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11 ラングフォード侯爵領

王都を出発した日は、暗くなる前に予定していた宿場町で宿を取り一泊、翌朝宿を発つと昼頃にはラングフォード侯爵領に入ることができた。双子達もぐずることなく、馬車からの景色を物珍しそうに楽しんでくれていた。


領内に入ると、景色も少し変わったように感じる。丘陵地が増え、斜面は黄色いレモンやオレンジの実った果樹園になっているみたい。窓を開けると、かすかに潮の香りもする。


「海が近いのかしら」

「まあ、よくお気付きになられましたね! あの丘の向こう側に海がありますよ」

「え、えっと、海沿いの領地だと聞いていたから」

「そうでございましたか。ラングフォード領は海沿いの温暖な地域ですので、柑橘の栽培に適しているのですよ」


あっぶな……前世の記憶で潮の香りを知っているけれど、今世の実家には海なんてないのよ。『海の匂いがする〜』なんてウッカリ口走らなくてよかった!


「若奥様、まもなくラングフォード領のお邸でございます」

「ここが、領地の本邸……」


馬車は侯爵家の門を入っていった。さすがは由緒ある侯爵家、整えられた前庭を通り抜けると歴史を感じさせるお邸がドーンと建っている。建物がいくつかあるようだけれど、これだけ広いと維持するのも大変そうだわ。

馬車は邸の玄関前に静かに止まった。


「若奥様、お手をどうぞ」

「ありがとう」


馬車の扉が開くと、五十歳くらいの男性が出迎えてくれた。ビシッと髪を撫でつけた、なかなかのイケオジだ。私は彼の手を借り馬車を降りる。


「じいじ?」

「えっ?」

「じいじだ!」


私のうしろから双子達がピョコっと顔を出すと、イケオジに飛びついた。彼は戸惑いながらも、難なく双子達を受け止めた。


「エミー! ポリー! なぜこんなところにいるんだ!?」

「お義父さん、若奥様が一緒に連れてきてくださったんです。たまには親に孫の顔を見せてあげなさいって」

「エイダ! では、侍女としてお供したんだな?」

「はい、私なら領内をご案内できますから」

「ああ、若奥様。私は家令のハンクスと申します。この子達の祖父でもあります」

「あなたが、スコットとナタリーのお父さんね? 私はラングフォード侯爵家に嫁いできました、ノーラです」

「どうぞよろしくお願いいたします。中へお入りください。旦那様方がお待ちですよ」


家令のハンクスは、両腕に双子達を抱っこしたまま邸へと案内してくれた。玄関に入ると、二十人ほどの使用人達が両側に並んで出迎えてくれている。こちらも少数精鋭なのか、侯爵家の規模にしては少ないかもしれない。


「まあ! エミーにポリー!」

「えっ? エミーとポリーなの?」


侍女の服を着たベテランそうな女性と、メイド服の女性が声を上げた。


「んん、若奥様のお出迎えが先だ」

「「失礼いたしました」」

「いいのよ。皆さん突然ごめんなさいね。先日嫁いできましたノーラです」

「「「若奥様、おかえりなさいませ」」」


使用人達がいっせいに頭を下げた。よかった、歓迎されているみたい。ちょっとだけ『子爵家の娘のくせに』なんて、歓迎されない可能性もあるかなーと思っていたの。どうやら杞憂だったみたい。


「エイダ、あなたのご両親は?」

「はい、あちらのメイドが母で、父は料理長をしております。あちらの侍女が義母です」

「若奥様、娘がお世話になっております」

「お世話になっているのは私の方よ。ほら、私はいいから双子達を会わせてあげて。久しぶりなんでしょう?」

「ええ、二年振りです。エミー、ポリー、あの人がおばあちゃんよ」

「「おばあちゃん!」」

「まあ! ふたりとも大きくなって!」


双子達に抱きつかれたエイダの母は、目を潤ませて孫を抱きしめた。ハンクスが私に向き合って頭を下げる。


「若奥様、孫たちを連れてきてくださって、ありがとうございます。私どもは旦那様や奥様のお供でたまに王都で会うことができますが、エイダの両親はずっと領地におりますもので」

「ふふっ、あなた達も滞在中ゆっくり会うといいわ。むしろ、エイダの仕事中に子守をお願いするかも」

「ええ、喜んで!」


スコットの母親も目をキラキラさせ、引き受けてくれる。私はエイダ達を残して、執事に長い廊下の先にある家族用の居間へと案内された。初めて訪れた本邸は落ち着いた雰囲気で、笑顔の義両親が待っていてくれた。


「ノーラさん、よく来てくれたね」

「お義父様、お義母様、突然お邪魔して申し訳ありません」

「なにを言っているの。ここはもうあなたの家でもあるのよ」


突然押しかけたにもかかわらず、義両親は私を優しく迎え入れてくれた。相変わらず眩しいわ。あのイケメンのご両親だもの、顔面偏差値が高いのは当然かしらね。

準備してくれていたのか、すぐにお茶が供された。


「馬車旅で疲れたでしょう? まずはお茶でも飲んでちょうだい。このあとお昼を一緒に食べましょう」

「はい、お義母様。ありがとうございます」


朝から馬車に乗りっぱなしだったから、お茶はありがたい。おふたりは、なにも聞かず私がお茶を飲むのを静かに見守ってくれた。お茶を飲み終わると、


「お昼を食べながら話を聞かせてくれるかい?」

「はい、お義父様」


お義父様に促され、私達は食堂へ移動した。ここも家族用らしく、ほどよい大きさのテーブルに三人分のカトラリーが準備されている。椅子に座ると、すぐに料理が給仕された。


「手紙は昨日速達で届いたよ。今日の分のレモンの皮は、捨てずに取っておくよう指示している」

「ありがとうございます!」

「それで、レモンの皮なんてどうするんだい?」

「お義父様、レモンの皮を活用しないともったいないです! 加工すれば美味しく食べられますし、お掃除なんかにも使えるんですよ」

「まあ、皮を食べるの? 料理の風味づけに添えられることはあるけれど……」

「ええ、お義母様。皮は食べられます。それもお茶に合うお菓子になりますわ」

「苦くはないのかしら?」

「ほろ苦い、大人の味ですわ。きっと貴族にも受けるはずです」

「面白そうだな。午後からさっそく見に行くのだろう? 私も一緒に行こう」


食事を終えると、お義父様に待ってもらい着替えることにした。デイドレスじゃ作業しにくいもの。滞在する部屋に運び込まれていた荷物から、私はシャツともんぺを取り出した。ちゃんとシミや汚れのない清潔な物を選んできたわ。私が三つ編みをしていると、エイダが慌てて部屋に入ってきた。


「エイダ、お昼は済ませた?」

「はい、子ども達といただきました。あぁ、お着替えに間に合わなかった……」

「ふふっ、明日はお願いね。あなたも準備できたようね。行きましょうか」

「ハイッ!」


私はエプロンと三角巾を自作のトートバッグに入れ、階段を降りた。玄関ホールでは、お義父様が家令のハンクスと話しながら待ってくれていた。


「お義父様、お待たせいたしました」

「おや、これはまた……ククッ。ふたりともかわいらしい格好をしているね」


エイダとお揃いの派手なもんぺ姿に、お義父様が愉快そうな笑いを漏らす。家令は顎が外れそうになっていた。ちなみに今日はチェック柄だ。


「私の作業服ですわ。とても動きやすいんですよ」

「そのようだね。とてもよく似合っているよ」


『侯爵家の嫁がそんな格好を――』なんて眉をひそめることもないお義父様って、器が大きいわ。ナチュラルに女性を褒めるところなんて、紳士よね〜。顔はオスカー様とよく似ていらっしゃるけど、中身はだいぶ違うみたいだわ。


「では行こうか。工場までは割と近いんだ」

「はい、お願いいたします」


お義父様のエスコートで馬車に乗る。お義父様も、もんぺ姿の女性をエスコートするのは初めてだろうな。


馬車に揺られること十分、私達はレモン工場へ到着した。


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