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まだ終わらない

如月ハル:妹

水野陽葵:彼女

 俺の両手の中で陽葵(ひまり)はだんだんと熱を失っていく

 命が遠のいていくのを感じる


 どこか遠くでサイレンの音が鳴り響いている

 俺に抱えられた彼女は、二度と観覧車の時のように、俺を観てはくれることはない


 そこにはかつて陽葵(ひまり)だったものが横たわっていた




 警察を名乗る男が、耳元で何かを話している

 救急を名乗る女が、陽葵(ひまり)をどこかへと連れて行く


 少し離れたところで、未来から来た妹が絶望する顔が見えた

 

 …………

 …………


 全て、こいつが悪いのではないか?


 こいつは、未来を知っている人間だ

 現に、この妹は誰にも話していないデートことも知っていた


 いや、あれが妹なのかどうかも怪しい

 陽葵(ひまり)を殺しに来た未来人(さつじんき)なのではないか?


 この女にならそれも可能だと思えてくる

 少し離れたところで、未来から来た女が膝から崩れ落ちる姿が見えた



 被害者ぶるなよ。お前のせいで死んだんだから

 絶望するなよ。お前が招いた結果なんだから

 泣き崩れるなよ。お前が悪いんだから

 ドス黒い感情が自分を襲っている




 憎悪、嫌悪、絶望、焦燥、後悔、空虚

 複雑に入り混じる感情を振り撒きながら、未来から来た女の元に向かう



 その時だった。



 自称妹の体の周りに、白い光がいくつも現れた

 その白い光は時間と共に増えていく


 それに伴い、妹の体が薄れ始めた


 辿り着いた時には、もうすでに体のほとんどが薄れ始めていた

 妹の背後の景色が透けて見えている


 もう俺以外には、妹が見えていない

 約束の時間、午後10時を迎えたのだ


「……ごめんなさい」


 最後にその一言を残して、絶望し号泣する妹が姿を消した


 周りの音がうまく聞き取れない


 赤く染まった両の(てのひら)が冬の夜風に冷やされる

 彼女の温もりが消えていく




 家に帰ろうがこの虚しさが消えることはない

 どんなに時間が経とうが、消失感は薄まらない

 激昂した気持ちが抑えられない


「ああ、本当に、被害者ぶってんじゃねぇよ」

 自室の本が散乱している。


「他人の責任にしようとしてんじゃねぇよ」

 自分の知らない穴が、壁に空いている。


「責任から逃げようとしてんじゃなぇよ」

 本棚が倒れる音がする。


「陽葵が死んだのはお前のせいだろ」

 何かを殴ったかのように、握りしめた拳がズキズキと痛む。



「【如月トウマ】、全部お前(おれ)のせいだろ」



 お前が避けられたトラックを避けなかったからこうなったんだろ

 枯れ切った涙を流し、つぶれた喉で叫びながら、青年が咽び泣く声が響いている。


 昨日まで整理整頓されていた部屋は、見る影も無くなっていた。




 ハル(いもうと)の『ドッキリ』を聞いた時、これが地獄かと思った

 自分が死ぬことよりも、妹を助けられないことが辛かった


 けれど、あれは生ぬるかったと実感した

 地獄はそんなんじゃなかった。



 この世界に陽葵(ひまり)はもういない


 それはドッキリでも、これから起きる未来でもなく、紛れもない事実である

 その事実はこれ以上ないと思えるほどの地獄であった


 けれど、そんな現実(地獄)すらも生ぬるいことを知る



 陽葵(ひまり)は俺と同じでドナー登録をしていた

 彼氏の妹のために、自分がもし死んだ時には少しでも助けになってほしいと

 そんな優しい彼女だった。



 しかし、その思いは届かなかった。

 ハルの病態が悪化した


 陽葵の死を地獄だと感じたのは俺だけではなかった

 本当に姉妹のように、まるで大親友のように、仲が良かったお兄ちゃんの彼女の逝去


 それは重病を患う妹にはあまりに酷だった



 陽葵の心臓ではハル(いもうと)のドナーにはなれなかった

 陽葵の心臓はハルの体に適合しなかった。



 地獄というのは続くらしい

 いや、続くからこそ地獄なのかもしれない


 クリスマスイブから1週間後、ハルが陽葵の後を追った

 彼女に続いて大切な妹までもが、手の届かないところへと旅立ってしまった。



 生きる価値とはなんなのか。生きる意味とはなんなのか。

 そんな無意味な自問自答を繰り返す

 頭の中を勝手にループする




 彼女(ひまり)(ハル)ももいない

 二度と会えない


 その事実に俺は耐えられなかった

 自分のせいで陽葵を殺してしまった事実に耐えられなかった


 気づけば首元に輪っか状の紐がかかっていた

 あとは、足元の椅子を蹴飛ばすだけでいい


 たったそれだけで、この現実(地獄)から逃げられる

 たったそれだけで、大切な二人にまた会いに行ける




 最後に部屋を見渡した


 いつも陽葵(ひまり)が片付けてくれていた部屋がぐちゃぐちゃだ


 倒れた本棚。

 散らかった参考書。

 折れたベッドの足。


 かろうじてまともなのは勉強机だけだ

 今まで18年間生きてきた、共に育ってきたこの部屋に何も感じられない

 机の上に出された勉強道具には、もう価値がない


 その隣には白い小さなピラミッドが置いてある。


 …………


 なんだあれ?


 …………


 どうでもいいものしかないこの部屋で唯一どうでも良くないもの

 価値があるもの

 あの時のように光り輝いてはいないが、間違いない



 未来から妹が持ってきたタイムマシンだ。



 原理はわからない

 使い方もわからない


 わかるのは起動方法だけ

 細かい設定なんて到底できない


 ただ、今はそれで問題はない


 未来の妹が現れたのは、まだ彼女(ひまり)(ハル)も生きていた時間だ

 まだ俺には償うチャンスがある


 俺は躊躇(ためら)うことなく、それを起動させた




 気づいたら12月23日にいた



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