等価交換
如月ハル:妹
水野陽葵:彼女
気づいたら12月23日にいた
俺は妹の病床の上に出現した
あの時と立場が逆転したわけだ
なんとか四肢を踏ん張り、ギリギリ、妹にキスしないで済んだ
苦しそうに眠ってはいるが、目の前の妹はまだ生きている
死んだ妹が生きている!
そんな状況、むしろキスの一つや二つしたくもなるが、我慢した。
全部を救ったら存分にしてやろう
全員を救ったら
そう、まだ陽葵も死ぬ前だ
気がついたら夢中で走り出していた
タイムマシンは白く輝いていた
ひとまず、自分の家へと向かった
いつもの感覚で扉から入りそうになる
冬の夜風のおかげで俺は冷静だった
未来の自分と、過去の自分が鉢合わせる。
その危険性に思い至り、玄関のノブへと伸ばした手を引っ込める
まあ、危険性と言っても映画や物語でよく出てくる程度のことしか知らない
本当は、どうなるのかなんてわからない
試したことがある人がいるわけじゃない
少なくとも俺は、妹の胸(の傷跡)を見ただけで、何もできなかったわけだし
そんなことを考えていると、玄関の奥から聞き馴染みのない声が聞こえる
一瞬考えて、思い出す
これ録音した時の俺の声と同じだ
つまり俺が外出しようとしている
咄嗟に、俺は身を潜めた
誰だって、殴られるのはごめんだ
玄関から出てきた俺は、そのままコンビニの方へと向かう
一緒に、未来からタイムトラベルした妹は出てこなかった
おかしい、そもそも今日の夜、外出をしていない。
妹から小一時間、タイムマシンについて聞かされていた
それに、一人で外出するというのも変だ。
未来の妹は真実を知りにきたと言っていた。
ならば、常に俺を監視したいはずじゃないのか
俺のデートすら尾行するやつだぞ
ここでようやく、一つの現実にたどり着く
過去のというべきか、未来のというべきか迷うところだが、妹は死んだのだ
タイムマシンを完成させる妹の未来は潰えている
つまり、もう未来から妹はやってこない
未来から来たのが、本当に妹だった場合は……だが
ただし、それは絶望すべきことじゃない
むしろ希望だ
タイムスリップすることによって、未来は変えられる
つまり、ここから先の未来はまだ決まってはない
俺はみんなを助け出す方法を閃いた
閃いてしまった…………
ひとまず、うちに帰るわけにもいかないので、近所のネカフェに向かう
状況の整理と、作戦を立てる必要がある
おそらく陽葵を助けるのは簡単だ
あの事故が起こる前に、俺が未然に防ぐだけでいい
幸いなことに、あの車を俺は覚えている
ナンバー『1564』の大型トラックだ
今どこを走っているかはわからない
でも、あの瞬間、必ず駅の前の道を通るトラックだ
時間もおおよそ、わかっている
事故が発生してから数分後、未来の妹が消えた
その時間が22:00ちょうどなので、事故は21:30~22:00の間に起こる
その時間に、俺があの道で迷惑行為をするだけで、陽葵の命は救える
問題は妹の方だ
方法はある
あとは俺の問題だ
「出前で寿司を取ろう。今まで食べたことないようなやつを。ピザも頼んじゃおう。」
ネカフェの外に出て受け取りをしないといけない手間なんて、ただの些事だった
俺にとって二回目の運命の日がやってきた
もうすでにお昼を回っている
だが問題はない。デートコースは熟知している
何せ、俺が入念に準備してたのだから
一度本番も経験している
俺はのんびりと身支度をし、遊園地へと向かう
絶対に気づかれない距離から、陽葵を一目、見るために
もう一度、笑っている陽葵の姿を見るために
その目的は最初の数秒しか果たせなかった
すぐに、目の前がぼやけてまともに見ることができなくなってしまったから
涙が頬を伝うのを感じた
この世界の俺が観覧車に乗っている頃、俺はあの交差点へと向かった
大型トラックがやってきた駅の方へと足を運ぶ
そこからの時間は、とても長かった
これまでの人生色々なことがあった
幼稚園の頃、膝をすりむいたとき、お母さんが貼ってくれた戦隊モノの絆創膏。
小学3年で初めて友達の誕生日会に呼ばれて、うまく喋れずに隅でケーキを見ていたこと。
中学1年の文化祭。初恋の同級生と写真を撮った日の夜、充電が切れるまで写真を眺めていたら次の日寝坊したこと。
中学3年の県大会決勝、延長戦に絡れ込んで最後の最後に競り勝ったあの瞬間。
高校に入ってから、世界が少し変わった気がした。背が伸びて声が低くなった。
高校3年生になって彼女ができた。
優しくて、頭が良くて、運動神経もいい。俺には勿体無いくらい最高の彼女だった。
お腹は細いのに体重を気にしちゃうあたり本当に可愛いかった。
頬を伝う涙が止まらない
「俺も…大好きだよ……。」
俺の罪を償う時間だ
俺は大型トラックの前に飛び出していた
視界いっぱいに大型トラックが聞こえる
全身に痛みが匂う
口の中で血の味が見える
ひどく臭いガソリンが全身に走る
周囲で鋭く響く悲鳴の味がした
五感がめちゃくちゃだ
…………だんだんと意識が遠のいていった
妹の命を救う方法は単純だった
俺の心臓を提供すればいい
今の俺は、二人目の俺は、この世界に必要とされてない人間だ
陽葵とハルのためだけに生きられる人間だ
兄弟の心臓なら、臓器が適合しないこともないだろう
俺の心臓で、妹は生きられる
俺の犠牲で、彼女は生きられる
あの時間軸の彼女の命と、今消える俺の命を代償にして、この世界の陽葵とハルの命は助かる
こちらの世界はハッピーエンドを迎えられる
きっと妹と一緒にクリスマスイブを過ごしていた両親は泣き崩れることだろう
病棟で息子が死んだと連絡を受け、その死体が運ばれてくるのだから
親不孝でごめんなさい
おかげで妹が救われるのだから、だいぶ複雑な気持ちになることだろう
そして次の日、家に帰ると息子が寝ているのを見つけて失神するかもしれない
そこに初めて会う彼女もいるから、感情がジェットコースターでどっか行きそうだ
こんなことなら、もう少し早く彼女を紹介しておくべきだった
正直、そんな状況、意味不明だ
きっと、幽霊とか疑うんだろうな
「状況証拠だけで言えば間違いなく俺は死んでいるんだけど、現実を見るとしっかりと生きている」
まさしく未来の妹が言っていた状況になるわけだ
そんで、俺本人には大変な目に遭うに違いない
警察は俺を死んだ者として処理をするだろうし、それが生きていたとなれば一大事だ
勝手に殺されるなんて、どう思うことやら
でも陽葵もハルも、みんな生きられるんだ。そのくらい我慢してくれ
てか、クリスマスイブに彼女と一夜を過ごせるんだ。むしろ俺に感謝して・・・・なんかイライラしてきたから考えるはやめよう
自分自身に嫉妬なんかしたくはない
ああ、せっかくなら未来の妹に、俺は陽葵と結婚できたのかちゃんと聞いておくべきだった
頑張れよ、俺
陽葵は歩きながら俺の腕にそっと顔を預けて――
ささやくように、つぶやいた。
「……チュー、またしてもいいよ? ……大好きだから。」
気づいたら大きな交差点の信号機の前にいた
ちょうど信号機の色が変わっている
左手にはロープウェイ、右手にはランドマークのタワーが見える
そして遠くの方で人だかりができていた
事故だろうか? 遠くてよくわからない
そんなことより、俺には彼女との時間の方が、ずっと大切だ
「今日、うち親いないんだ……」
俺は、今日一番の勇気を振り絞った。
クリスマスイブはまだ終わらない
本編はここまでです
次の話は、番外編兼説明編になります
追記:事故によってタイムマシンは壊れました