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12 レモンの皮を捨てるべからず

工場へ着くと、十五人ほどの従業員の女性達が待っていてくれた。この辺りに住むおかみさん達だそうで、子どもが学校へ行っている時間はここで働いているらしい。


「領主様、レモンの皮を捨てるなと言われましたが、どうされるのですか?」

「それは私もわからないんだ。今からこのノーラさんが教えてくれる」

「ノーラです。よろしくお願いします!」


『この娘っ子がなにをする気なのか』と、おかみさん達はいぶかしげな顔をした。まあそうよねぇ、胡散臭い自覚はある。ゴミを捨てるな言われても、わけわからんよね。

すると、おかみさん達がなにかに気付いた顔になる。


「あれ? エイダじゃないの」

「久しぶりだね、里帰りかい?」

「えぇ、仕事で」

「仕事? ってことは、この娘さんは――」

「ああ、うちのオスカーの嫁だよ」

「「「エエェェーー!」」」


まさかこんな風変わりな格好をした娘が、侯爵家の若奥様だとは思わなかったのだろう。お義父様の言葉に、おかみさん達はひっくり返りそうなほど驚いていた。

ハハ、なんか貴族の嫁っぽくなくてごめんね。お義父様は構わず話を続けた。


「彼女のやることを手伝ってくれ」

「レモンの皮と、どこか料理ができるところはありますか?」

「若奥様、従業員食堂の調理場でもいいですかね?」

「ありがとう、案内してくれるかしら?」


おかみさん達はレモンの皮が入ったタライを持ち、ぞろぞろと従業員食堂へと移動した。お昼を過ぎていたから、調理場の片付けも終わっている。


「領主様、頼まれていた砂糖はここに置いてあります」

「ああ、ありがとう。ノーラさん、これでいいかい?」

「お義父様、ありがとうございます! こんなにたくさん……助かります」


手配をしてくれたお義父様と、工場の支配人にお礼を言う。急なお願いだったのに、たくさん仕入れてくれたらしい。とりあえずこれだけあれば十分ね。


「では、さっそくレモンピールを作りましょう」

「レモンピール?」


従業員の女性達は、不思議そうな顔をしている。私はエプロンと三角巾を着けて、手を入念に洗った。


「皆さんも、よく手を洗ってくださいね」


その間にレモンの皮を確認した。横半分に切られて絞り機に入れるのか、割ときれいな状態だ。うん、これなら大丈夫そう。まな板と包丁は、工場で使っているものをそのまま借りることにした。


「まずは縦半分に切って、この中にある薄皮とワタを取りましょう。スプーンで削り取る感じで」

「ワタをねぇ……」


『こんなことをしてどうするんだろう』とおかみさん達の顔に書いてあるけど、さすがに手は早いわ。手分けをしてすべてのワタを取り除いた。


「これを茹でこぼします」


私は大鍋をふたつ借りて、レモンの皮と水を入れた。沸騰したら二、三分ほど茹でてお湯を捨てる。これを三回繰り返したら、調理場はレモンのいい香りでいっぱいだ。


「次はこれを細く切っていきますよ」


私が五ミリほどの太さで切っていくと、おかみさん達も真似をして細く切る。切り終わったら、レモンの重さを量り、八割から同量の砂糖を準備する。今回は八割にしとこうかな。売り物にするなら同量がいいかもしれない。そのほうが日持ちするしね。


切った皮と水、砂糖を鍋に入れ、汁気が少なくなるまで煮る。すると色の濃くなったレモンピールができた。


「これで、出来上がりですか?」

「このままでも食べられるけれど、売り物ならもうひと手間かけるわ」


食堂の調理場には、パンも焼くからか大きめのオーブンが備え付けられてあった。これはラッキー! 一度にたくさんのレモンピールを乾燥させることができるわね。


「天板に重ならないよう並べてほしいの」


私は実際にやって見せると、おかみさん達は心得たとばかりに手早く並べてくれた。オーブンを低い温度に設定し、三十分ほど入れると周りはほどよく乾燥し、手に持ってもベタつかなくなった。フッフッフッ、ここからが大事なところよ。


「じゃーん、これを持ってきたの」

「「「チョコレート?」」」


私はトートバッグからチョコレートを取り出した。それを適当に割り、小ぶりの器に入れ湯煎にかけた。


「この溶けたチョコレートを、半分だけピールに付けるの」


チョコレートを付けたものをくっつかないようにお皿に並べ、冷めて固まるまで置いておく。


「チョコレートはこれだけしかないから、残りは砂糖をまぶしておきましょう」


残りのピールに砂糖をまぶすと、元日本人的には『かりんとうみたいだな』って思っちゃう。


「驚いたね、これが皮からできるなんてね」

「わあ! お砂糖がキラキラしてきれいですね」

「いつも捨てていた皮が、こんな上品なものに生まれ変わるなんて」


そうでしょう、そうでしょう。工夫すれば、レモンの皮はちゃんと食べられるんです!


「お義父様、まずはおひとつどうぞ」


ずっと黙って見守ってくれていたお義父様に、チョコ掛けのものと砂糖をまぶしたものを小皿に取って差し出した。


「いいのかい? じゃあ遠慮なく」


おかみさん達も、お義父様の様子をじっと見つめる。


「ああ、これはいいな。爽やかなレモンの香りとほろ苦さと……それにこのチョコレートとも合っている。お茶のお菓子だけでなく、酒にも合うかもしれない。これは大人の味だな」

「お口に合ってよかったです! レモンだけでなく、オレンジの皮でも美味しいんですよ」


お義父様の感想を聞いたおかみさん達も、なにやらソワソワとしている。


「あなた達も食べてみてちょうだい」

「「「ありがとうございます!」」」


おかみさん達も、自分達が作ったものの味が気になっていたのか、すぐに手が伸びた。


「ああ、本当だ。苦すぎて食べられないかと思ったのに、爽やかでほろ苦いよ」

「このまま食べても美味しいけど、他にも使えそうだね」

「そうなんです! 刻んでクッキーやケーキに混ぜてもいいし、もちろんお茶に入れてもいいわ。私のおすすめはパンね! ナッツやチョコチップと混ぜて焼くと本当に美味しいの!」


想像したのか、みんなの喉がゴクリと鳴った。


「お義父様、皮は宝の山ですわ。捨てるなんてもったいないです」

「ああ、ノーラさんの言う通りだ。君達、この工場で出た皮で新商品としてこの『レモンピール』を作るのはどうだろう」


お義父様は、従業員達の意見も聞いた。平民の従業員だからと切り捨てるのではなく、ちゃんと仕事をする相手として接している。

こういうところが、領主としても慕われている所以(ゆえん)なんだろうな。うちのお父様が支援したくなる気持ちもわかる。


「領主様、大賛成ですよ。これは売れますって!」

「乾燥させれば日持ちもしそうだしね。王都でも売れるよ」

「このチョコ掛けは上品だし、貴族様にも人気が出るかもしれないよ」

「なにより、皮は捨てていたものだ。材料費だって抑えられる」


支配人も新たなビジネスチャンスにワクワクした様子だ。よかった、また無駄がひとつ減りそうだわ。


「明日はもうひとつ、皮を使ったジャムも作りましょう」

「今度はジャムか! それも楽しみだな。明日も見学させてもらおう」


お義父様も子供みたいにワクワクしていらっしゃるわ。

すると、ひとりのおかみさんが手を挙げた。


「若奥様、先ほどオレンジでもできるとおっしゃっていましたね?」

「ええ、オレンジもまた風味が違って美味しいの。むしろジャムはオレンジのほうが私は好きよ」

「うちの旦那は、オレンジを作っているんですよ。よかったら明日試してみてもいいですかね?」

「ええ! じゃあ明日はオレンジでやりましょう」


レモンもいいけれど、オレンジのマーマレードは格別だもの。ぜひ作りたいわ! そんなことを考えていると、おかみさん達が鍋やまな板など使った道具を片付け始めたけれど――


「その鍋、ちょっと待ったぁ!」


鍋を持ち上げたおかみさんが、ビクッと肩を揺らす。あ、びっくりさせてごめん……


「あのね、ここに残った甘い煮汁も使えるから。カップに入れてお湯を注ぐと、ホットレモネードになるわ」

「それは捨ててはもったいないですね。なら、瓶に入れて取っておきましょう」


うんうん、おかみさん達にも『もったいない』が根付いてきてるわ。


みんなで道具を片付け終わると、お義母様へのお土産を少し分けてもらい、残りは従業員達で食べてもらうことにした。


「明日もよろしくね」



◇◇◇◇


「まあ! レモンの皮がお菓子になるなんて!」


夕食後のお茶で、お義母様にもレモンピールの試食をしてもらった。貴族に受けるかどうかで、売り上げも変わってくるもんね。もちろん、ラングフォード名物として庶民の食卓にも広がってほしいと思っている。


「お義母様、いかがですか?」

「ノーラさん、とっても美味しいわ! 見た目もきれいだし、お茶にもピッタリね」

「よかった……レモンピールは美容と健康にもいいんですよ」

「なんですって!?」

「美肌効果があります」

「ノーラさん、それを全面に押し出していきましょう」

「貴族にも売れますかね?」

「ええ、絶対流行るわ!」

「「フッフッフッ」」


「妻と息子の嫁が怖い……」


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