええ、これを入れるとジャムにとろみがつくのよ」
「「「へぇ~」」」
これも前世、お隣のおばあちゃんに教えてもらったことだ。アクを取りながらしばらく煮ていく。
「若奥様、瓶を消毒しましょうか?」
「ええ、ありがとう。お願いするわ」
先ほどのおしゃべりで、おかみさん達は毎年ベリーのジャムは作ると言っていた。だったら瓶の煮沸消毒は任せて大丈夫ね!
その間にガーゼ袋を取り出し、砂糖を三回に分けて加えていく。ん〜オレンジのいい香り!
このマーマレードで何を作ろうかな。パンにそのまま塗るのはもちろん、焼き菓子に入れたり、お肉料理にも合うのよね。クラッカーにクリームチーズと合わせて塗っても美味しいの。あとは、さつまいもとも合うから……
「うふっ、ぐふふ」
「やだ、若奥様が壊れたわ!」
ハッ、いけない。妄想料理に耽っていたら、エイダを不安にさせてしまった。
「大丈夫よ。ちょっと楽しくなっただけだから」
気付くとマーマレードはほどよいとろみがついていた。うん、よさそうね!
おかみさん達は煮沸した瓶にジャムを詰めてくれた。私はその間に、持参したバスケットから邸で焼いてもらったパンを取り出し、食べやすい大きさにカットした。
鍋に残っていたマーマレードを掬って、パンに塗りつけていく。
「さあ、味を見てちょうだい! お義父様もどうぞ!」
支配人と仕事の打ち合わせをしながら、時々調理場の様子を見に来ていたお義父様。パンが載った小皿を渡すと、その香りに思わず顔もほころんだみたい。
「いい香りだ。色も琥珀みたいできれいだな。うん、美味い!」
その声を聞いたおかみさん達も、次々とマーマレードを塗ったパンにかじりついた。
「美味しいねぇ、昨日のレモンとはまた全然違うよ」
「このとろりとしたジャムに、皮がいいアクセントになっているね」
「むしろ皮がないと物足りないよ。このジャムは皮があってこそだ」
「「「うんうん」」」
おかみさん達はモグモグと食べながらも、声を揃えて頷いた。
「領主様、私達にこのジャムとレモンピールを作らせてもらえませんか?」
「きっと、ラングフォード領の新しい名物になりますよ!」
「午前中は今まで通り果汁を絞る作業をして、午後はレモンピールとジャムを作ればいいよ」
「賛成! それなら皮を捨てずに済むわ」
「オレンジピールも試作してみたいね!」
「いいね、じゃあレモンのジャムもやろうよ」
おかみさん達は次々に意見を出していった。私はお義父様の様子をうかがう。
「お義父様、どうでしょう……?」
「うん、いいんじゃないか。どうだい、支配人?」
「ええ! やりましょう! 工場の一角に、ジャムを煮る調理場も作ったほうがいいですね」
「そうだな、ここでは少し手狭だ。すぐに話を詰めよう」
「「「わあ!」」」
おかみさん達も手を叩いて喜び合っている。
「若奥様、ありがとうございます」
私の手を取り、目を潤ませたのはオレンジを持ってきてくれたおかみさんだ。
「うちのオレンジが、こんなに美味しいジャムになるなんて」
「あら、あなたの旦那さんが真面目にオレンジを作ってくれたおかげよ」
「そうですかね。旦那にも食べさせてやりたいと思います」
「ええ、ぜひそうして。みんなも家族で味見をしてちょうだい」
「「「ありがとうございます、若奥様」」」
みんな一瓶ずつ持ち帰り、余った二瓶は侯爵家のお土産に貰うことにした。
◇◇◇◇
私は邸に戻ると、厨房を借りてマーマレードを練り込んだアイスボックスクッキーを作った。
それを、マーマレードをお湯で割ったホットドリンクと一緒に、お義母様に試食してもらう。
「どうでしょうか、お義母様。味がわかりやすいようお湯で割りましたけれど、紅茶に入れても合うんですよ」
「ええ、どちらも香りがよくてとっても美味しいわ! このクッキー、孤児院の子達も喜ぶんじゃないかしら……」
「お義母様、先ほど多めに生地を作って冷凍しましたから、いつでも作れますよ」
「まあ、本当に? 明日でも大丈夫?」
「ええ、もちろんです」
「じゃあ、明日は一緒に孤児院に行きましょうよ」
「はい! 私も楽しみです」