掛け違うボタン
如月ハル:未来からやってきた妹
水野陽葵:彼女
「明日、私に心臓を残してお兄ちゃんが死んだから」
考えうる限り最悪の回答が未来の妹の口から発せられた。
明日、恋人たちの聖なる夜『クリスマスイブ』に俺は死ぬらしい
それも彼女とのデート中に
加えて、俺が死ななければ十中八九、妹が死ぬ
さらには、今妹がここに来たということは、俺は死なせてもらえないということだ
未来の妹は、俺を出し抜けるくらい頭がいいだろう
きっと俺の顔はこの世の絶望を全て詰め込んだようだったに違いない
よほどその顔が面白かったのだろう
視界の端に入った妹の顔は吹き出す寸前という感じだった
…………?
え!? まじでなんで!?!?
ついに堪えられなかったらしい。妹の喉から笑い声が決壊した
「ドッキリ、大成功!」
やはり非現実的な目に合うと俺は思考を止めるらしい
「いや、嘘をついているわけでもないんだけどね」
一通り笑い転げたあと妹が説明を始める
「不謹慎だったかもしれないけど、明日お兄ちゃんは死ぬんだよ」
…………。
「残念だけどそれは間違いないの。少なくとも私の認識ではお兄ちゃんは死んでいる。」
どういうことだ?
俺の妹は俺が死ぬことがそんなに面白いのか
俺は長男だけど泣くことを我慢できないぞ……。
「ただし、そのあとお兄ちゃんは生き返ってる。それも完全に無傷の状態でね」
…………何それちょっとかっこいい
現代のキリストってことじゃん
「ちょっと変なのは、事故にあったことを誰も覚えていないんだよね。」
「俺も?」
「そう。状況証拠だけで言えば間違いなくお兄ちゃんは死んでいるんだけど、現実を見るとしっかりと生きているって感じ?たぶん。」
ちょっと疑問系で言わないでほしい
年上の妹にわからないことは俺にもわからない
「仕方ないじゃん、この時の私ってずっと入院してたから、後から聞いた話をまとめただけだし」
ちょっと不貞腐れている
その姿は今の妹そっくりだ
「だからお兄ちゃんに命令します。明日、陽葵先輩とのデートを楽しんできなさい」
…………!?
誰にも、親にすら話していない陽葵とのデートを言い当てられ心臓が一瞬止まる
そうか、未来のハルには俺の行動が全部知られているのか
「私は影から1日尾行させてもらうね」
「…………もしかして、ついてくる気か?」
それはまずい。こっちにはデートプランというものがある。
年上とは言え、妹に見られるのはとても気まずい
というか明日の夜、家に誰かいてもらっては困る
「大丈夫、私がこの時代にとどまれるのは24時間までだから」
全てを知っているかのように、妹が答えた。
そう言えば、タイムスリップの説明でも似たようなことを言っていた
時間の強制力とやらで24時間経つと元の時代に強制的に戻されるとか
元の時間軸で生活している状態が自然であるからとかなんとか……。
難しい話はよくわからない
ただ一つはっきりしていることがある
妹は明日の22:00に元の世界に戻されるということだ
俄然、デートが楽しみになってきた
…………死ぬ時って痛くないといいんだけど
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如月ハルはこの事件には何かがあると踏んでいた
15歳の自分はその話を信じたが、知識をつけた今となっては一つだけ疑問があった。
一度死ぬなんてことを経験して、その記憶がないなんてことがあり得るのだろうか
蘇るというのも不自然だが、タイムマシーンを作れてしまったのだ。
全く信じる気にはなれないが、死者蘇生の可能性もゼロとは言えないだろう。
ただ、死んだ本人も、一緒にデートしていた彼女も、両親も、全員が記憶を無くしている
そんな馬鹿なことはないだろう
私以外、全員ニワトリか!と言いたくなる。
きっとここには、私に話せない秘密がある
もしかしたら私を守るための秘密かもしれないが、私は知らないといけないと思う
どんなに探しても、探りを入れても、手がかりひとつ見つからなかった
だからタイムマシーンを作った
ぶっ飛んでいる自覚はある
執念深いとか、気持ち悪いとかはよく言われた。
私が退院してから始まる、これからの15年間は最高だった
これ以上の文句をつけられないほどに
いつもそばにお兄ちゃんと陽葵お姉ちゃんがいてくれたから
それでも、わたしは真実を知りたいのだ
何となく書いておきたいので
タイムマシーンの正式名称:タイムアンカー